七草粥 お正月休みが終わっても、お正月のイベントは終わらない。まだ、やってない風習はいくつか残っているし、ルチアーノに経験してほしいことがたくさんあった。
その日、僕はルチアーノと別行動をしていた。スーパーの野菜コーナーに向かって七草のパックを買う。今日は一月七日、人日の節句だったのだ。
家に帰ると、ルチアーノが待ち構えていた。レジ袋を持った僕を見て、不満そうな顔を見せる。
「遅いじゃないか。何してたんだよ」
「スーパーに寄ってたんだよ。今日は、人日の節句だからね」
キッチンに向かうと、夕食の準備をする。鍋にお米と水を入れ、柔らかくなるまで煮てから、七草を加える。葉っぱが柔らかくなるまで火を通して、塩で味をつけたら、七草粥の完成だ。
「できたよ」
器によそったお粥を差し出すと、ルチアーノはあからさまに顔を顰めた。
「なんだよ、これ」
「七草粥だよ。一月七日、人日の節句に食べるものなんだ。無病息災を願ったり、お正月の食事で疲れた胃を休めるために食べるんだって」
「君だけ食べればいいだろ。僕は胃が疲れるようなものなんて食べてないんだから」
「そうなんだけど、ルチアーノにも日本の風習を体験して貰いたいんだ」
僕が言うと、ルチアーノはしぶしぶといった様子で席に着いた。お椀の中身をスプーンで掬うと、恐る恐る口に運ぶ。
僕も、自分の分のお粥を口に運んだ。温かく、柔らかいお米と、優しい塩味が口の中に広がる。豪勢な食事で疲れた胃に染み渡るような味だった。
「お粥も、たまに食べると美味しいんだよね」
僕が言うと、ルチアーノは理解できないという顔をした。スプーンでお椀の中身をかき混ぜて、言う。
「日本人は、どろどろになった米が好きなのかよ」
そういえば、彼はお餅のこともどろどろになった米と言っていた。原材料を見れば、お餅もお粥も米の加工品だ。
「どろどろになったお米じゃないよ。お餅はお餅だし、お粥はお粥。別の食べ物なんだ」
「同じだろ」
ルチアーノにとってはそうかもしれないけど、僕たち人間にとってはそうではないのだ。人間は食事を必要とする。毎日同じものばかりでは飽きてしまうから、調理という文化を発達させ、食事を楽しむようになった。それは、ヒトという種の進化の証なのだ。
「人間にとっては別のものなんだよ。原材料と加工品は。それは、人間の進化なんだ」
「進化、ねぇ」
ルチアーノは呟く。手元では、お粥を掬ってはお椀に落としてを繰り返していた。あまりお気に召さなかったようだ。
「それ、あんまり好きじゃなかったら、残しておいていいよ。僕が食べるから」
声をかけると、不満そうな口調で返した。
「別に、これくらい食べれるよ」
お椀の中身を掬い、口へと運ぶ。好き嫌いは激しいのに、残すのは嫌いなのだ。子供扱いされてる気分になるのだろう。
僕たちの種族は、進化を積み重ねて今の生活を築いている。その姿は、歴史を見てきたルチアーノの目にはどう映るのだろうか。
「ほら、食べてやったぜ」
ルチアーノが空になったお椀を突きつけた。どこか、自慢げな顔をしている。
「ありがとう。嬉しいよ」
笑顔で食器を受け取ると、今度はほんのりと頬を染めた。呆れたり拗ねたり照れたりと、くるくる変わる感情表現は、人間よりも人間らしい。
「次は、鏡開きをやろうと思うから、その時も付き合ってくれると嬉しいな」
僕が言うと、彼は呆れたように「まだあるのかよ」と言った。日本の風習はたくさんある。ルチアーノはあまり興味がないみたいだけど、それは僕たちの歴史そのものだ。彼に、少しでも人間の文化の良さが伝わってくれたら、僕は嬉しい。