いつかの記憶「ねぇ、Dホイーラーのジョニーって知ってる?」
友達にそう尋ねられ、少年は首を傾げた。
「ジョニー……?」
彼は、Dホイーラーに疎かった。彼の家は好んでデュエル番組を見るわけではなかったし、彼自身が室内遊びが好きな性格だったのだ。
「そう、ジョニー。不動遊星に憧れてデュエルを始めて、フォーチュンカップで優勝してキングになった、あのジョニーだよ!」
現在のキング、その言葉を聞いて、彼はようやく思い出した。確かに、デュエル番組やニュースで名前を聞いたことがある。不動遊星の再来と言われている、新進気鋭のデュエリストだ。
「テレビでなら見たことがあるよ」
少年が答えると、友達は熱の籠った声で言った。
「そのジョニーが、今度、学校の近くのスタジアムで試合をするんだよ!」
友達の話を纏めると、こうだ。Dホイーラーのジョニーが、学校の近くのスタジアムでデュエルをする。それは公式大会ではなくエキシビションマッチで、子供たちへのライディングデュエルの披露を目的としている。そのため、近隣の学校に通う子供たちは、希望すれば無料で招待されるのだそうだ。
「ねぇ、一緒にジョニーのデュエルを見に行こうよ! きっと楽しいよ!」
友達は楽しそうに誘う。
「いいよ。僕も、ジョニーのデュエルを見てみたい」
友達が進めるくらいなのだ。きっと、ジョニーのデュエルは楽しいのだろう。彼にとって、初めてのデュエル観戦だった。
スタジアムに足を踏み入れたのは初めてだった。
迷子になりそうなほど広いホールを、友達に誘導されて歩く。
「招待席はこっちだよ!」
そう言われて連れていかれた場所は、コースの目の前だった。
「ここって、すごくいい席だよね」
少年が言うと、友達はにこにこと笑う。
「子供たちの招待席は、いつもS席なんだよ!」
友達は言う。どうやら、それがエキシビションマッチの恒例であるようだった。
音楽が鳴り響いて、大会が始まった。
「ついに始まるエキシビションマッチ! 激闘を制し、勝利を掴み取るのは、果たしてどちらなのか!」
MCが、陽気なパフォーマンスで観客を盛り上げる。選手の紹介が始まり、観客の声援と共に、ジョニーの対戦相手となるデュエリストが入場した。
「……対するは、遊星の再来とも呼ばれる新進気鋭のデュエリスト! シンクロを愛するニューキング、ジョニーだ!」
会場の声援に包まれ、ジョニーが会場へと姿を現した。青いDホイールで、会場をぐるりと駆け抜ける。観客全員に姿を見せると、ジョニーはDホイールを降りた。会場の全ての観客に見えるように、回りながら手を振る。
「ジョニー!」
隣で、友達がジョニーに手を振った。少年も控えめに手を振る。
すごい熱意だった。会場のほとんどの観客が、ジョニーに声援を送っている。
選手がスタート地点へと並んだ。MCの声が響き渡る。
「ライディングデュエル、アクセラレーション!」
初めて見るライディングデュエルは、感動の連続だった。目の前を駆け抜けるDホイール、並走するモンスター、そして、本物のように映像を映し出すソリッドビジョン。モンスターがバトルをする度に、火花が散り、煙が舞い、風が吹き抜けた。
二人のDホイーラーは、鮮やかな戦略でお互いを追い詰め、それを阻止していった。ジョニーは時折子供たちに目線を送り、にこりと微笑んだ。
これが、プロのデュエルなのだ。子供たちに支持されるデュエリストなのだ。今までに触れたことのなかった世界を、少年は知った。
「ねぇ、ジョニーのデュエル、どうだった?」
友達が少年に声をかける。
「すごかった……」
少年は呟いた。まるで、映画を見ているようだと思った。プロデュエリストのデュエルには、ストーリーがあること。人々は、それを楽しむために会場へ足を運んでいることを、彼は初めて知った。
観客たちは、デュエルの感想を語り合いながら、出口へと向かっていく。人間に押し流されるように、彼らも外へと向かった。
少年は、最後にもう一度だけ会場を振り返った。ジョニーの走ったコースと、彼を映し出したモニターが、遠くに見える。
もう一度前を見ると、友達の姿が見えなくなっていた。周囲を振り返るが、どこにもいない。焦って人混みを掻き分けるが、近くにはいないようだった。
不安に襲われ、当てもなく通路を歩き出す。どこかで、スタッフを見つけるしかなかった。
「近づかないで。道を開けてください」
どこからか、警備員の声が聞こえた。いつの間にか、関係者たちの集まるエリアに近づいていたようだ。
顔を上げると、そこには、控え室へと移動していくジョニーの姿があった。
ジョニーだ。さっきまでデュエルコースを走っていたジョニーが、今は目の前にいる。少年は、その姿に釘付けになった。
ジョニーは、少年の姿を視界に止めると、警備員に何かを語り書けた。人々の間を抜け、少年の前へと歩み寄る。
「君、迷子なのかい?」
優しい声だった。思わず、頷いてしまう。
「じゃあ、案内所まで行こうか」
ジョニーに手を引かれ、少年は歩き出す。自分の身に起きていることが理解できなかった。
「あの……、デュエル、すごかったです……! 感動しました」
少年は熱を帯びた声で告げる。本人が目の前にいるのだ。言わずにはいられなかった。
「ありがとう。楽しんでもらえて嬉しいよ。」
ジョニーはにこやかに答える。
初めて顔を合わせるはずなのに、なぜか、ジョニーのことを知っているような気がした。
「君とは、どこかで会ったことがあるような気がするんだ」
少年の心を読んだかのように、ジョニーは言う。彼も、同じ気持ちで居るようだった。
「僕も、ジョニーさんを知っているような気がします」
答えると、ジョニーは嬉しそうに笑った。
「もしかしたら、僕たちは、前世の友人だったのかもしれないね」
デッキケースを開いて、一枚のカードを取り出す。
「このカードを、君にあげるよ。僕たちの出会いの証だ」
「ありがとうございます」
話をしているうちに、案内所に着いた。迷子の手続きをして、アナウンスをかけてもらう。
「あの、いろいろとありがとうございました」
少年は深々とお辞儀をする。有名人に道案内をしてもらった上に、カードまでもらったのだ。不相応な対応だと思った。
「また会える日を楽しみにしているよ」
ジョニーは微笑んで手を振った。その姿を目に焼き付けておこうと、彼は思った。
アナウンスが流れると、友達はすぐに駆けつけた。
「ごめん! 全然様子見てなくって! 迷ったよね」
「大丈夫だよ。こうして合流できたんだから」
迷子になったからこそ、ジョニーと話せたのだ。悪いことばかりではなかった。
「さっき、ジョニーに会ったんだ」
少年が言うと、友達は叫ぶような声で言う。
「ジョニーに!? 詳しく聞かせてよ!」
友達に急かされて、彼は語り始める。ジョニーに会うまでの経緯と、話した内容についてを。
それでも、カードをもらったことだけは、秘密にしておこうと思った。
帰宅すると、ジョニーは真っ先に自室へと向かった。
「遊星、今日もシンクロ召喚で子供たちに希望を届けたよ」
彼の部屋には、不動遊星の写真が飾られている。チーム5D'sを結成し、WRGPで優勝した時のものだ。
選ばれし者として、冥界の神の復活や秘密結社の陰謀から世界を救ったという逸話が残されているが、父の後を継いで科学者となったため、公式大会での記録はほとんど残っていない。
その写真を見た時、ジョニーは世界が変わるほどの衝撃を受けた。
その写真に映る長身の青年が、ジョニーに瓜二つだったのである。
それは、ジョニーが遊星に憧れ、キングになりたいと思うきっかけとなった。かつて、近くで遊星を支えたその青年のように、彼もまた、遊星の想いを伝える存在になりたいと思ったのである。シンクロ召喚は、その想いの象徴だった。
そう考えて、ようやく思い出した。会場で見かけた迷子の少年に、声をかけてしまった理由を。
その少年を見た時、彼は目が離せなくなったのだ。人混みの中でも、その少年の姿だけはくっきりと浮かび上がって見えた。
彼もまた、似ていたのだった。WRGPの出場者に。チームニューワールドのルチアーノと名乗る少年に、その少年は瓜二つだった。
どうして、チームニューワールドのメンバーにそっくりな少年がいるのだろう。他人の空似と言うにはあまりにも似すぎているし、同じ時代に二人も揃うなんて、不自然だ。
遊星の逸話には、まだ解明されていないことがたくさんあるのだ。その謎を知っているのは、チーム5D'sだけなのだろう。
もし、遊星と同じ場所にたどり着くことができたら、その真実を知ることができるだろうか。そう思いながら、彼は写真を手に取った。