指輪 その日、僕はデパートのアクセサリー売場を訪れていた。目的は指輪の購入である。ルチアーノに、お揃いの指輪をプレゼントするためだった。
彼に告白してから、ふた月が経った。距離は一気に縮まり、今では同棲しているような暮らしをしているが、僕はもっと深い関係になりたかったのだ。
正式なプロポーズをしたい。指輪を渡して、婚約者になってほしい。そんなことを思ってしまうくらい、ルチアーノのことを好きだったのだ。
意を決して、店内に足を踏み入れた。ショーケースを見ながら店内を回り、指輪のコーナーを眺める。僕はそこまで裕福じゃないから、あまり高価なものは買えない。それでも、ちゃんとしたものを買いたかった。
指輪は、いろいろなものがあった。シンプルなシルバーリングに、ハートの形をしているものや、色のついているものなどだ。ジュエリーにもいろいろあって、シンプルなクリアの宝石だったり、色のついた石だったりする。
アクセサリーのことは何も分からない。ショーケースとにらめっこしていると、女性の店員さんが声をかけてきた。
「何かお探しですか?」
返答に困ってしまう。婚約指輪を探していると言えば、すぐに伝わるだろう。でも、僕がプレゼントを渡す相手は男の子なのだ。どう伝えればいいのか分からなかった。
「ペアリングを探してるんです。恋人にプレゼントするための」
言葉を選びながら、用件を伝える。
「ペアリングならこちらにございます。どのようなものをお探しですか?」
店員さんが示したのは、ショーケースの片隅の、二つ一組のリングが納められたスペースだった。男性用らしいシンプルなリングと、女性用らしい装飾のついたリンクが、対になるように並べられている。どのペアも形は同じだけど、女性用のものの方には色がついていたりジュエルがついていたりする。
「できるだけ、シンプルなものがいいんです。つけていても目立たないような」
ルチアーノは男の子だ。女性用の華美なリングは嫌うだろう。そう思って、シンプルなものを探すことにした。
「それなら、こちらの、ジェンダーレスのものはいかがですか? 一番シンプルな造りになっていますよ」
それは、シンプルなシルバーリングだった。加工も装飾も無い、ただの輪っかだ。
僕は悩んでしまう。ペアリングらしいペアリングだと、ルチアーノには華美すぎるかもしれない。でも、ジェンダーレスのペアリングでは、少し味気ない気がしてしまうのだ。
「結構悩みますね。リングって」
何気なく呟くと、店員さんはにこりと笑って答える。
「それだけ、お相手のことを想っているということですよ。みなさん、プレゼントを選んでいる時は、とても幸せそうな顔をなさるんです」
「そんなに、幸せそうな顔してますか?」
思わず尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべて答える。
「ええ、とても素敵な笑顔ですよ」
浮かれていたのがバレていたと思うと、とても恥ずかしい。それと同時に、幸せなカップルの片割れとして見られていることに、嬉しさを感じてしまう。
結局、僕が選んだのはデザインの違うペアリングだった。メビウスの輪のようなねじれの入ったデザインのリングで、女性用のものには小さなダイアモンドがついている。ルチアーノの指のサイズは、事前にこっそり測っていた。
「こちら、ペアの箱にお入れしますか?」
「お願いします」
ルチアーノがリングを見る時は、二つが並んだ姿になるのだ。お揃いのリングを見て、彼はどんな反応をするのだろう。
店員さんに見送られ、小さな箱を抱えて店を出る。箱の中には、二人を繋ぐシルバーリングが納められている。ついに買ってしまった。渡す時のことを考えると、心臓がどくどくと音を立てる。
ちゃんと、相手は男の子だということを伝えられたら良かったのかもしれない。ルチアーノは女の子のような指輪を嫌がるかもしれないし、そうなったら、受け取ってもらえないかもしれないのだ。
でも、僕にそんな勇気はなかった。見ず知らずの女性に、同性パートナーとの婚約指輪を探してるなんて言って、びっくりされるのは嫌だったのだ。ルチアーノだったら、きっと気にしないのだろうけど、僕は少し気にしてしまう。
いつか、僕たちが正式に婚姻関係になるときは、二人で指輪を選びたい。永遠の誓いになるのだから、恋人関係であることを明かした上で、恋人の好きなものをプレゼントしたいのだ。
その時には、僕も堂々と彼をパートナーだと言えるだろう。人目を気にすることなく、指輪をつけて手を繋ぐのだ。いつか、そんな日が来ることを、心の底から願っている。