プロポーズ ルチアーノに、プロポーズをしたい。今までにも伴侶にしたいとは伝えているけど、それは告白の中のひとつだったから、正式なプロポーズはしていないのだ。
彼は、神の使命でこの町に来ている。いつここを去るかは分からないし、任務によって会えなくなるかもしれないのだ。伝えるなら、早いうちがいいと思った。
指輪は、既に用意してある。プロポーズを決意してすぐに、デパートに出向いて買って来たのだ。あとは、想いを伝えて渡すだけだった。
「一緒に来てほしいところがあるんだ」
そう言うと、僕はルチアーノをデパートへと連れ込んだ。エスカレーターを登り、レストランコーナーへと向かう。彼は、小言を良いながらも大人しくついてきてくれた。
僕が入ったのは、コース料理を提供するレストランだった。少しお値段の張るお店で、テーブル席からは夜景が見える。世間の知識に疎い僕には、プロポーズの場所と言ったらこういう所しか思い付かなかったのだ。
「今日は、ここでご飯を食べるからね」
手を引いて、ルチアーノを店内へ連行する。ちゃんとしたところだから、事前に予約をしていた。店内に入ると、店員さんが予約したコースの説明をしてくれる。
「コース料理? 君、何を企んでるんだよ」
ルチアーノが疑うような目で僕を見た。企んでるなんて、ひどい言い方だ。まあ、企んでるのは本当なのだから、何も言えないのだけど。
「何も企んでないよ」
そう答えても、ルチアーノは訝しげな視線を向けたままだ。疑われているらしい。
「言っておくけど、僕はこんなものじゃ喜ばないぜ」
そんなことは、すでに知っている。彼にとって、食事の価値なんて何の足しにもならないのだ。重要なのは、好きか嫌いかだけなのだから。
「知ってるよ。だから、これは僕の自己満足なんだ」
僕が言うと、ルチアーノは呆れたような顔をした。一緒に過ごすうちに、見慣れてしまった表情だ。
「君って、変なやつだよな」
話をしていると、最初の料理が届いた。慣れないコース料理に苦戦していると、ルチアーノが声をかけてきた。
「食器は、外側から使うんだぜ。…………こんなことも知らないのかよ」
教えてもらいながら、なんとか前菜を食べた。我ながら情けない。
「こういうところ、初めてだから」
言い訳するように言うと、彼はきひひと笑った。
「僕が手取り足取り教えてやろうか」
なんだか、妙に艶かしい笑みだった。自信に満ち溢れている。
「ルチアーノは、コース料理を食べたことがあるの?」
尋ねると、彼はにやりと笑って答えた。
「当然だろ。食事は交渉の基本だぜ」
そうして、僕はルチアーノに教えられながら料理を食べていった。彼は、この形式の料理に慣れているようで、優雅に食事をとっていく。その姿を見ていると、彼が人知を越えた権力者であることを見せつけられる気分になった。
僕は、この男の子の恋人になったのだ。この子に告白をして、認めてもらって、関係を持った。その事実が、奇跡のように感じられた。
食事が終わると、デザートと紅茶が配膳された。これを食べたら、僕はルチアーノにプロポーズをするのだ。
心臓がどくどくと音を立てる。後のことを思うと、一口一口にすら緊張してしまった。
食事を終えると、ゆっくりと食器を置いた。大きく深呼吸をしてから、口を開く。
「ルチアーノに渡したいものがあるんだ」
そう言って、鞄の中から指輪の箱を取り出す。ルチアーノの前に置くと、そっと蓋を開けた。
「これが、僕の気持ちだよ。受け取ってほしい」
中には、ペアリングが納められている。シンプルなシルバーリングと、小さなダイアモンドがついたシルバーリングだ。
「どういうことだよ」
ルチアーノがリングに視線を向けて言う。伝わって無いみたいだった。訝しげな表情を浮かべている。
「僕と、結婚してほしい」
なんとか伝えたけど、緊張で声が震えてしまった。突き刺さる視線が痛い。
「結婚? 君と?」
呆れた声が飛んでくる。あんまり、嬉しくないのだろうか。僕たちは人間と神の代行者の関係で、住む世界が違うのだから。
「今すぐってわけじゃないよ。ルチアーノが決断したい時でいいんだ。それまでは、婚約者でいてほしい」
ルチアーノは、黙ったまま指輪を見つめていた。それは、少しの間だったけど、僕には永遠とも思えるほどに長く感じられた。
「…………いいぜ。もらっといてやる」
小さな声で答えると、指輪に手を伸ばした。右手で摘まんで持ち上げると、左手の薬指にはめる。
ルチアーノはそっと手を裏返すて、指輪をこちらに見せた。細くて長い指に、小さなダイアモンドが光っている。
「ありがとう」
目の前の光景が信じられない。ずっと願っていたことが、遂に現実になったのだ。神の代行者を名乗る美しい少年と、婚約者の関係になった。それは、ただの人間である僕にとって、どれほど重いことだろう。
「そのかわり、逃げたり裏切ったら殺すからな」
ルチアーノは言う。低い声で、脅すように。
「絶対に、離れたりなんかしないよ。ずっと一緒にいる」
僕は、ルチアーノと共に生きると決めた。この美しくて恐ろしい男の子を、心の底から愛してしまったのだ。彼のために、僕はこの人生を捧げたい。
「約束だからな」
その言葉は、契約の証だった。僕はもう、ルチアーノから離れることはないのだ。なんて幸せなことだろう。
窓の外では、夜景がキラキラと煌めいている。この景色は、一生忘れることなど無いのだと思った。