好物 お兄さんとお近づきになりたい。そう言うと、ルチアーノは決まって嫌な顔をする。独占欲が強いルチアーノは、僕が他の人と仲良くするところを見るのが嫌なのだ。
「別に、浮気するわけじゃないよ。僕は一人っ子だから、兄弟って関係に憧れがあるんだ」
そう言っても、彼は納得しない。唇を尖らせて反論する。
「兄じゃないって言ってるだろ! それに、兄弟なら僕がいるじゃないか」
「ルチアーノのことは、恋人として大切に思ってるよ。だからこそ、ルチアーノのお兄さんのことを知りたいんだ」
何度説得しても、納得してくれない。頬を膨らませて、拗ねてしまう。そんなところもかわいいと思ってることは、僕だけの秘密だ。
ルチアーノは、面白いものが好きだった。長い時間を一人で過ごしている彼は、退屈を潰せるものが好きなのだ。僕が彼との距離を縮めるために使ったコミュニケーション手段は、デュエルとプレゼントだった。
お兄さんは、ルチアーノに良く似ている。性格や、言葉に対する反応がそっくりなのだ。もしかしたら、ルチアーノと同じ手段で距離を縮められるかもしれないと思った。
「ルチアーノなら知ってるんじゃない? お兄さんの好きなもの」
僕が聞くと、ルチアーノは露骨に嫌そうな顔をした。
「知ってるけど、言わないよ。なんで僕がプラシドへの貢ぎ物を選ばないといけないんだよ」
そこまで言って、急に表情を変える。一瞬だけ何かに気づいたような顔をしてから、いたずらを閃いた子供のようににやりと笑った。
「どうしたの?」
尋ねると、にやにやと笑いながら答える。
「いいぜ。プラシドの好物を教えてやる」
どうやら、何かを企んでいるようだった。何を考えているのかは気になるが、デメリットはなさそうだから、知らん振りをしておく。
「ありがとう。お礼に、ぶどうを買ってあげるからね」
珍しく、ルチアーノが乗り気なのだ。買い物をするなら、今しかない。僕は彼の手を取ると、町へと歩きだした。
翌日、僕はお兄さんを探していた。左手にはプレゼントの入った紙袋を持ち、右手はルチアーノの手を握っている。
ルチアーノは、楽しそうににやにやと笑っていた。朝からずっとこんな感じだ。お兄さんの反応が楽しみで仕方ないのだろう。
お兄さんはすぐに見つかった。人混みの中にいても、長身と白装束はよく目立つ。
「こんにちは、お兄さん」
声をかけると、お兄さんはちらっとこちらを見た。ルチアーノが僕の影に隠れる。
不機嫌そうな顔をしながらも、お兄さんは僕の方に視線を向けた。呟くように言う。
「また貴様か」
彼は、いつも僕に厳しい。自分から声をかけてきてくれたルチアーノとは大違いだ。とはいえ、この反応が決して悪いものではないことを、僕は知っていた。
「今日は、お兄さんにプレゼントを持ってきたんです」
「プレゼントだと?」
お兄さんが怪訝そうな視線を向ける。僕は隠し持っていた包みを差し出した。中には、四角い箱が入っている。
「なんだ、これは」
受け取ると、訝しげに箱を眺める。この警戒心の強さも、兄弟そっくりだ。
「開けてみてください」
僕が促すと、彼はリボンを解いて包みを開いた。プラスチックの箱を取り出す。その中身を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「貴様、なぜオレの好物を知っている!?」
彼ら、神の代行者は、かなりの偏食家だ。食事を必要としない彼らは、自分の好きなものしか口にしないし、嫌いなものを渡すと明らかに嫌な顔をする。そんな彼の、唯一ともいえる大好物を、僕は持ってきたのだ。
「気に入ってもらえましたか?」
僕はにこりと笑って尋ねる。お兄さんが悔しそうな顔をした。好物を知られていることが悔しいらしい。もしかしたら、人間からの貢ぎ物というものが嫌なのかもしれない。
隣で、ルチアーノがきひひと笑った。抑えてはいるが、その特徴的な声は良く響く。
その声を聞いて、お兄さんもようやくルチアーノの存在に気づいたらしい。冷たい視線で、ルチアーノを睨み付ける。
「貴様……!」
ルチアーノは全く気にしない。機嫌を損ねるお兄さんをよそに、楽しそな笑みを浮かべている。
「良かっただろ。好物を貰えてさ」
「人間からの貢ぎ物など必要ない」
「そんなこと言って、本当は嬉しいくせに」
きひひ、と笑うと、お兄さんはルチアーノに詰めよった。ルチアーノの頬を引っ張る。ルチアーノも負けじと反撃した。そのまま、言い争いが始まってしまう。
「ルチアーノ、喧嘩は止めて」
ルチアーノの手を引いて、お兄さんから引き剥がす。彼は、不満そうな顔で僕を見た。
「なんだよ。君もプラシドの味方をするのかい?」
「違うよ。せっかくのプレゼントなのに、喧嘩になったら意味ないでしょ」
ルチアーノを宥めると、今度はお兄さんに向き合う。
「勝手に好物を聞いてすみません。でも、僕は貴方と仲良くなりたかったんです。ルチアーノの兄弟は、僕の兄弟にもなるから」
「兄じゃないって言ってるだろ」
ルチアーノが横から口を挟んだ。不満そうに唇を尖らせている。
「貴様と兄弟になった覚えはない」
お兄さんも不満そうな顔だ。見れば見るほど、ルチアーノにそっくりだった。
「それ、良かったら食べてください。結構いいところの苺みたいなんです」
彼らの反論を無視して、僕は言葉を続ける。
お兄さんの唯一の好物は、苺だった。見かけによらず、かわいい食べ物の名が上げられたから、初めて聞いたときには驚いた。ルチアーノとお兄さんは、性格こそよく似ているが、好みは全然違うのだ。
お兄さんと別れると、ルチアーノは楽しそうに笑った。
「見ただろ、あのプラシドの顔。最高だったな」
きひひと声を上げる。完全に楽しんでいるようだった。
「ルチアーノは、お兄さんをからかうために僕に好物を教えたの?」
尋ねると、にやにやとした笑みを浮かべて頷く。
「そうだよ。面白いものが見れただろ?」
ルチアーノは、お兄さんをからかいたかったのだ。そのために、僕のお兄さんへの好意を利用したのだ。僕にとっては、良かったのか悪かったのか分からない結果になってしまったけど、ルチアーノが楽しそうだからよしとしよう。
「喧嘩するほど仲が良いって、こういうことなのかな?」
二人は、喧嘩することに慣れているようだった。彼らにとっては、こんなやり取りも日常茶飯事なのだろう。
その距離感は、少しだけ羨ましかった。