紅茶 町を歩いていると、ルチアーノから声をかけられた。振り向くと、両手で何かを持っている。
「これは僕からのプレゼント。受け取ってくれよな」
そう言って彼が差し出したのは、箱入りの紅茶だった。黄色の箱に、箔押しのロゴがついている。どう見ても高級品だ。
「これって、高級ブランドの紅茶じゃない? 本当にもらっていいの?」
「いいんだよ。僕には不要なものだからね」
「ありがとう。嬉しいよ」
お礼を言って箱を受け取る。金色の文字は、僕でも知ってるブランド名だった。普通に買えば三千円はするだろう。
「すごいね。こんなものまでもらうんだ」
ルチアーノは、治安維持局の重役と関わりがあるらしい。おそらく、取引相手から贈答品としてもらったものだろう。僕にとっては別世界の話だった。
「こんなもの、もらっても嬉しくないのにね」
棘のある声で言う。口に合わないものを渡されたことが気に入らなかったらしい。相手は株を上げようとしているのに、気の毒な話だ。
ルチアーノは、紅茶が嫌いだった。どうやら、苦い飲み物の全てが口に合わないらしく、日本茶やコーヒーにも嫌な顔をする。要するに、飲み物に関しては子供舌なのだ。
「せっかくの紅茶なのに、飲めないなんてもったいないね」
何気なく言うと、ルチアーノは尖った声で言った。
「別に、もったいなくないぜ。元々、僕たちは食事なんて要らないんだから」
子供みたいだと思ったことを見抜いたのだろうか。彼の観察眼は、かなり鋭い。
数日後、僕はルチアーノを探していた。彼に、渡したいものがあったのだ。
ルチアーノは、いつものように町を歩いていた。不思議な白装束に身を包んでいるが、周りの人々は気にも留めない。相変わらず不思議な光景だった。
声をかけると、彼はこちらを振り向いた。僕に視線を向けて、にやりと笑う。
「なんだ、君か。僕に会いに来たのかい?」
からかうような声だが、そこには嬉しそうな響きが滲んでいる。紅茶の件といい、それなりに心を許してくれているようだ。
「今日は、僕からルチアーノにプレゼントがあるんだ」
鞄からラッピングの袋を取り出すと、ルチアーノに差し出す。彼は、訝しみながらも受け取ってくれた。
「なんだよ。これ」
袋に入っているのは、ジャムの瓶だった。ラベルには『ぶどう』と書かれている。この前、輸入食品を売るお店で見つけたのだ。隣には、ルチアーノからもらった紅茶のパックが入っている。
「ジャムだよ。ジャムを紅茶に入れると、甘くなるんだって」
「紅茶にジャム? 聞いたこともないぜ? 合うのかよ」
ルチアーノは呆れ顔で言う。
僕は、ルチアーノにも紅茶を楽しんでもらいたかった。せっかくの貰い物で、高級ブランド品なのだ。少しも飲まないなんてもったいない。
「試してみてよ。おいしくなかったら、返してくれていいから」
「まあ、そこまで言うなら、貰ってやってもいいけど」
熱意に押されたのか、渋々ながら言葉を引っ込める。なんか、押し付けるような形になってしまった。
僕は、紅茶に詳しくない。紅茶にジャムが合うかなんて分からないし、ジャムがどんな味なのかさえ知らないのだ。ルチアーノの好みに合う保証はなかった。
「それにしても、君って、本当に貢ぎ物が好きだよな。賄賂のつもりかもしれないけど、治安維持局への紹介はできないぜ?」
ジャムの瓶を見つめながら、からかうようにルチアーノは言う。プレゼントを賄賂と認識するところに、彼の生きてきた環境を感じた。
「賄賂じゃなくてプレゼントだよ。僕とルチアーノは、友達なんだから」
友達という言葉を聞いて、今度は戸惑ったように視線を彷徨わせる。友達という関係に慣れていないのだろう。そんな反応は新鮮で、かわいらしい。
僕とルチアーノは友達だ。ルチアーノが認めなくても、僕は彼の友達であると主張する。彼には、心を許せる相手がいないのだから、僕だけは対等な存在でいたい。
プレゼントを渡してから数日が経っても、ルチアーノからジャムが返されることはなかった。気に入ってもらえたのだろうか。彼のことだから確証はないけれど、そうだとしたら、僕は嬉しい。