悪夢 周りから、ざわざわと人の声が聞こえる。空からは日の光が差し込んで、暖かい空気が僕たちを包み込んだ。楽しそうな若者の声と、駆け抜ける子供たち、どこまでも平和な、ネオドミノシティの一角だ。
人の溢れる商店街を、僕たちは歩いていた。はぐれないように青年の手をぎゅっと握って、恋人同士のように寄り添って歩く。
人混みは嫌いだ。人間の営みなんてまるで興味が無かったし、一般人の人生なんて見ていても何も面白くない。普段なら、任務以外で立ち寄ることなど無い場所だ。それでも、彼と二人で歩くネオドミノシティは、あまり不快ではなかった。
彼が何かを話しかける。僕が返事をすると、彼は嬉しそうに笑った。束の間の幸福だ。この儚い幸せは、確実に僕を包んでくれる。
遠くにたこ焼き屋を見つけて、僕は青年から視線を反らした。たこ焼きは好きだ。彼に買わせようかと考えながら、看板のメニューを吟味する。
不意に、どすっと鈍い音がした。隣から、苦しそうな呻き声が聞こえる。不思議に思って視線を向けると、青年が脇腹を押さえていた。
黒ずくめの男が、バタバタと足音を立てて走り去る。青年の手は、鮮血の赤に染まっていた。
襲われたのだ。そう理解して、顔が真っ青になる。こんなにも白昼堂々と。こんな町中で。
どうして。疑問符が脳裏を駆け抜ける。足音はしなかった。警戒を怠っていたのは確かだけど、それで対応の遅れる僕じゃない。人間なんかに欺けるはずがないのに。
青年が蹲った。もう、立っていられないほどに血液を失っているのだ。隣にしゃがみこみ、必死に止血しようと試みるが、血液は次から次へと溢れてくる。ぬるぬるした液体が手に絡み付き、彼の足元を濡らした。
青年の顔からは、どんどん色が失われていく。指先に触れると、ひんやりと冷たくなっていた。
死んでしまうかもしれない。そう思ったら、恐怖に全身を支配された。嫌だ。失いたくない。僕を置いていくなんて、約束と違うじゃないか。
青年の身体が、ぐらりとよろめいた。必死で支えようとするが、そのまま地面に倒れてしまう。真っ青になった肌と、滲み出す鮮血が、コントラストを描いていた。
気づいたら、薄暗い部屋の中にいた。どうやら、ベッドの中に横たわっているようだ。隣では青年がすやすやと寝息を立てている。
夢だ。そう気づいて、少しだけ安心する。心臓がばくばくと音を立て、うっすらと汗を書いていた。
彼を失う夢を見るようになったのは、いつからだろうか。両親を失う夢を見なくなった代わりに、僕は恋人を失う夢を見るようになったのだ。
僕は、恐れているのだ。この青年を失うことを。両親を失った時のように、彼を失ってしまったら。その恐怖が、僕に恐ろしい幻を見せる。
僕は、失うことを恐れてしまう。それが、僕という存在の根元である限り、その宿命からは逃れられない。
怖くなって、そっと目の前の青年を抱き締める。人間の温もりが、僕の人工の肌に伝わった。
青年がもぞもぞと身じろぎをした。薄目を開けて、僕を見る。
「どうしたの」
眠そうな声で、それでも、彼は僕を心配してくれる。その優しさが、今は嬉しかった。
「怖い夢を見たんだ」
答えると、彼はそっと僕を抱き締めてくれた。
彼は、人間の時間を生きている。いずれは、僕を置いていなくなってしまうのだ。そのことを考えると、僕の心は恐怖に襲われる。
安心がほしかった。この温もりを超えるほどの絶対的な安心を。そうすれば、僕が悪い夢を見ることもきっと無くなるはずだから。