YesNo枕 通販で、YesNo枕というものを買った。
自分でも、弁明ができないことなのは分かっている。僕たちはまだ付き合ったばかりで、そういうことも何回かはしてるけど、こんな、はっきり誘うような関係にはなってないのだ。ルチアーノは怒るかもしれないし、それこそ枕で殴られるかもしれない。
でも、良い考えだと思ったのだ。ルチアーノは素直になることが苦手で、『Yes』を伝えるのにも苦労している。ルチアーノの嫌がることはしたくないから、いつもは僕から聞いて許可をもらうのだけど、わざわざ言葉にさせる行為も、恥ずかしい思いをさせてしまうだろう。
そんなこともあって、買ってしまった。正直に言うと、僕は浮かれていたのだ。初めての恋人という存在に。
今、ルチアーノはお風呂に入っている。彼が出てきたら、今度は僕の番だ。枕を置いておくなら、今しかなかった。
僕は自分の部屋へと向かうと、クローゼットを開けた。隅には、ビニールに包まれたままの枕が隠すように置かれている。そっと持ち上げると、ガサガサと音を立てながら袋から引っ張り出した。
お風呂から上がったルチアーノは、僕を呼びにリビングに来るはずだ。先に支度を済ませておけば、ルチアーノが僕の部屋を覗く前に風呂場に移動することができる。後は、お風呂上がりにルチアーノの反応を見るだけだ。
僕の部屋のベッドには、枕が二つ置かれている。僕が昔から使っていた年期の入った枕と、ルチアーノのために新しく購入した真っ白な枕だ。新しい方の枕を下によけると、買ったばかりの枕とすり替えた。布団を被せ、半分くらい隠しておく。
ドキドキしながらリビングで待機していると、ルチアーノが入ってきた。僕の方に視線を向けて言う。
「上がったよ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
不自然にならないように注意して答えると、入れ替わりで風呂場へと向かう。服を脱いで、浴室へと入った。
今頃、ルチアーノはベッドを見ているだろうか。あの枕を見て、どんな反応をしているのだろう。考えるだけで、心臓がドクドクとなってしまう。
気になってしまって、あまり長く浸かれなかった。いつもより短い時間で湯船から上がる。
身体を拭いて服を着ると、心臓の鼓動を抑えながら自分の部屋へと向かった。
ルチアーノはベッドの上にいた。布団の上に寝転がって、手元を見ている。
例の枕は、ルチアーノの腕の下にあった。Yesの面を上にして、肘をついている。どうやら、肘置きにされているようだった。
「なんだ、もう出てきたのかよ。せっかちだな」
チラリと僕の方を見て、平然とした顔で言う。枕のことには、少しも触れてくれなかった。
「ルチアーノ、枕が新しくなってるんだけど、気づいた?」
仕方なく、自分から声をかける。僕がベッドに腰をかけると、彼は怪訝そうな顔をして見上げた。
「枕? この変な柄の枕が、どうかしたのかい?」
想定外の反応だった。彼は、YesNo枕というものを知らないのだ。膨大な知識を誇るアンドロイドでも、俗世のことは知らないのかもしれない。
「なんでも、ないよ」
さすがに、言えなかった。こんな純粋な反応をされたら、何も言えない。むしろ、反応を期待していた自分が恥ずかしくなる。
「なんだよ。変なやつ」
そう言って、ルチアーノは手元に視線を戻した。そこには、僕が置きっぱなしにしていたデュエル雑誌があった。誤魔化しているようには見えない。本当に気づいてないみたいだ。
すっかり、説明のタイミングを逃してしまった。この枕は、夜のお誘いをするときに使うものなのだと、どうやって伝えたら良いのだろう。
これは、不健全なことをしようとした罰なのだろうか。自分の浅はかさを、少しだけ後悔した。