報復 僕の前に現れた青年は、全身が傷だらけだった。
頬には擦り傷ができ、服は汚れ、痛そうに腕を抱えている。どう見てもただごとではなかった。
「どうしたんだよ。そんなボロボロになって」
尋ねると、青年は困ったように笑った。よそよそしい声で答える。
「大したことないよ」
見え透いた嘘をつくものだ。そんなことを言っても、隠し通せるはずがないのに。
「そんなはずないだろ。君、僕に隠し事をする気かい?」
詰め寄ると、彼は答えづらそうに口を開いた。話したくないのが見え見えだ。
「ちょっと、デュエルを挑まれちゃって……」
「ただのデュエルで、傷なんかつかないだろ。何があったんだよ」
「答えないと駄目……?」
弱々しい声で聞いてくる。なんだか、調子の狂う言い回しだった。少し気持ち悪い。
「答えないなら、これを使うからな」
増幅装置をちらつかせると、彼は観念したように溜め息をついた。しぶしぶといった様子で話し始める。
彼が町を歩いていると、怪しげな男に声をかけられたのだという。その男は、黒いコートにサングラスという見るからに怪しい格好をしていて、彼に対してこう言ったのだ。
「お前、イリアステルだな?」
その言葉で、彼にも相手が何者なのかが分かった。イリアステルを敵視する人間は多々いるし、喧嘩を売られることもしょっちゅうだ。僕も彼も、そのような体験には慣れていた。
しかし、その男は今までのやつらとは違ったのだ。彼は、相手に実際のダメージを与えるカードを持っていた。モンスターでダイレクトアタックをされた時に、僕のデュエルと同じほどの衝撃を感じたのだという。
デュエルには勝利したものの、彼は全身に傷を負った。手当てのために家へと向かったところで、僕に出会ったのだ。
「闇のカードだな」
僕は呟いた。そんな特徴を持つカードなんて、可能性はひとつしかなかった。
闇のカード、それは、古くから歴史に名を残してきた違法アイテムである。このカードを使えば、一般人であっても対戦相手に実際のダメージを与えることができる。僕たちも使うことがある道具だった。
「闇のカード?」
彼が首を傾げる。知らなくても無理は無い。違法アイテムなんて、表社会で生きている人間には関わりの無い代物なのだ。
「違法アイテムのひとつだよ。そのカードを使って召喚したモンスターは、相手に実際のダメージを与えられるのさ。カード自体に効果があるから、一般人でも僕たちと同じ力を得ることができる。厄介なアイテムだろ?」
「そんなものがあるんだね……」
彼は呟く。闇のカードの恐ろしさを、身を持って知ったのだろう。
「とりあえず、君の家に行こうぜ。傷だらけのままじゃ、デュエルなんてできないだろ」
僕が言うと、彼はおとなしく頷いた。そのカードがイリアステル製のものだったら、彼の傷の原因を作ったのは僕たちだ。特別に、手当てくらいはしてやろうと思った。
翌日、僕は旧サテライトエリアに来ていた。青年を傷つけた犯人を探すためである。
その男は自ら来てくれた。黒いコートにサングラスという彼の上げた特徴通りの格好で、僕の前に立ちふさがったのだ。
「お前、イリアステルだな」
僕はにやりと笑う。探す手間が省けて嬉しかったのだ。
「そうだよ。僕はイリアステル三皇帝のルチアーノだ」
名乗ると、男はにやりと口角を上げた。奇妙な仕草だった。
「お前に、デュエルを申し込む」
「いいのかい? 僕なんかに挑んでさ。お前は、人間の男にすら勝てなかったんだろ?」
僕が答えると、男は余裕の表情で笑った。
「私が、人間相手に本気を出すと思うか? 昨日のは小手調べだよ」
「本当かい? だったら、見せてよ。君の本気とやらを」
煽ると、簡単に乗ってくれる。自ら現れて、カモになってくれるなんて、単純なやつは扱いやすくて良い。
「いいだろう。手加減はしないぞ」
そうして、闇のデュエルが始まった。
男が持っていた闇のカードは、一枚ではなかった。フィールドに並んだのは、二体の違法モンスターだ。その中には、忌むべきシンクロモンスターもいる。闇のカードで総攻撃して、相手に実際のダメージを与える戦法のようだ。
「食らえ、モンスターでダイレクトアタック」
男が、自信満々に宣言する。モンスターが僕に向かってきた。鋭い爪で引っ掛かれる。衝撃を感じてよろめくが、痛みはほとんど感じなかった。
「それで攻撃しているつもりなの?」
平然と佇む僕を見て、男は恐怖を感じたようだった。恐ろしいものを見るように僕を見つめる。
「効いてない……だと……!?」
「そんな手が、僕に通用するかよ」
「次だ! モンスターでダイレクトアタック!」
二体目のモンスターが僕に攻撃を仕掛ける。人間にとってはかなりのダメージだが、僕にとっては猫に引っ掻かれた程度だ。
「結構やるじゃないか」
「お前、化け物か?」
怯えたような瞳が、僕を貫く。背筋がゾクゾクとして、気分が高揚した。
「僕は化け物じゃない、神の代行者だ。……僕のターン!」
カードをドローすると、手札からスカイコアを召喚した。トラップを発動して、スカイコアと相手のモンスターを破壊する。召喚するのは、僕が神から授かったモンスター、機皇帝スキエルだ。
「今から、本当の恐怖を教えてやるよ」
そう宣言すると、僕は笑い声を上げた。男が、恐怖に顔をひきつらせる。愉快な眺めだった。
「機皇帝スキエルの効果発動! シンクロモンスターを吸収する!」
スキエルが、男のフィールドのモンスターを吸収する。モンスターは消えてなくなり、スキエルの一部となった。
「まだ終わらないぜ。手札から、魔法発動!」
リミッター解除を使って、スキエルの攻撃力を底上げする。攻撃力が、男のライフポイントを越えた。
「こいつの攻撃は、痛いぜ」
僕はにやりと笑う。男が、何かを察したようだった。
「もしかして、そいつは……」
「スキエルは、闇のカードじゃないよ」
僕が言うと、男が安堵したような顔をする。その反応は間違いなのだ。
「でもね、僕には君を傷つける力があるんだ」
僕が笑うと、男がぽかんとした顔をした。とんでもない阿呆面だ。笑いが込み上げる。
「機皇帝スキエルで、ダイレクトアタック!」
スキエルの攻撃が、男の身体を包み込んだ。衝撃で、男が真後ろに吹き飛ばされる。光が消えると、倒れた男の姿だけが残った。
男のデュエルディスクから、カードがひらりと落ちた。見慣れないそのカードは、さっき男が使っていた闇のカードだ。
「それ、闇のカードだろ。僕に寄越せよ」
見下ろしながら言うと、男はひきつった顔で抵抗した。
「誰が、お前なんかに」
「敗者は勝者の言うことを聞くもんだろ。とっとと寄越さないと、痛い目に遭わせるぞ」
脅すと、男はあっさりとカードを渡した。スキエルの一撃がよほど痛かったらしい。あれだけ吹き飛ばされたのなら当然だ。
男が持っていた闇のカードは、イリアステルのものではなかった。比較的新しいところを見ると、アルカディア・ムーブメントのものだろうか。どうであれ、こんな危ないものを人間に持たせておくわけにはいかない。
「ほら、とっとと帰れよ」
足でつつくと、男は怯えた顔のまま立ち上がって、路地の向こうに駆けていった。
「ひひひ、馬鹿なやつ。僕に勝てるわけないのにね」
その後ろ姿を見ながら、僕は笑う。楽しくて仕方なかった。
あの男は、僕のタッグパートナーを傷つけたのだ。イリアステルに歯向かったのだから、相応の裁きを受ける必要があるだろう。
別に、あの青年が好きなわけではない。でも、彼は僕の所有物なのだ。所有物を傷つけられるのは、少し気分が悪かった。