恋人繋ぎ 外に出ると、ルチアーノが待ち構えていた。僕の姿を見かけると、平然と声をかける。
「やあ、○○○。こんな時間まで寝てたのかい?」
僕はまじまじと彼を見つめた。当たり前のように立っているが、待っていたのだろうか。だとしたら、軽く恐怖だった。
「もしかして、待ってたの……?」
僕が尋ねると、ルチアーノは呆れたような顔で笑った。鼓膜が破れそうなキンキン声で、おかしそうにケラケラと笑う。
「そんなわけないだろ。たまたま前を通りかかったから、寄ってやろうと思っただけさ」
本当にそうなのだろうか。彼は、自由に空間を移動できるワープ能力を持っている。わざわざ徒歩で寄る理由などなかった。
僕が困惑していると、ルチアーノはにやりと笑った。意地悪な顔をして言う。
「僕がストーカーじみたことをすると思うのかい? ふざけたことを言ってると、消しちまうぞ」
恐ろしい脅しだった。ルチアーノの『消す』は、冗談なんかでは済まない。
「ごめん」
慌てて謝ると、彼はご機嫌な様子で笑った。態度からでは、本気なのか冗談なのか分からない。心臓に悪かった。
「で、どうせ君は暇なんだろ。僕に付き合ってくれないかい?」
「それは、いいけど」
答えると、ルチアーノは僕の隣に寄り添って手を握った。手のひらが触れ合い、親指が絡まる。一般的な、友達同士の繋ぎ方だ。
「じゃあ、行こうぜ」
そう言って、彼は僕を引っ張った。子供とは思えないほどの強い力に、一瞬だけよろめく。慌てて体勢を立て直すと、小走りで追いかけた。
今日の行き先は、既に決まっているらしい。どこに連れていかれるのか、楽しみだった。
関係を持ってから、ルチアーノは手を繋いでくれるようになった。家にいる時も、町を歩く時も、気づいたら手を握られている。僕がはぐれないように縛り付けてるだけなのかもしれないけど、甘えられているみたいで嬉しかった。
でも、ひとつだけ気になっていることがあるのだ。ルチアーノは、外では絶対に恋人繋ぎをしてくれない。僕が指を絡めようとしても、嫌がって振り払ってしまうのだ。
まるで、人に見られたくないみたいに。ルチアーノが外聞を気にする性格なのは分かっていたけど、拒否されてしまうのは、少しだけ寂しかった。
その日の夜、ベッドに入ると、ルチアーノが手を握ってきた。指と指を絡ませ、しっかりと指を固定する。そのまま、服をつかんで僕の身体を引き寄せると、そっと胸に顔を埋めた。
僕は空いている手を回して、彼の身体を抱き締める。布団の中で、二人の身体が密着した。
どうやら、今日のルチアーノは甘えたモードらしい。今なら、聞いても大丈夫だと思った。
「外では、この繋ぎ方はしてくれないの?」
尋ねると、ルチアーノはゆっくりと顔を上げた。上目遣いの瞳が、僕を見つめる。
彼は、少しだけ頬を膨らますと、拗ねたように言った。
「嫌だよ。そんなの、世間にヤってるって示すようなもんなんだろ? 僕たちは見せ物じゃないんだぜ」
「ヤってるって……」
ド直球な表現に、少しだけ面食らう。確かに、恋人繋ぎはそういう意味として取られることもあるらしいけど、それはさすがに直球すぎだ。
「だって、そうだろ。僕はお断りだぜ」
そう言って、ルチアーノは布団を引き上げる。自分で言っておいて、恥ずかしくなったのかもしれない。そんなところを、かわいいなと思ってしまう。
「僕たちが手を繋いでても、誰も気にしないと思うよ。ルチアーノだって、他人が手を繋いでても気にしないでしょ」
諭すように言うが、彼は聞き入れない。僕から視線を反らして、反発するように言う。
「知ってるやつに見られたらどうするんだよ。シグナーに見られたら、何を言われるか分からないぜ」
その言葉を聞いて、やっと僕も理解した。ルチアーノは、シグナーに弱味を握られることを気にしているのだ。彼にとって、恋人と手を繋いでいる姿は、見せたくない一面なのだろう。
「遊星たちは、何も言わないと思うけどな。イリアステルとは言っても、ルチアーノだって、感情を持った個人なんだから」
それに、龍可やアキは既に僕たちの関係に気づいているようなのだ。彼には言えないが、今さらな話でもあった。
「僕は神の代行者だ、人間じゃないよ」
もごもごとした声でルチアーノは言う。彼は神によって造られたアンドロイドで、その事を誇りに思っているのだ。僕が何を言っても、人間と同等に落ちたくない気持ちは変わらないのだろう。
「僕は、そういうのってあんまり関係ないと思うけどな。僕は、ルチアーノだから好きになったんだから」
返事は聞こえてこなかった。もぞもぞと、衣擦れの音だけが聞こえてくる。
ルチアーノは、長い年月を神の代行者として過ごして来たのだ。今さら変わるなんてできないのだろう。それは、仕方のないことだと思った。
翌日も、ルチアーノは僕を連れ出した。昨日の会話で機嫌を損ねたのではないかと心配していたが、大丈夫だったらしい。僕を急かしながら、シティ繁華街へと向かっていく。
人混みに入ると、ルチアーノはそっと僕の手を握った。いつもの、友達同士の繋ぎ方だ。
僕は、ルチアーノの手に指を絡めた。指の間を割って、自分の指を差し込む。ルチアーノが、嫌そうに手を振り払った。
「やめろよ。こんなところで」
拒絶されても、今日は引く気にならなかった。僕の要望は、何度だって伝えてある。嫌がられてでも、お願いを聞いてほしかった。
「誰も見てないよ。少しだけでいいから、してほしいな」
「嫌だって言ってるだろ」
ルチアーノが手を振り払う。不機嫌そうに鼻を鳴らすと、人混みの中に入っていった。小さな後ろ姿が、人の波に飲まれて消えていく。
「ルチアーノ?」
あっという間に、僕は彼を見失ってしまった。慌てて後を追い、ルチアーノの姿を探す。
「ルチアーノ? どこ?」
何度か問いかけると、彼は姿を現した。にやにやと笑いながら、からかうように僕を見る。
「君って、すぐに迷子になるよな。子供みたいだぜ」
「それは、ルチアーノが離れるからでしょ」
反論すると、彼はきひひと笑った。隣に並んで手を取ると、指を絡めて、がっしりと握り混んだ。
予想外の行動に、僕は思わず立ち止まってしまった。ルチアーノが、恋人繋ぎをしているのだ。しかも、自分から手を取って。
「…………曲がり角までだ」
小さな声で、ルチアーノは何かを呟く。
「え?」
僕が聞き返すと、恥ずかしそうに顔を上げた。今度は、はっきりと声を出す。
「次の曲がり角まで、恋人繋ぎをしてやる」
それだけを告げると、急ぐように足を踏み出した。恥ずかしいのか、早足で僕を引っ張ろうとする。
でも、僕は従わなかった。ゆっくりとした足取りで、彼を引き留めようとする。腕がピンと伸びて、お互いに引っ張り合う形になった。
「もっと早く歩けよ」
「嫌だよ。もったいないから」
せっかく、ルチアーノが僕のお願いを聞いてくれたのだ。すぐに終わらせてしまうのは勿体ない。この時間がいつまでも続けばいいと、心から思った。