パーティー WRGP開催まで、一ヶ月を切った。町は大会を宣伝する広告で溢れ返り、お祭りムードになっている。デュエルレーンでは、毎日のように参加者らしきDホイーラーが練習をしていた。
僕たちも、大会に向けて最後の調整を始めていた。この大会には、ルチアーノの悲願がかかっている。少しも気は抜けなかった。
「今週の土曜日に、スポンサーのついてる参加チームを招待したパーティーがあるんだ」
ある日、練習の休憩時間に、ルチアーノは何気なくそう言った。
WRGPは、新生ネオドミノシティの目玉となる大規模な大会である。参加者も幅広くから募集され、大会未経験の新米チームから、スポンサーが付くほどの世界大会優勝経験者まで、たくさんのチームが応募していた。
スポンサー付きのチームは、いわばWRGPの優勝候補であり、お互いに顔見知りであるらしい。そんな彼らの顔合わせの場として、会食パーティーが開かれるのだという。僕は遊星から話を聞いて、その事を知っていた。
「そうなんだ。みんな、すごいチームばっかなんだろうな」
僕は答える。世界大会の優勝経験者なんて、僕からしたら遠い世界の住人だ。僕も大会に参加して生計を立てているけど、地方大会を巡るアマチュアなのだ。
「なに呑気なこと言ってるんだよ。君も、パーティーに参加するんだぜ」
そう言って、ルチアーノはジュースを流し込んだ。あまりにしれっと口にするから、僕は聞き流してしまった。
「ふーん。僕も参加するんだ」
答えて、ようやく違和感に気がつく。今、ルチアーノはなんと言ったのだろうか。
「僕が、パーティーに!?」
叫び声を上げると、彼はおかしそうに笑う。
「当たり前だろ。君は、僕のパートナーなんだから」
そんなこと、少しも知らなかった。僕たちに、世界大会への出場経験なんて無い。当然、アマチュア枠での参加だと思っていたのだ。
「ルチアーノ、その話、した?」
顔を見つめて言うと、彼はきょとんとした顔をした。僅かに首を傾げながら、気の抜けた声で言う。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」
ちゃんとしたパーティーの参加なんて、人生で一度もしたことがない。着ていく服すらなかった。
「安心しなよ。君の衣装は準備してあるからさ。後で届けてやるよ」
慌てる僕を見て、ルチアーノは楽しそうに言う。もしかして、わざと隠してたんじゃないだろうか。そんなことを考える。
練習を終えると、彼は約束通り服を届けに来てくれた。家に上がり込むと、僕に布の包みを差し出す。
「明日は遅刻できないからな。九時半までには仕度をしておけよ」
そう言い残すと、足早にどこかへと去っていく。彼にも、明日の仕度があるのだろう。
後ろ姿を見届けると、袋の中身を見聞した。中には、綺麗に折り畳まれたスーツが入っている。正装をするなんて、小学校の卒業式以来だった。
スーツを袋から取り出すと、ハンガーに吊るして、部屋のカーテンにかけた。ベッドの上からでも見える位置だ。これで、絶対に忘れないだろう。
目覚ましの音が、けたたましく鳴り響いた。ボタンを叩きつけて音を止める。布団に潜り込むと、再び目を閉じた。
しばらくすると、二回目の目覚ましが鳴り響く。今度は電源を落とそうとして、弾かれたように飛び起きた。
今日は、パーティーに出かけるのだ。遅刻はできない。目覚ましを止めて、布団から這い上がる。
身支度を整えると、カーテンに吊るしておいたスーツを手に取った。実は、僕はスーツというものを着たことがない。シャツのボタンを留め、スラックスを履くと、動画を見ながらネクタイを結んだ。
「やあ、○○○。ちゃんと起きてたんだね。誉めてやるよ」
鏡を見ながらネクタイと格闘していると、どこからかルチアーノの声が聞こえてきた。手を止めると声のした方を振り向く。
びっくりした。
そこには、知らない女の子が立っていたのだ。ブラウンレッドの髪をアップでまとめ、キラキラとした髪飾りを付けている。顔には化粧が施され、目はぱっちりと大きく開いていて、リップはぷっくりと膨らんでいた。身に纏っているのは、白のドレスだ。首回りは大きく開いていて、袖はお姫様のようにぷっくりとしている。スカートは膝下丈で、ふわりと広がっていた。おまけに、履いている靴はヒールみたいだ。
「誰…………?」
僕は絶句してしまう。目の前にいる人物の姿が、信じられなかったのだ。
「何言ってるんだよ。寝ぼけてるのかい?」
女の子は言った。声だけはいつものルチアーノだ。見た目と不釣り合いで、ますます混乱してしまう。
「どうして、女の子の格好をしてるの?」
なんとか尋ねると、彼は不満そうに唇を尖らせた。理解の遅さをなじるように言葉を吐く。
「変装だよ。変装。そのままの格好でパーティーに出たら、敵に正体がバレるだろ」
つまり、彼は大真面目に女の子の格好をしているようだ。僕をからかうつもりなのかと思ったけど、違うみたいだった。
「びっくりした。ルチアーノって、そういうの嫌がると思ってたから」
「別に、好きでやってる訳じゃねーよ」
不満そうに唇を尖らせると、僕へと視線を向ける。上から下まで見物するとにやりと笑った。
「案外様になってんじゃん。僕の見立ては正しかったな」
満足そうに言うと、つかつかと歩み寄る。ヒールがこつこつと音を立てた。いつもと違う姿の恋人に、急に距離を詰められて、心臓がどくどくと鳴った。
「どうしたの?」
「ネクタイ、歪んでるぜ」
手を伸ばすと、ネクタイをほどいて結び直した。慣れているのか、てきぱきと結んでくれる。もう一度僕の姿を確認すると、手を差し出した。
「行こうぜ」
僕も手を差し出す。手のひらと手のひらを、しっかりと握りしめる。次の瞬間には、世界がぐらりと傾いた。
パーティー会場は、シティの外れにあるホールだった。受付で招待状を見せると、建物の中へと入っていく。女性に案内されながら、会場へと歩いていった。
舞台のある大広間に、白いテーブルクロスをかけられた丸テーブルがずらりと並んでいる。テーブルの上には、食事やデザートが種類ごとに並べられていた。
参加チームは、僕たちを含めて六組だった。正装をした男たちが、チームごとにテーブルを囲んでいる。その中には、遊星たちの姿や、テレビで見たことのある有名人たちの姿もあった。
「すごいね。有名な人ばっかりだ。料理も、有名レストランのものばかりだよ」
僕が言うと、ルチアーノはにやにやと笑った。まるで、僕をからかっているようだった。
「しっかり見ておけよ。ここにいる奴らは、みんな僕らの敵なんだから」
彼は室内を示す。視線の先には、遊星たちの姿があった。
遊星たちは、世界大会に出るようなプロデュエリストではない。フォーチュンカップに優勝したことで、スポンサー契約の話は出ていたみたいだけど、彼は全て断ったのだ。彼にとっては、世界的デュエリストを目指すことよりも、町を守り続けることの方が大切なのだ。
「シグナーたちも呼ばれてるんだな。あいつらはスポンサー付きのチームじゃないけど、現在のキングと元キングの所属するチームだからね。客寄せパンダにされてるのさ」
嘲笑するような口調で、ルチアーノは語る。そんな彼の肩書きは、今では世界的人気チームのメンバーという設定になっている。WRGPへ参加するために、人々の記憶を改竄したのだ。
彼は、人々の記憶を改竄することができる。暗示をかけたり、周りから見える姿を変えたりすることだってできるから、本当ならこのような変装は必要ないはずだ。それを伝えると、彼は呆れた顔でこう答えた。
「それだけじゃあ、誤魔化せないやつらがいるんだよ。このパーティーにはさ」
僕には、よく分からなかった。僕の知っているルチアーノは、いつだって人智を超えた力を持つ超人だったのだから。
ルチアーノの視界の先では、龍亞がキョロキョロと周りを見回していた。あからさまに落ち着かないという態度だ。可愛らしくて、思わず微笑んでしまう。隣では、龍可がそんな兄を嗜めていた。
遊星は、こちらに気づいて小さく会釈をした。僕も、会釈をして返す。アナウンス流れて、パーティーが始まった。
ホールの中の人々が移動を始める。思い思いに、知り合いのチームの元へと向かっていった。
僕たちの元へも、外国人らしき男性チームが近づいてくる。テレビで見たことのある人たちだった。僕たちに会釈すると、何かを話し始める。
全然分からなかった。外国語なのだから当たり前だ。僕は日本語しか知らない日本人なのだ。
ルチアーノが、男性の会話に応じた。流暢な外国語で男性と話をしている。聞こえる単語から、英語であることはなんとなく分かった。
話が終わると、男性は去って行った。ルチアーノが僕に囁く。
「今のは、チーム○○だよ。新進気鋭の全米チャンピオンだ」
確かに、ニュースで見たような気がする。ルチアーノと行動するようになってから、僕はあまりテレビを見ていないのだ。有名人にも疎くなり始めていた。
「ルチアーノは、あの人たちを知ってるの?」
尋ねると、彼は怪訝そうな顔をした。質問を質問で返されてしまう。
「それは、設定上の話かい? 」
話が噛み合ってなかった。ルチアーノにとって、人間関係すらも作り上げるものなのだろうか。そうだとしたら、なんだか恐ろしい。
僕は、それ以上追求しなかった。ただ、やってくる人たちや、話に応じるルチアーノを眺めていた。
「今のは、ヨーロッパの世界チャンピオンだ」
「確か、チーム○○だったね」
「なんだ。知ってたのかよ」
「今のは、アジアチャンピオンだよ」
「ルチアーノって中国語も喋れるの?」
「僕を誰だと思ってるんだよ。それくらい当然だろ」
行き交う人々を捌きながら、ルチアーノは僕に情報を囁く。彼が何を話しているのかも、僕には分からないのだ。隣で愛想笑いをしながら食事を楽しむことしかできなかった。
外国人との話を終えると、彼は僕の手を掴んだ。ぐいっと引っ張って、テーブルの側から引き剥がす。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「行くって、どこへ?」
尋ねると、彼は呆れたようにため息をつく。
「チーム5D'sのとこだよ」
ぐいぐいと引っ張られて、さっきまで遊星たちがいた席へと向かった。そこでは、龍亞と龍可の双子とブルーノが何かを話している。
「こんにちは」
ルチアーノが、三人に声をかけた。めちゃくちゃぶりっこな声だった。思わず、声を上げそうになってしまう。
「こんにちは」
ブルーノが、にこりと笑って応じる。龍亞と龍可も振り返った。目の前の女の子を見て、目を見開く。
「君も、WRGPの参加者なの?」
龍亞が尋ねた。ルチアーノが、にこりと笑って答える。
「はい。そうなんです。同じくらいの人を見つけたのが嬉しくて」
「わたしも、同じくらいの子に逢えて嬉しいわ」
龍可が嬉しそうに歩み寄る。相手がルチアーノだとは、微塵にも気がついていないようだ。
「いつの間に、こんな子と知り合ったんだよ」
龍亞が、僕に歩み寄りながら尋ねた。興味津々といった顔だ。
「少し前くらい、かな」
質問をされても困る。僕には、答えの用意なんて無いのだから。
「あなたも、サポートメンバーなの?」
「はい。兄たちは、今日は欠席なんです」
ルチアーノはにこにこと笑いながら話を進める。あっという間に、双子と仲良くなってしまった。
「お名前は?」
「ナタリアです」
しれっと嘘を吐いて、ルチアーノはにこりと笑う。肝の座った子供だ。いや、子供ではないのだけど。
「じゃあ、私は、他の方との挨拶があるので」
話を切り上げると、ルチアーノは僕の腕を取った。ご機嫌な態度で、ホールの反対側へと歩いていく。
「見たかよ。あいつら、全然気づいてなかったな」
楽しそうに笑って、ルチアーノは僕を見上げた。嬉しそうな笑顔だった。
「すごい嘘ばっか吐いてたね。ドキドキしたよ」
「でも、バレなかっただろ」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは僕をつつく。心配やらなにやらで、心臓が持たない。大きく深呼吸をすると、ルチアーノに向き合った。
不意に、後ろから冷たい視線を感じた。振り返ると、背の高い外国人の三人組が、僕たちの方を見ている。明らかに、敵意を感じる視線だった。
ルチアーノも、男たちの視線に気づいたようだ。くるりと振り返って、不敵な笑みを見せる。視線を交差させると、すぐに目を離した。
「今のは、チームラグナロクだよ。あいつらは、ちょっと厄介なんだ」
声を潜めながら、彼は語る。そこには、相手への嫌悪が滲み出ていた。どうやら、仲良くはできない相手らしい。
「厄介って?」
僕は尋ねた。彼が厄介だと言うなんて珍しい。理由が気になって仕方なかった。
「あいつらは、神の力を使うんだ。シグナーみたいなものなのさ」
ルチアーノは語る。それを聞いて、僕は男たちを振り返ってしまった。彼らは、まだ冷たい目で僕たちを見つめている。嫌な予感がした。
「分かってるよな。これは、ただのパーティーじゃ無いんだぜ。相手の性格や能力を探り合う、敵情視察なんだ」
ルチアーノはにやりと笑う。そこに不穏な気配を感じて、少しだけ怖くなった。
僕たちは、いつか彼らと戦うのだ。ルチアーノの願いを叶えるためには、彼らや遊星たちを倒さなくてはならない。
「もうすぐで、やつらと戦う機会が来る。楽しみだな」
ルチアーノは楽しそうに笑う。そこに、なんだか仄暗いものを感じて、鳥肌が立った。