フラッシュバック ネオドミノシティは、いつも喧騒で溢れている。スーツや制服など、色とりどりの服装に彩られた人間が行き交う大通りを、ルチアーノはひとりで歩いていた。
周囲に、仲間の姿はない。一人きりでの外出だった。
一人は、退屈だ。人間では遊び相手になどならないし、与えられる任務は雑用ばかりでつまらない。新しい刺激が欲しかった。
「おい、お前、イリアステルだろ」
不意に、どこからか子供の声が聞こえた。振り返ると、斜め後ろに少年が立っている。
年齢は、十を少し越えたばかりだろうか。制服を着ているところを見ると、デュエルアカデミアの生徒なのだろう。背丈はルチアーノより少し小さいくらいで、太ってもいなければ痩せてもいない。
子供は、彼をじろりと睨み付けた。黒い瞳が、僕の顔を射貫く。
ルチアーノは耳を疑った。目の前の子供は、イリアステルの名を口に出したのだ。その組織の存在を知っているものは、限られた数しかいないはずなのに。
「どこで、それを知ったんだい?」
尋ねるが、子供は答えなかった。強い口調で突きつける。
「イリアステル! オレとデュエルしろ!」
好戦的な態度だった。イリアステルであると知りながら、デュエルを求めてくる人間は珍しい。しかも、相手は子供なのだ。滅多に無い機会だった。
「いいぜ。僕が勝ったら、全部聞き出してやる」
ルチアーノは笑った。素性を知る者には、正体を隠さなくてもいい。退屈しのぎにはなりそうだと思った。
案の定、相手はただの子供だった。飛び抜けた技術があるわけでもなければ、レアカードを持っているわけでもない。簡単に倒せる相手だった。
ルチアーノは、相手を適当にあしらっていた。倒すのは簡単だ。でも、すぐに倒してしまったらつまらない。対等に戦っている振りをして、じわじわとライフポイントを削っていった。
「オレのターン!」
子供が元気に宣言する。彼は、ルチアーノが様子見をしていることなど知らないのだ。
「墓地から炎属性モンスター1体を除外して、インフェルノを特殊召喚!」
モンスターが、フィールドに召喚される。ソリッドビジョンが、モンスターの姿を映し出す。炎の揺らめきが、ルチアーノの瞳に映った。
そこで、違和感を感じた。炎の熱気が、実際のもののように伝わってきたのだ。その感覚には覚えがあった。
「フレムベル・マジカルを召喚!」
子供は続ける。フィールドにはモンスターが二体。片方はチューナーだが、シンクロをするつもりはないようだ。そして、ルチアーノのフィールドには、アブサード・スティーラーのみだった。
嫌な予感がした。
「バトル!」
子供が宣言する。手を前に突き出すと、高らかに宣言した。
「インフェルノで、アブサード・スティーラーに攻撃!」
炎の塊が、アブサード・スティーラーに向かってくる。モンスターが破壊され、ソリッドビジョンが消えた。
嫌な予感は、的中した。攻撃の衝撃が、ルチアーノの身体に伝わってきたのだ。燃えるような熱風が、ルチアーノの身体を焦がす。
「インフェルノの効果発動! 相手に、1500のダメージを与える!」
モンスターが、ルチアーノに向かって熱風を吹き付けた。身を焦がしそうなほどの熱風と、吹き飛ばされそうなほどの衝撃。痛みすら感じるそれは、彼がよく知るデュエルそのものだった。
「オレはこれでターンエンド」
ルチアーノは目の前の少年を見つめた。どう見てもただの子供だ。そんなものを持っているはずが無い。
「それ、闇のカードだろ。なんで、お前がそんなものを持ってるんだよ」
問い詰めるが、子供は答えない。きっとルチアーノを睨み付けて、怒鳴るように言う。
「誰がお前なんかに話すかよ!」
「なら、力ずくで聞き出すまでだ! 僕のターン!」
ルチアーノがカードをドローする。相手が闇のカードを使うなら、手加減をする必要はなかった。全力で叩き潰し、入手経路を聞き出す。それだけだ。
「モンスターを召喚」
スカイコアを、フィールドに現れる。これで、準備は整った。
「トラップ発動! 激流葬!」
トラップを発動し、フィールドのモンスターを押し流す。相手が驚きの声を上げる。予想していなかったのだろう。何も抵抗はしてこなかった。
「現れろ! 機皇帝スキエル!」
彼のエースモンスターが、目の前に現れた。パーツ一体一体が、合体して一つのモンスターへと変貌する。
相手が、焦ったように何かをしゃべった。怯えた表情を浮かべて、スキエルを見上げる。ルチアーノがにやりと笑った。
「逃げ場はないぜ。…………リミッター解除発動!」
スキエルの攻撃力が倍になる。後は、攻撃を決めるだけだ。
「バトル! 機皇帝スキエルで、ダイレクトアタックだ!」
スキエルがエネルギー弾を打ち出した。避ける間も無く、相手に直撃する。子供は、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
ルチアーノは彼に近づいた。カツカツと音を立てて、勿体ぶるように距離を縮める。子供が怯えた顔でルチアーノを見た。
「さあ、洗いざらい話してもらおうか。どこで僕のことを知って、そのカードを手に入れたんだ?」
「お前みたいな人殺しに、話すことなんて無い!」
子供はルチアーノを睨み付ける。その瞳には、強い意志が宿っていた。
「そうか。それならこうだ」
ルチアーノが、子供を踏みつける。腹部に体重をかけられて、苦しそうに呻いた。
「答えないと、内臓がつぶれるぜ」
脅しをかけると、悔しそうに言葉を発する。
「黒い男に聞いたんだ。お前の敵はイリアステルだ。このカードを使えば、イリアステルに勝てるって」
「敵……?」
「オレの父さんと母さんは、イリアステルに殺されたんだ!」
「ああ、あいつらの子供か」
ルチアーノには、心当たりがあった。数ヶ月前に、治安維持局に勤務する男とその妻を処分したのだ。確か、その男にはアカデミアに通う子供がいた。
「父さんと母さんを返せ! この人殺し!」
子供は泣きながら言う。その様子が、妙に気に触った。
「なら、行かせてやるよ。両親のところにさ」
低い声で呟くと、空間を裂いてナイフを出現させる。左手で掴みとると、子供の心臓に当てた。
子供が、怯えた目でルチアーノを見る。恐怖に歪んだ顔に、涙に濡れた瞳。その奥には、深い悲しみが滲んでいる。
普段なら高揚するはずのその光景が、なぜか恐ろしかった。
次の瞬間、脳裏に見覚えの無い光景が瞬いた。崩れ行く町、行き交う機皇帝、消し去られていく人々と、残された人々の悲鳴。
そして、一瞬で消滅した両親の姿。
思わず、悲鳴を上げそうになった。手が震え、上手くナイフを握れなくなる。
自分は、この表情を知っている。不意に、そう思った。そして、それが他人事ではないことを、心のどこかで理解した。
「気が変わった。どこにでも行きなよ」
子供からナイフを離すと、冷たい声で言う。動揺を隠すので精一杯だった。
子供は素早く立ち上がると、どこかへと逃げていった。ひらひらと、一枚のカードが舞い落ちる。それは、闇のカードだった。
カードを拾うと、ルチアーノは子供の消えた方向を見つめた。身体の震えが止まるまで、その場から動けなかった。
あの時、自分を襲った衝動が恐怖であることは、嫌でも理解できた。神から記憶を与えられて以来、彼の身体は度々恐怖に襲われるようになってしまったのだ。それは、彼の記憶に染み付いたインクのようなもので、一度自覚してしまうと、何度も何度もその身体を襲うのだ。
記憶を取り戻して、自分は弱くなってしまった。悔しさに襲われて、唇を噛む。
戻ったら、あの子供の記憶を消しておこう。子供の戯言など誰も信じないだろうが、用心に越したことはない。自分は、多くの敵から命を狙われる立場なのだから。
しばらくすると、震えは止まった。大きく息をついて、その場を離れる。周囲に目撃者がいないかを確認してから、ルチアーノは重い足取りで拠点へと向かった。