贈り物 町でルチアーノを見かけると、プレゼントを渡すことが習慣になっていた。約束をしたわけではないが、僕はものを渡すのが好きだったし、彼もことあるごとに要らないものを押し付けてくる。一種のプレゼント交換のようになっていたのだ。
「はい。これが今日のプレゼント」
そう言うと、僕はカードショップの袋を手渡した。中には、カードプロテクターが収められている。カラーはゴールドだ。彼のお気に入りの色である。
包みを開けると、ルチアーノは僅かに眉を潜めた。中のものを取り出すと、非難するような視線を向ける。
「君って、いつも同じようなものばかり寄越すよな。他にレパートリーとかないのかよ」
痛い指摘だった。確かに、僕はいつも同じようなものばかり贈っている。お寿司にたこ焼き、ゴールドやシルバーのデュエルプロテクター、動物のぬいぐるみ…………。
これには、一応理由があるのだ。渡しても迷惑にならないと思ったものを選んでいるのである。食べ物は、食べれば無くなる。カードプロテクターは、デュエリストならいくら持ってても困らないだろう。ぬいぐるみは、要らなければ僕の部屋に置いておけばいい。考えた結果が、このプレゼントだったのだ。
自分でも、似たようなものばかりだとは思っている。ルチアーノのプレゼントは要らないものの横流しではあるが、レパートリーが豊富なのだ。紅茶やお菓子のような食べ物から、ネックレスや指輪のような装飾品、カードやフィギュアに至るまで、あらゆるものを持ってきてくれる。中には困るようなプレゼントもあるけど、そこはご愛嬌だ。
「やっぱり、単純すぎるかな。一応考えてはいるんだけど」
「考えてこれなのかい? 何も変わり映えしないじゃないか」
散々な言われようだけど、僕には言い返す言葉がなかった。彼の言うことは事実だし、僕も気にしていたのだ。
「うぅ……」
「気にしてるのかい? 変なやつだな」
「気にするよ。それだけ言われたら」
ルチアーノは容赦がない。思ったことを率直に言う性格だ。それは知っているのだけど、ここまでずけずけ言われたら、やっぱり少しは傷つく。
「だったら、用意してみなよ。僕を驚かせるような贈り物を。そうしたら、君のことを見直すかもしれないぜ」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは言う。僕を試しているみたいだった。確実に罠なのだけど、今の僕には、冷静な判断なんてできなかった。売り言葉に買い言葉で、口約束をしてしまう。
「分かったよ。今度会うときまでに、今までとは違うプレゼントを持ってくる。それでいい?」
僕の言葉に、ルチアーノは勝ち誇ったような笑みを見せた。きひひと笑うと、からかうような語調で言う。
「今の言葉、メモリーに記憶したからな。忘れたらただじゃおかないぞ」
「いいよ。その時は、どんなお仕置きでも受けてあげる」
完全に勢いだった。後のことなど微塵にも考えていない、感情から出た発言だ。
「言うじゃないか。なんのお仕置きをしてやるか、楽しみだぜ」
ルチアーノは楽しそうに笑う。彼と別れた後、冷静になった僕は、頭を抱えることになるのだった。
啖呵を切ったはいいものの、僕には何もアイデアがなかった。ルチアーノの喜ぶプレゼントなんて、何も思い付かないのだ。彼はかなりの偏食家で、アイテムの好みも偏っている。下手なものを渡したら、無事では済まされない。
ショッピングモールを歩き回りながら、僕は考え込んでいた。カードだと、彼を驚かせるようなものにはならないだろう。食べ物も同じだ。彼の立場なら、高級料理を食べなれている。そうなると、何が相応しいのだろう。
歩いているうちに、おもちゃ売り場の前へと辿り着いた。店舗に並ぶ色とりどりのおもちゃを見ながら、ぬいぐるみを渡したときのルチアーノの反応を思い出す。彼は、ぬいぐるみをそれなりに気に入ってくれたようなのだ。僕の部屋に帰る度に、こっそりと抱き締めている。
ルチアーノは、案外子供らしい感性をしている。おもちゃをあげたら、素直な反応が見られるかもしれない。
「○○○か。こんなところで何をしてるんだ?」
そんなことを考えていたら、背後から声をかけられた。振り向くと、買い物袋を下げた遊星が立っている。どうやら、買い物帰りみたいだった。
「遊星? こんなところでどうしたの?」
遊星がおもちゃ売り場にいるなんて珍しい。どのような目的で来ているのか、全くイメージが湧かなかった。
「近所の子供に、おもちゃの修理を頼まれたんだ。買い物のついでに、類似品を調べようと思って、ここに来たんだ」
そういえば、遊星は子供と仲がいいのだった。子供からの頼まれものもあるのだろう。修理の仕事もあるのに、なかなか大変そうだ。
「遊星も、大変そうだね」
「そんなことはない。子供から慕われることは、いいことだからな」
遊星は語る。その姿に、彼の慕われる理由が滲んでいる気がして、僕は感心した。
「すごいな、遊星は。僕は自分のことで精一杯なのに」
「別に、誉められるようなことじゃない」
「そう思えるところがすごいんだよ」
素直に誉めるが、遊星は謙遜して受け取ってくれない。少しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「ところで、お前こそどうしてこんなところにいるんだ?」
そうだった。僕は、ルチアーノへのプレゼントを探していたのだ。忘れるところだった。
「実は、友達へのプレゼントを探してるんだ。小学生の男の子なんだけど、何か、いいものを知らない?」
思いきって、遊星に聞いてみることにした。遊星は、子供たちから慕われている。何かいいアイデアを聞けるかもしれないと思ったのだ。
「プレゼントか。子供なら、カードがいいんじゃないか?」
「それが、カードはもうあげてるんだ。今度は別のものをほしいって言われて、探しに来たんだよ」
嘘は言っていないが、なんだか後ろめたい気分だった。遊星に相談したと知ったら、ルチアーノは怒るだろう。隠し通さなくてはならない。
「カード以外のプレゼントか。龍亞の好物なら分かるが、参考になるか?」
「教えてほしいな」
遊星は、いくつかのアイテムを口にした。食べ物、カードプロテクター、フィギュア、日用品、おもちゃなど、ジャンルは多岐に渡る。普通の子供だからか、ルチアーノと違って好き嫌いは少ないみたいだった。
「ありがとう。参考になるよ」
僕はお礼を言って遊星と別れた。彼の上げたアイテムの中に、気になるものがあったのだ。そのアイテムを買うために、僕はおもちゃ売り場の奥へと足を運んだ。
数日後、僕はルチアーノを家へと呼んだ。押し入れには、彼へ渡すプレゼントが収められている。大きくて、持ち運べるサイズではなかったのだ。
「それで、プレゼントってなんだよ」
あまり期待してない様子で、ルチアーノは口を開いた。そうしていられるのも今のうちだ。こっちにはとっておきのプレゼントがあるのだから。
「押し入れに入れてあるよ。取ってくるね」
僕は自分の部屋へと向かった。押し入れの戸を開けると、包装紙で包まれた箱に手を伸ばす。背丈の半分ほどもあるその箱を、両腕で抱えて引っ張り出した。中身はそこまで重くはないが、何度もぶつかりそうになりながら、リビングへと持ち運ぶ。
巨大な箱を見て、ルチアーノは驚いたように目を開いた。そんな彼の目の前に、巨大な箱を下ろす。
「なんだよ、それ」
「プレゼントだよ。開けてみて」
ルチアーノは、黙って包みを剥がした。紙がバラバラと散り、下の箱が姿を表した。ポップな絵柄の文字に、大きく掲載されたおもちゃの写真。ルチアーノの肩くらいまでありそうなそれは、大型のスケートボードだった。
「スケボーか。君にしてはいい趣味じゃないか」
ボードを箱から引っ張り出しながら、ルチアーノはにこにこと笑う。思っていた以上にいい反応だ。嬉しくなってしまう。
「どう? 気に入った?」
「まあ、君にしては及第点だよ」
ボードを置くと、彼はぴょんとその上に飛び乗った。床を蹴って、リビングから廊下へと出る。しばらくすると、ボードに乗ったまま帰ってきた。
「ほら。僕だってプレゼントを選べるでしょ」
自信ありげに言うと、ルチアーノは少しだけ訝しげな顔をした。僕の様子を窺うように、からかうような声を出す。
「本当に一人で選んだのかい? シグナーに手伝ってもらったりしてないよな?」
鋭い指摘に、少しドキッとしてしまう。慌てて平静を装った。
「そんなことないよ」
「目が泳いでるぜ。君って、本当に分かりやすいよな」
甲高い声で笑いながら、ルチアーノが嗜虐的に顔を歪める。彼には、隠し事なんてできないようだった。お仕置きをされるかもしれない。身構えたが、彼は何もしてこなかった。
「まあ、いいや。及第点の貢ぎ物をしてくれたんだ。許してやる」
スケボーを軽々と抱えると、僕の手を取った。楽しそうに笑いながら、外へと引っ張る。
「君に、僕の技術を見せてやるよ。ついてきな」
半ば無理矢理の状態で、外へと引きずり出された。大通りに出ると、ルチアーノは華麗な仕草でボードに飛び乗る。
「見てろよ!」
そう言うと、地面を蹴って発進した。身体を揺らしながらバランスを取ると、どんどん加速していく。突き当たりまで走ると、華麗に回転して僕の前へと戻った。
「…………すごい」
ルチアーノに、こんな特技があるなんて知らなかった。彼は何でもできるのだろうか。ここまでいくと、ちょっと怖い。
「まだまだ、こんなもんじゃないんだぜ。見てろよ!」
再び地面を蹴って駆け出すと、今度は勢い良く跳躍した。軽やかに宙を舞い、地面へと着地する。足がボードにくっついているんじゃないかと思うくらいの、鮮やかなアクションだった。
「ルチアーノって、何でもできるんだね」
感心しながら言うと、彼は呆れたような顔をした。じっとりとした目で僕を見て、冷めた声を出す。
「君、知らなかったのかよ。僕は、大会に出るときはいつもDボードでライディングデュエルをしてるんだぜ」
「えっ?」
全然知らなかった。道理で、スケボーが上手いわけだ。
「まあ、あっちは電動システムだから、人力に乗るのは初めてだけどな。コツを掴めば、簡単なもんだぜ」
何事も無いように、彼は言葉を続ける。結局、スケボーは初めてってわけことだろうか。それよりも、気になることがあった。
「ルチアーノって、ライディングデュエルできたんだね……」
呟くと、ルチアーノは呆れたような視線を向けてきた。本日二回目だ視線が痛い。
「知らなかったのかよ」
知らなかった。ルチアーノは自分のことを話してくれなかったし、僕と一緒にいる時はタッグデュエルしかしてなかったのだ。Dボードなんてものがあることすら知らなかった。
「知らなかった……」
僕は、ルチアーノのことを何も知らないのだ。その事実を思い知らされた気分だった。
「まあ、いいや。今度見せてやるよ」
ルチアーノは楽しそうに笑う。見せつけるように地面を蹴ると、通りの向こうへと走っていった。
それからしばらくの間、ルチアーノは楽しそうにボードに乗っていた。時折僕に声をかけながら、次々と技を披露していく。
ルチアーノがスケボーを好きだなんて、知らなかった。スケボーは、龍亞のお気に入りのアイテムらしいのだ。宿敵と同じもので喜んでいるなんて、子供らしくてかわいらしい。
遊星には、後でお礼をしないといけない。彼のアドバイスがなかったら、こんなルチアーノの姿は見られなかっただろう。
ルチアーノも龍亞も、根底的には良く似ているのかもしれない。そんなことを考えながら、僕はルチアーノの姿を眺めたのだった。