恋人の日 インターネットを見ていたら、興味深い記事を見つけた。ニュースサイトの新着記事として上げられたもので、フォトフレームに納められた仲睦まじい男女の写真と共に『6/12は恋人の日』という見出しが踊っている。記事を開くと、『恋人の日に、フォトフレームを送ってみませんか?』という文字列が目に飛び込んできた。
どうやら、遠い外国では今日を恋人の日として祝っているらしい。縁結びの神として祀られた聖人の命日で、現地の人々はフォトフレームに入れた写真を送り合うのだという。興味深い文化だと思った。
思い返せば、僕たちは写真というものを残していない。秘密結社の構成員であるルチアーノは、写真撮影を嫌うのだ。僕からルチアーノに写真を送ることも無かったし、逆なんて想像もできなかった。
これは、いい機会なのではないだろうか。ルチアーノに写真を受け取ってもらう格好のチャンスだ。逃すわけにはいかなかった。
僕は、押し入れから小型のフォトアルバムを引っ張り出した。ポケットに現像した写真を入れるタイプで、最低限の機能しか持たない仮のものだ。直近の写真は全部ここに入れてあるから、いつでも取り出せた。
僕の両親は、アルバムを作るのが好きだった。中学生までは、毎年のように僕の写真を貼り付けた大型のアルバムを作っていた。僕が高校生になってからは、忙しくて作れないからと、このフォトアルバムに収録していたのだ。
アルバムに収まっているのは、ほとんどが家族写真だった。母親とのツーショットや家族三人の集合写真が、イベントごとに並べられている。父親はカメラを持つことが多いから、あまり映っていなかった。
写真には、思い出がつまっている。高校進学祝いにと、両親が連れていってくれた旅行の思い出。高校の夏休みに、家族で出掛けた大型遊園地の写真。動物園の動物の前でポーズを取る僕の写真。引っ越し前最後にと、かつて住んでいた家の前で撮った家族写真。ネオドミノシティに引っ越してから、家族で観光したときの写真。
それは、僕が持っていて、ルチアーノが持っていないものだった。家族と愛情と、温かい環境だ。僕はあまり意識したことがなかったけど、家族の愛を写真に残せるというのは幸せなことなのだ。
ルチアーノには、思い出というものがあるのだろうか。写真に残したくなるような、楽しい出来事を、経験したことがあるのだろうか。もしも無いのだとしたら、一緒に作れたら良いと思った。
結局、自分の写真は選べなかった。僕が一人で写っている写真は、どれもこれも旅行のワンシーンという感じで、恋人に渡すには相応しくないと思ったのだ。恋人に渡す写真なら、もっと相手を意識した写真にしたい。格好をつけたいわけじゃないけど、そう思ってしまったのだ。
アルバムをしまうと、僕はシティ繁華街へと向かった。一刻も早く、ルチアーノに贈るフォトフレームを選びたかったのだ。僕たちの思い出をしまう器となるものだから、ちゃんとしたものを選びたかった。デパートに入ると、真っ直ぐに雑貨屋の並ぶエリアを目指す。
フォトフレームと言っても、そのデザインは多種多様だった。木目調のシンプルなものもあれば、金や銀の豪華なものもある。キャラクターがデザインされたものや、誕生日祝いなのかケーキを模したようなものまであった。
僕は、白いシンプルなフレームを選んだ。ルチアーノと言ったら白装束だ。白が一番似合うと思ったのだ。
レジに向かい、料金を支払う。造りの良いものらしく、そこそこのお値段がした。プレゼント用だと伝えると、店員さんは丁寧に梱包してくれた。
包装紙にくるまれた包みを抱えると、うきうきしながら家へと帰った。ソファに腰をかけ、ルチアーノが帰ってくるのを待つ。
彼は、すぐに帰ってきた。いつものようにおかえりを伝えると、食事の用意をする。プレゼントを渡したくて仕方なかったけど、お楽しみは後に取っておいた方がいい。浮わついた気持ちを抱えながら、ご飯を食べてお風呂に入る。お風呂から上がると、ルチアーノが気味悪そうに声をかけてきた。
「君、さっきからずっとそわそわしてるだろ? いったい何を企んでるんだよ」
彼にも、僕の期待が伝わっていたようだ。少しも隠そうとしていないのだから当然だ。嬉しくて、少しだけ口角が上がってしまう。
「今日は、ルチアーノにプレゼントがあるんだよ」
にこにこしながら言うと、彼は呆れたように眉を寄せた。冷めた瞳で僕を見ると、気のない声で言う。
「プレゼント? それなら、この前ももらったよ。君は、そんなに貢ぐのが好きなのかい?」
「今から渡すのは、ちょっと特別なプレゼントなんだよ。恋人の日の贈り物なんだ」
僕は、押し入れに隠していた包みを取り出した。軽く埃を払うと、ルチアーノの前へと差し出す。デパートの包装紙を見て、彼は呆れたように溜め息をついた。
「なんだよ、恋人の日って。毎回毎回、よく調べてくるもんだな」
そう言いながらも、彼は包みをほどいていく。その姿を見ながら、僕は解説した。
「恋人の日は、遠い外国の風習なんだって。この日には、恋人たちがお互いの写真を入れたフォトフレームを交換するんだ」
ルチアーノはフォトフレームを眺めた。そこには、なんの写真も入ってはいない。怪訝そうに眉を寄せると、非難するように言う。
「なんだよ。空っぽじゃないか。写真はどうしたんだよ」
僕はにこりと笑った。その質問を待っていたのだ。弾んだ声を抑えながら、僕の意図を伝える。
「そこには、これから撮った写真を入れるんだよ。僕とルチアーノの、二人の写真を。これは、僕たちの思い出を閉じ込める器になるんだ」
「なんだよ。写真はないってことかよ。つまんねーの」
舞い上がる僕を見ながら、ルチアーノは冷めた声で言う。退屈そうな様子だった。
「写真、ほしかったの?」
尋ねると、彼は恥ずかしそうに視線を逸らす。興味の無い呈を装っているが、ちらちらとこちらに視線を向けていた。
「別にいらねーよ。どうせ、君の選ぶ写真なんて下らないもんなんだろ」
「きっと、ルチアーノが見ても楽しくないものだと思うよ。だから、二人の写真を撮りたいんだ」
僕は言う。ルチアーノの頬が、ほんのりと赤く染まった。
「君って、変なやつだよな」
ルチアーノには、きっと思い出と言えるものが無い。僕が写真を渡してしまったら、彼は返事に困ってしまうだろう。彼には、贈り返す写真がないのだから。
だから、僕は二人の写真を贈りたいのだ。空っぽのフォトフレームを渡して、後から二人の思い出をしまいたい。それが、僕からルチアーノへの、恋人の日の贈り物だ。
「今度、一緒に写真を撮りに行こうよ。僕たちの、二人だけの写真を」
返事は無かった。隣に見える横顔は、少しだけ笑っているように見えた。