Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

    文章や絵を投げます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💕 🍇 🐥 🍣
    POIPOI 422

    流菜🍇🐥

    ☆quiet follow

    ルチ&ゾーン。少年アポリアの幻覚に苦しめられるルチの話です。

    ##本編軸
    ##ルチ&ゾーン

     神の代行者というのは、楽な仕事ではない。愚かな人々を操るために、多大な工夫を凝らさねばならないし、時には命を奪わなくてはならない。人の命を奪うのだから、当然、自らも命を狙われることになる。人間に武器を向けられるために、彼らは武力で反撃した。
     それは、彼らに取っては仕方のないことであり、気に止める必要もないことだった。神の意志を人々に伝え、使命を全うするには、相応の犠牲が必要だ。奪われていく命の数など、これから救われる命の数を考えれば些細なものなのだ。
     玉座に帰ると、ルチアーノは大きく息をついた。今日も、彼らに逆らう人間を葬ってきたところだったのだ。WRGPを計画したことで、彼らの計画は一歩先に進んだ。しかし、それは敵を増やしたことも意味している。彼らが暗躍すればするほど、割りを食った権力者たちは彼らを憎み、敵意を剥き出しにした。
     人を殺すことは苦ではない。人間は脆く、少し衝撃を与えればすぐに死んでしまうのだ。ある時は首を締め、ある時は動脈を切り、ある時は切断し、ある時は高所から突き落とし、彼は人間を葬った。
     しかし、いくら苦にはならないと言っても、その数が増えれば厄介だ。実行そのものは苦にならなくても、計画を立て、実行し、証拠を隠滅するとなると、かなりの労力を要する。それが、日に何件も課されるのだ。エネルギーを消耗する度に、彼は拠点に戻り、燃料を補給した。
     玉座に深く腰をかけると、足を組んで目を閉じる。スリープモードに移行すると、動力をモーメントへと接続した。
     ルチアーノは睡眠というものを知らない。スリープモードに移行したからと言って、周りの状況が見えなくなるわけではないし、意識が途切れることもないのだ。周囲への警戒を保ちながら、機体の消費電力を極力まで下げる。そうでもしなければ、外敵の奇襲に対応できないのだ。
     思考回路を沈め、電力の回復に集中する。モーメントのエネルギーが、体内に入り込む感覚があった。忌まわしきモーメントは、それでも、彼の動力を回復させてくれる大切なエネルギー源だ。破壊すべきものに身体を委ねる感覚は、何度体験しても慣れることができなかった。
     意識は、暗闇の中を彷徨っていく。そこでは、彼は実態を持たない存在だった。意識を保ったまま、何もない空間を漂っていく。人間には苦痛になりそうな永遠の無も、彼にとってはどうということのないものだった。
     永遠の暗闇を漂っていて、不意に違和感を感じた。何もないはずの空間に、光が見えたのだ。意識を近づけると、そこには、光を放つ人影が立っていた。
     その人物の姿を見て、ルチアーノは息を飲んだ。そこにいた少年は、ルチアーノにそっくりだったのである。腰まで伸びた真っ赤な髪も、宝石のように輝く緑の瞳も、二つに分けた前髪まで、彼と瓜二つだった。唯一違うのは、少年の着ている服が、西洋の貴族のようなセットアップだったことである。
     少年はルチアーノを見た。鋭い視線で、真っ直ぐに彼を見つめている。ルチアーノに実体はないのだが、なぜか見られていると分かった。
    「…………」
     少年が、何かを呟いた。かすれたような小さな声だ。聞き返したくても、今のルチアーノには実体が無い。少年を見つめ返すことしかできなかった。
    「人殺し……」
     少年が、再び口を開いた。今度は、はっきりした声だった。
    「この、人殺し……! 悪魔……! 無差別に人間を殺すなんて、機皇帝と同じじゃないか!」
     少年は叫ぶ。言葉を紡ぐごとに、その声は大きく、鋭くなっていった。
     ルチアーノは、何も答えられなかった。実体がないからではない。少年の姿を見て、何も言えなくなってしまったのだ。たとえ実体があったとしても、何も言葉は出なかっただろう。
    「何が神の代行者だ! 奪うことしかできない癖に! 僕の身体で、一体何人の人間を殺したんだ! 僕は、そんなこと望んでいないのに!」
     少年は、涙を流していたのだ。顔をくしゃくしゃに歪め、両手を握りしめながら、ポロポロと大粒の涙を流している。自分そっくりな少年が涙を流す姿は、ルチアーノの失ったはずの痛覚を刺激した。
    「人殺し……! 悪魔……! 君が僕から生まれたなんて、僕は認めないからな!」
     畳み掛けるように、少年は悲痛な叫びを上げる。その声をぶつけられる度に、無いはずの身体にチリチリとした感触が走った。彼には、その少年の正体が分からない。思い出そうとすると、脳が痺れて働かなくなってしまうのだ。
    「僕の身体を返せ、泥棒……!」
     少年のその一言は、ルチアーノの心臓を貫いた。これまでに感じたことの無い感覚が、身体の中を駆け抜ける。この奇妙な感覚は、痛みというものだっただろうかと、ようやく思い出した。
     目を開けると、拠点の玉座の上に座っていた。電力が補充され、スリープモードが解除されたらしい。重苦しい身体を動かすと、玉座の上に座り直した。
     表面装甲に、少しの違和感を感じる。目元から頬にかけて、ひきつったような感触があるのだ。手を当てると、水分が乾いた後があった。
     それが涙だと気づくまでに、かなりの時間を要した。ルチアーノはアンドロイドだ。夢なんて見るはずが無いし、涙を流すことも無いはずなのだ。予想外の事態に、彼は愕然とした。

    「エラー、ですか?」
     ルチアーノの話を聞くと、ゾーンは大きく目を開いた。様子を伺うようにルチアーノを見て、思案するように腕を組む。
    「スリープの間に、幻覚を見たんだ。気がついたら、涙を流していた。僕は機械だから、夢を見たり泣いたりはしないだろ。きっと、これはエラーなんだ」
     ルチアーノは語る。淡々と話そうとしているが、声が僅かに震えていることに、ゾーンは気がついていた。ルチアーノにとって、それは恐ろしいことだったのだろう。
    「そうですか。では、検査をしてみましょう」
     そう言うと、ゾーンはルチアーノを台に寝かせた。壁際には、アンドロイドたちを検査するための専用機材が並んでいる。コードを身体に繋ぐと、ルチアーノの機体をスリープモードに移行した。
     ゾーンは機械を操作した。壁に並んだモニターに、ルチアーノの状態が表示される。ひとつひとつ検査をしていくが、何も異常は見当たらなかった。
     コードを繋いだまま、ゾーンはルチアーノのスリープを解除した。きょとんとした顔のルチアーノに、優しく声をかける。
    「検査をしましたが、異常は無いようですよ」
    「そんなことないだろ。僕の記憶を見てみろよ。変な夢を見たんだから」
     ルチアーノは不満そうだった。異常が見つからなくて不安なのだろう。機械である彼らは、故障を何よりも恐れるのだ。
    「では、記憶を見てみましょう。いいですね」
     相手が頷いたことを確認してから、ゾーンは別の機器へと手を伸ばす。モニターが光を放ち、画面に映像が映し出された。
     ゾーンは、映像を巻き戻していった。ルチアーノのこれまでの行動を、順を追って眺めていく。しばらく遡ると、急に画面が真っ暗になった。
     エラーが起きたのかと思って、ゾーンは画面に顔を近づけた。黒に染まってはいるが、画面は点灯している。異常ではなさそうだった。
     しばらく画面を見つめて、神は小さく息を飲んだ。映像の中に、見慣れた少年の姿が見えたのだ。少年は真っ直ぐにこちらを見て、悲痛な声を上げている。その映像を見て、胸が締め付けられる思いがした。
     その少年は、少年時代のアポリアだった。ゾーンの仲間の幼少期であり、ルチアーノの元となった存在である。アポリアの遺言を守るために、ゾーンは彼の記憶からルチアーノを産み出したのだ。
     なぜ、ルチアーノの記憶に彼の姿があるのだろう。今の彼は、アポリアとしての記憶を失っているはずである。彼のデータの中に、アポリアの姿があるなどあり得なかったのだ。
     ゾーンは、ルチアーノに視線を向けた。彼は怯えたような表情で、自らの記憶を見つめている。目元には、じわりと涙が滲んでいた。
     ルチアーノは泣いていた。すんすんと鼻を鳴らして、静かに涙を流している。彼の瞳には、モニターの中の少年がはっきりと映っていた。
     モニターの電源を落とすと、ゾーンはルチアーノに繋いでいたコードを外した。彼を起き上がらせると、大きな腕で頭を撫でた。
     ルチアーノの唇から、呼吸の音が漏れた。押さえつけたような吐息は、少しずつ大きな泣き声へと変わっていった。
    「ルチアーノ、落ち着いてください」
     頭を撫でながら、ゾーンは言葉を紡ぐ。その身体を抱き締めてあげたかったが、今の彼には不可能だった。
     ルチアーノはわんわんと泣いている。もう片方の手を背中に回すと、そっと背中を撫でた。
    「神様」
     ルチアーノが小さく声を漏らす。悲しみに震えているその声は、消え入りそうなほどに小さかかった。聞き逃さないように、神はそっと耳を澄ませる。
    「神様、僕は、誰かの偽物なの? 僕は、誰かの命を奪って生きているの?」
     ルチアーノは問う。その声色は、少年時代のアポリアにそっくりだった。
     神は、何も答えられなかった。ルチアーノの記憶を封じた以上、真実を知らせることはできない。知ったところで彼は傷つくだけだし、神の作戦にとっても不都合なのだ。
    ──きっと、これはエラーなんだ
     頭の中で、ルチアーノの言葉が木霊する。その言葉が意味することを、ようやく正しく認識した。
     失ったはずの記憶が、ルチアーノを蝕んでいる。それは、エラーと呼ぶ以外にないことなのだろう。人間として生きていた頃の魂が、機械となった彼へ干渉しているのだ。
     自分は、なんて恐ろしいことをしてしまったのだろう。泣き続けるルチアーノの姿を見ながら、ゾーンはそう思うのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😢🙏🙏👏🙏😢😢
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works