寝顔 その２　目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。時計の針は夜中の二時を指している。どうやら、目が覚めてしまったようだ。
　心配になって、隣に眠る少年に視線を向ける。夜中に目を覚ました時には、彼が泣いていることが多いのだ。一緒の時間を過ごすうちに、彼の様子を窺う癖がついてしまった。
　ルチアーノは、すやすやと寝息を立てていた。しばらく様子を窺うが、泣いている様子はない。穏やかな表情で、お腹を上下させている。
　その姿を眺めながら、不意にあること思った。今なら、ルチアーノの寝顔を見ることができるのではないか。というのも、僕はあまりルチアーノの寝顔を見たことがなかったのだ。僕は眠りが深くて、朝は必ず起こされる側になってしまう。夜中に目を覚ますことが無いわけではないけど、そういう時は大抵ルチアーノも起きているのだ。
　僕は、ルチアーノの顔を覗き込んだ。目鼻立ちの整った美しい少年が、安らかな寝顔を浮かべている。目はしっかりと閉じていて、片方の頬をシーツにつけ、近くに手を置いていた。大人びているようで、どこかあどけないその顔は、なんだか新鮮なものに感じた。
　僕は、ルチアーノに顔を近づけた。せっかくの寝顔なのだから、じっくり観察したい。こういう時じゃないと、近くで彼の顔を見ることはできないのだ。
　目と鼻の先に、ルチアーノの顔がある。ラインのくっきりとした瞳が、陰影のはっきりした鼻が、ふっくらとして柔らかな頬が、ぷるぷるの唇が、僕の目の前に広がっていた。いつもは生意気で大人びているルチアーノだが、こうして眠っていると、ただの子供にしか見えなかった。
　僕は、さらに顔を近づけた。トリートメントの甘い香りが、ふわりと鼻を擽る。視界がぼやけるほどに近づくと、微かに鼻息を感じた。
　その時、ルチアーノが目を開いた。目の前に迫る僕に気がつくと、驚いたように目を見開く。そのまま、思いっきり顔を上げた。
　ごつんと鈍い音がして、剥き出しの額が僕の頭へとぶつかる。石頭に突き飛ばされて、思わず頭を抱えた。
「何するの！？」
　頭を押さえながら言うと、ルチアーノは警戒の瞳で僕を見た。両手で布団を握りしめると、噛みつくように言う。
「それはこっちのセリフだよ！ 僕の顔なんか見て、何をしようとしてたんだ？」
　予想外の警戒っぷりだった。布団を身体に引寄せ、身体を守るように手で押さえている。信用されてないような気がして、少しだけ寂しい気持ちになった。
「何って、寝顔を見てたんだよ。いつもは見れないから、今のうちにって思って」
　僕が答えるが、ルチアーノは少しも警戒を解かない。僕を睨み付けると、鋭い声で言った。
「本当にそれだけか？ そんなことを言って、寝込みを襲おうとでも思ってたんじゃないのか？ 君は油断ならないやつだからな」
　その言葉を聞いて、僕はようやく納得した。ルチアーノは、僕がいたずらをするんじゃないかと思っていたようなのだ。
「ごめん。勘違いさせちゃったみたいだね。僕は、ルチアーノにいたずらしたりはしないよ」
「ほんとかよ。いつも、ベタベタ触ってくる癖に」
　頬を赤く染めながら、ルチアーノは言葉を続ける。照れているのか怒っているのかは、僕には判別できなかった。
「本当だよ。僕は、ルチアーノの嫌がることはしないから」
　そう言うと、僕は優しくルチアーノの頭を撫でた。さらさらな髪の間に指を入れ、わしゃわゃとかき混ぜる。抵抗することなく、彼は僕の愛撫を受け入れてくれた。
「馬鹿……」
　隣から、か細い声が聞こえる。寝起きだからか、いつもより素直になっているようだった。こういう時のルチアーノは誰よりも可愛らしい。胸の奥から愛おしさが込み上げてきた。
「ルチアーノ、好きだよ」
　思わず呟くと、彼は顔を真っ赤に染めた。その姿に愛おしさを感じて、僕は笑みを漏らした。