ハグの日 お風呂から上がると、ルチアーノの姿を探した。リビングの電気が消えていることを確認してから、自分の部屋へと移動する。ルチアーノは、ベッドの隅に腰をかけていた。手に持っているのは、何枚かのカードだ。隣には、デッキケースが置かれていた。
にじり寄るように隣に座って、ルチアーノの身体に腕を回した。子供特有の少し高い体温が、僕の肌に伝わってくる。自分のお風呂上がりの体温と混ざり合って、燃えるような熱さを感じた。
僕は、ルチアーノの身体に手を添えた。身体を引き寄せると、膝の上に乗るように誘導する。ルチアーノが、怪訝そうな表情で僕を見た。
「なんだよ。邪魔なんだけど」
「今日はハグの日だから、ハグしようかなって思って。たまには、こういうのもいいでしょ」
答えると、彼は小さくため息をついた。僕の膝には乗らずに、デッキケースの中からカードを取り出す。
「ハグなら、いつもしてるだろ。僕は忙しいんだよ。邪魔しないでくれ」
相変わらず、ルチアーノの態度はそっけなかった。振り払われはいないから、嫌ではないのだろう。デッキからカードを取り出しては、何かを見つめている。
「何してるの?」
「カードの製造記号を調べてるんだ。このカードがいつ作られたもので、どういうパックに入っていたか知りたくてさ」
製造記号のことなら、僕も知っていた。カードには、一枚ごとに生産時期を示すナンバーが記されているのだ。データベースにナンバーを入力することで、それがどのパックに収録されたのかが分かるのである。
「ナンバーなんか調べてどうするの? 調べものなら、データベースを見たら分かるでしょ?」
尋ねると、ルチアーノはちらりとこちらを見上げた。にやりと口角を上げると、からかうような声で言う。
「コピーカードを作るためだよ。デュエルディスクのソリッドビジョンは、製造記号を読み込んで映像を出力してるだろ? 製造記号を調べないと、市販のデュエルディスクが使えないんだよ」
ルチアーノは言う。どうやら、彼はコピーカードを作るつもりらしい。しかし、なぜ僕のデッキを調べているのかが分からなかった。
「どうして僕のカードなの? 僕は、特別なカードなんて持ってないよ」
次から次へと疑問が浮かぶ。僕はシグナーと知り合いではあるが、シグナーではない。大会参加者である以上、それなりに使い勝手のいいカードを持ってはいるが、遊星たちのように特別なモンスターを連れているわけではなかった。
「だからだよ。一般市民は、特別なカードなんて持たないだろ。擬態するなら、完璧にやらないと」
よく分からなかったが、それ以上深掘りはしなかった。ルチアーノのことだ。話したくなったときに教えてくれるだろう。
身体をくっつけていたら、少し暑くなってきた。お風呂上がりの体温と子供の体温が密着しているのだ。体温が上がって、触れている腕にじんわりと汗が浮かび始める。
「暑いなら離れろよ」
腕の中で、ルチアーノが呆れたように言った。夏だから、彼も半袖の服を着ている。肌に触れる感触で、僕が熱を持っていることが分かるのだろう。
「嫌だよ。まだ、ルチアーノにぎゅっとしてもらってないから」
答えると、ルチアーノは面倒くさそうにため息をついた。カードから視線を逸らさずに、諭すように言葉を吐く。
「そんなことをしたって、ハグはしないからな。勝手にしてろよ」
つれなくあしらわれてしまったが、僕は引かなかった。今日の僕は、ルチアーノに甘えたい気分だったのだ。ぴったりと寄り添ったまま、彼の身体に手を回す。服の上からお腹を撫でると、胸元へと指先を伸ばした。
服越しに、胸元をくりくりと撫で回す。ルチアーノは少しだけ身動ぎをしたが、何も言って来なかった。もっといたずらをしてみたい気持ちになって、服の下へと指先を這わせる。
「おい」
ルチアーノの唇から、言葉が発せられた。威圧するような低い声が、僕の耳へと向けられる。
「あんまり、調子に乗るなよ」
「ごめん」
これには、素直に謝るしかなかった。彼が乗り気じゃないのなら、それ以上は控えるべきだ。服越しに肌を撫でながら、黙って作業を見守った。
全てのカードを確認すると、ルチアーノはカードをデッキに押し込んだ。ケースの蓋を閉じて、ベッドの上に転がす。くっついたままの僕を見ると、抗議するように言った。
「デッキを片付けたいんだけど、どいてくれないかい?」
僕は、少し意地悪な気分になっていた。少しだけ、ルチアーノにのことを困らせてみたいと思ってしまったのだ。彼の身体に腕を回すと、わがままを口にする。
「嫌だ」
彼は、少しむっとしたようだった。僕の腕を振り払うと、トゲの刺さったた声で言う。
「なんだよ。強情だな。何か気に入らないことでもあったのか?」
「ルチアーノに、ハグしてもらってないから」
僕が答えると、彼は甲高い声を上げた。呆れてものも言えないといった態度だ。僕を引き離して顔を見ると、眉をハの字に歪める。
「そんなことで拗ねてるのかよ。子供みたいだな」
「だって、子供だもん」
揚げ足を取るように返すと、呆れたように立ち上がった。僕と正面から向き合うと、膝の上に乗ってくる。
「分かったよ。仕方ないな」
ルチアーノが両腕を伸ばした。温かい身体が、僕の身体に密着する。体温が混ざり合う感触に、脳が幸福感で満たされていく。髪からは、ふわりといい匂いが漂っていて、とても幸せな時間だった。
僕はしっかりとルチアーノを抱き締めた。背中に手を回し、服越しに肌を撫で回す。どさくさに紛れてズボンの中へと手を伸ばしたら、鋭い声で止められてしまった。
「そこまでは許してないぞ」
でも、僕にとっては十分だ。ルチアーノがハグをしてくれたのだから。昔なら絶対にしなかったであろうことを、今の彼はしてくれる。その事が嬉しかったのだ。
しばらくすると、彼は僕の手を振りほどいて立ち上がった。ほんのりと頬を赤く染めて、恥ずかしそうに言う。
「満足したかよ」
僕はにっこりと笑った。腕に残る温かさを噛み締めながら、優しい声を意識して言う。
「満足したよ」
「なら良かったよ」
ぶっきらぼうに言うと、彼は僕に背を向けた。恥ずかしがってはいるものの、満更ではないようである。そんな後ろ姿が愛おしくて、僕はまた微笑んだ。