友達 ルチアーノには、友達というものがいないらしい。同世代の子供と関わることがあっても、すぐに喧嘩になってしまうのだ。彼にとって、同世代の子供という存在は幼稚すぎるらしい。会話すらまともに成立しなくて、しびれを切らしてしまうようだった。
僕は、ルチアーノにも同世代の子供と関わってもらいたいと思っている。子供にとって、同世代の子供と遊ぶことは、大切な社会経験だ。彼は人間ではないから、社会経験などいらないと言っていたけど、僕は必要なことだと思う。社会的地位を持つ人間との駆け引きしか知らないなんて、いくらなんでも不健全だ。
どうしたら、彼を子供と引き合わせられるだろうか。僕から助言しても、彼は不快そうに鼻を鳴らすだけで聞き入れてくれない。だからといって、子供の多いところに連れていくと、彼は機嫌を損ねてしまう。難しい問題だった。
しばらく考えて、僕はあることを思い付いた。これなら、ルチアーノを自然に同世代の子供と引き合わせられるかもしれない。少なくとも、ルチアーノの機嫌を損ねることはないだろう。
「ねぇ、ルチアーノ」
僕は、彼に声をかけた。怪しまれないように、できるだけ平静を装った話し方を意識する。
「なんだよ」
彼は、気の無い様子で返事をした。声色が落ち着いているから、機嫌を損ねてはなさそうだ。今なら大丈夫そうだった。
「ルチアーノは、スケボーが得意なんだよね?」
僕の問いに、ルチアーノはこちらに視線を向ける。にやりと瞳を細めると、いたずらっぽい声で笑った。
「まあ、そうかもな。少なくとも、君よりは得意だと思うぜ」
「今度、僕にも乗り方を教えてよ」
僕の取った作戦は、これだった。得意なことを褒めつつ、自然と目的地に誘導するのだ。スケボーの練習なら、広い公園に行かなくてはならない。自然な誘いだと思った。
「ふーん。君も、スケボーに興味があるのか。いいぜ、教えてやるよ」
ルチアーノはにやにやと笑う。自分の得意分野に触れられて嬉しいらしい。機嫌のいい返事に、確かな手応えを感じた。
数日後、僕たちは大きな公園に来ていた。町外れにある、地方雑誌で有名な運動スポットだ。敷地内はいくつかのエリアに別れていて、芝生の生えたエリアにコンクリートのエリア、子供向けの遊具などが並ぶアスレチックエリアがあった。
門を潜ると、僕たちはコンクリートのエリアに向かった。ここでは、子供たちが乗り物の練習をしている。隅にはスケボー専用のコースがあって、自由に走れるようになっていた。
僕は、コンクリートの上にスケボーを置いた。かつて、僕が彼にプレゼントした、子供用のスケボーである。子供用とは言っても、それなりに大きくて、大人が乗っても耐えられるくらいの耐久力はあった。
ルチアーノは、スケボーの縁に足をかけた。力を入れて蹴り出すと、ボードの上に両足を乗せる。しばらくまっすぐ進むと、五メートルほど進んでからUターンした。
僕の前で足を止めると、そっとボードから降りる。自信ありげに僕を見上げると、一言こう言った。
「こんな感じだよ」
全然分からなかった。スケボーを前にして、僕は呆然とした顔をしてしまう。
「ほら、君も乗ってみなよ」
ルチアーノに急かされて、ボードの上に足を乗せた。もう片方の足で地面を蹴って、ボードの上でバランスを取る。僕を乗せたボードは、蛇行しながらしばらく前進した。
「ビビりすぎだよ。もっと足に力を入れて、しっかり立ちな。体勢が悪いと、重心も歪むぜ」
ルチアーノに言われて、もう一度ボードに足をかける。重心を意識しながら、もう一度地面を蹴った。
「さっきより良くなったな。ふーん。意外とできるじゃないか」
ルチアーノは楽しそうに笑う。僕の横に並んで歩くと、隣から指示を出し始めた。彼のアドバイス通りに、僕は体勢を変えていく。意外なことに、彼のアドバイスは、全てが的確で分かりやすかった。一時間も経つ頃には、僕も真っ直ぐな道ならスケボーで進めるようになった。
「まあ、こんなもんかな。飽きたから、そろそろ帰ろうぜ」
僕がボードから降りると、ルチアーノは退屈そうにそう言った。乗り気になるのも早ければ、飽きるのも早いなんて、まるで子供みたいだ。微笑ましく思いながらも、僕は提案した。
「ねぇ、せっかくだから、アスレチックで遊んでいかない?」
「アスレチック? そんなの、子供が遊ぶところだろ」
ルチアーノは言う。彼にとって、遊具というものは全て子供の遊び場なのだ。その思い込みを壊したくて、僕はこの公園に連れてきたのだ。
「ここのアスレチックは、シティの公園で一番敷地が広いんだよ。大人でも遊べるくらい本格的な設備が揃ってるんだ。せっかくだから見てみようよ」
ルチアーノの手を引くと、僕はアスレチックエリアに向かった。コンクリートのエリアを抜けると、森の中へと入っていく。階段を登った先、森を切り開いて作った空間に、その設備は作られていた。
僕たちの前には、木製のジャングルジムが聳え立っていた。奥には、網で出来た吊り橋や、ネットで出来た壁、ポールで登り降りするエリアが広がっている。それだけじゃない。この施設は、森の敷地全体がアスレチックなのだ。
「ふーん。子供騙しの遊び場ってわけじゃなさそうだな」
隣で、ルチアーノが感心したように声を上げた。なかなかの好感触だ。今日は特に機嫌がいいようだ。
「そうだよ。このアスレチックで遊ぶには、かなり体力がいるんだ。訓練だと思って登ってみようよ」
「いいぜ。その代わり、負けたらお仕置きな」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは歩みを進める。ジャングルジムに手をかけると、僕の方を振り向いた。
「行くぜ、競争だ」
「待ってよ! まだ準備できてないって!」
必死に追いかけると、彼の隣に手をついた。呼吸を整えて、走り出す準備をする。
「用意、スタート!」
合図と共に、ルチアーノは足を踏み出した。猛スピードでジャングルジムを登ると、アスレチックの奥へと消えていく。その後ろ姿を、僕は必死に追いかけた。
結果は、僕の惨敗だった。必死になって追いかけても、人間の体力では機械のルチアーノには敵わないのだ。息を切らしながら追い付いた時には、彼は涼しい顔で切り株に座っていた。
「なんだ、もうバテたのかよ。だらしないなぁ」
にやにやと笑いながら、彼は煽りの言葉を吐く。僕が追い付けないと分かってて言っているのだ。本当に意地悪な子である。
「仕方ないでしょ、僕は人間なんだから。ルチアーノみたいに走り続けたりできないんだよ」
「人間ってのは不便だな。お仕置きは……まあ、また今度にするか」
そう言うと、ルチアーノは僕に何かを差し出した。よく見ると、水滴のついたペットボトルだ。僕を待ってる間に買ってきてくれたらしい。
「ありがとう。助かるよ」
答えると、僕はペットボトルを開けた。口をつけると、一気に半分を飲み干す。のどかカラカラで干からびそうだったのだ。ペットボトルの蓋を閉めると、僕はルチアーノの隣に腰を下ろした。
森の中は、外よりも少し涼しかった。優しい風が吹いて、僕の火照った身体を冷やしてくれた。
「ねぇ」
不意に、後ろから声がした。振り返ると、ルチアーノと同じくらいの歳の男の子が立っている。髪は短く切り揃えられ、Tシャツにショートパンツというラフな格好をしていた。その子はルチアーノを見ると、明るい声で言った。
「君、すごいね。ジャングルジムをひょいひょい登ってさ。一緒に遊んでもいい? 友達になろうよ」
男の子の言葉を聞いて、ルチアーノは眉を吊り上げた。男の子に視線を向けると、不満そうに捲し立てる。
「はあ? 友達? なんで初対面の相手なんかと遊ばなきゃいけないんだよ」
「ルチアーノ」
相手を威嚇しようとするルチアーノを、僕は片手で制した。ルチアーノが僕に視線を移す。その瞳は、反抗的な色に染まっていた。
「なんだよ!」
「遊んであげなよ。僕だって、ルチアーノと遊んであげたでしょ」
「そんなの、頼んでねーよ」
しばらく言い争った後、ルチアーノは男の子と向き合った。不安そうにこっちを見ている男の子に、少し不満そうな顔をしながら答える。
「分かったよ。一緒に遊んでやる」
男の子の顔が、少しだけ輝いた。ルチアーノを真っ直ぐに見つめると、嬉しそうに言う。
「いいの!?」
「いいって言ってるだろ。とっとと遊ぶぞ」
そう言うと、彼は僕の方を振り返った。不満そうな顔をしているのかと思ったが、意外とそうでもない。彼は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、ちょっと遊んでくるよ。帰ってくるまでに、息を整えておけよ」
そう言うと、彼は男の子と共に走り出した。切り株に腰をかけたまま、僕は彼らの様子を眺める。
二人の男の子は、鬼ごっこを始めたようだった。アスレチックによじ登りながら、お互いを追いかけ合っている。男の子もそれなりに運動神経がいいようで、ルチアーノも楽しそうにしていた。
僕は、子供の頃のことを思い出していた。外出先で誰かと友達になった経験なら、僕にだってある。子供の頃は、誰とでも友達になれたし、誰とでも遊べたのだ。子供の多い場所に連れて来れば、ルチアーノにも同じ体験をしてもらえると思ったのだ。
いつの間にか、二人の姿は僕の視界から消えていた。別のアスレチックに遊びに行ったのだろう。さっきの競争で、僕の身体はボロボロになっている。ありがたく休ませてもらうことにした。
ルチアーノが戻ってきたのは、それから一時間ほど経った頃だった。男の子と肩を並べながら、会話を交わして歩いてくる。僕の姿を見かけると、子供のように手を振った。
男の子が、ルチアーノの方を向いた。にこりと笑うと、楽しそうな声で言う。
「じゃあ、オレは家に帰るよ。また遊ぼうね」
ルチアーノも男の子の方に視線を向ける。柔らかい声色で答える。
「ああ、また遊ぼう」
男の子が去ると、ルチアーノは僕の方へ歩み寄った。切り株に腰を下ろすと、大きくため息をつく。僕に視線を向ける頃には、いつもの仏頂面に戻っていた。
「遊んでやったよ。これで満足か?」
「遊んでやったって、結構楽しそうだったでしょ?」
「楽しくねーよ。子供と遊んだところで、煩いだけだろ」
そう言いながらも、彼はどことなく嬉しそうだった。声に上機嫌な響きが滲んでいる。切り株から立ち上がると、僕はルチアーノに声をかけた。
「じゃあ、僕たちも帰ろうか」
僕を見上げると、ルチアーノもゆっくりと席を立った。僕ににじり寄ると、黙ったまま手を握ってくる。しっかりと握り返すと、元来た道を歩き出した。
アスレチックエリアを抜けると、森の外に出た。燦々と照りつける日差しが、眩く僕たちを照りつける。公園の門へと辿り着く頃には、じわりと汗が滲んでいた。
「どうだった? 今日一日は」
敷地の外へ出ると、僕はルチアーノに声をかけた。視線を向けるが、彼は真っ直ぐに前を見たままだった。
「まあ、悪くはなかったよ」
隣から、小さな返事が返ってくる。俯いているから、どんな表情をしているのかは分からない。噛みついて来ないということは、不快ではなかったのだろう。
同世代の子供と関わることで、ルチアーノは変わっていくのだろうか。普通の男の子のように、子供たちと遊んで、笑い合うことができるのだろうか。あまり望みはないが、いつかそうなってくれたらいいと、僕は思うのだった。