UNO 雨が降っている日は、外に出ることなく一日を過ごすことがお約束となっていた。過去に僕が風邪をひいたことが、ルチアーノのトラウマになっているらしい。僕は大丈夫だと言っているのに、彼は頑なに外に出ることを拒んだ。退屈を感じることよりも、僕を失うことの方が怖いと思ってくれているなんて、ちょっと嬉しく感じてしまう。雨の音を聞きながら、僕は溜め込んだカードを片付けていた。
部屋の中では、ルチアーノがごそごそと押し入れを探っている。いたずら好きな彼は、僕の部屋をガサ入れするのが好きなのだ。恥ずかしいものは見つかる前に捨ててしまったし、今は変なものは入っていないと思うが、あまり気分のいいことではなかった。
「なあ。なんだよ、これ」
不意に、隣からルチアーノの声が聞こえてきた。いつの間にか僕の隣まで移動していたようだ。手には古ぼけた紙製の箱を持っていて、不思議そうに眺めている。そのパッケージには、大きく『UNO』の文字が書かれていた。
「それは、『UNO』っていうカードゲームだよ。……カードゲームって言っても、デュエルモンスターズみたいな感じの対戦ゲームじゃなくて、トランプみたいな感じのやつなんだ。僕も小さい頃は、たくさん遊んだんだよ」
「ふーん。ずいぶん古ぼけてるのは、君が遊んでたからなのか。……で、どういうルールなんだよ」
ルチアーノは箱を開けると、中身を机の上にひっくり返した。デュエルモンスターズのカードと混ざらないように、慌てて広げていたカードをまとめる。彼は、このゲームに興味を持ってくれたみたいだった。自分の好きだったものに触れてもらえるなら、僕としても嬉しい。
「ここだと狭いから、こっちで広げようか」
断りを入れてから、僕はカードを抱えて床へと移動した。ルールも大まかなものしか覚えていないから、中に入っていた説明書を見ながら解説する。僕の話を聞くと、彼は楽しそうに笑った。
「ふーん。なかなか面白そうじゃないか。せっかくだから、一緒に遊んでやってもいいぜ」
床の上に胡座をかきながら、ルチアーノは尊大な態度で言う。本当は退屈をまぎらわせたいだけなのだろうけど、素直に構ってほしいと言えないのだ。
「遊ぶのは、片付けが終わってからね」
答えながら、僕は机の上に散らばったカードに手を伸ばした。片付けは大方終わっていて、あと少しで終わりそうだったのだ。分かっているのか、ルチアーノも文句は言わなかった。
「終わったよ。じゃあ、遊ぼうか」
片付けを終えると、僕はルチアーノの隣に座った。山札を切り、手札を七枚ずつ配る。準備ができたら、山札の一番上のカードを引いてゲームスタートだ。僕の引いたカードは赤の六だった。
「じゃあ、僕からやるね。場に出てるのは赤の六だから、僕は赤の八を出すよ。次はルチアーノの番だ」
一つ一つ声に出しながら、ルールと進め方を説明する。片手を差し出して順番を回すと、ルチアーノは小さく息を吸った。
「僕のターン」
ターンを宣言しながら、自分の手札に指をかける。そのうちの一枚を引き抜くと、宣言をしながらカードを出した。
「緑の八を場に出して、ターンエンドだ」
なんだか、勘違いされているようだった。UNOのルールに、場に出すカードやターンの交代を宣言する決まりは無い。あるのは、手札が一枚になった時の『UNO』くらいだ。
「じゃあ、進めるね。手札に緑は無いから、山札からカードを一枚引く。…………来なかったから、ルチアーノの番だ」
「僕のターン」
宣言しながら、ルチアーノは手札に手を掛けた。中の一枚を引き抜くと、嬉しそうな声で言う。
「緑の三と青の三を重ねて出すぜ。……確か、同じ数字ならいいんだったな」
「あってるよ」
「じゃあ、これで僕はターンエンド」
手札を胸元に掲げると、ルチアーノはエンドを宣言する。完全に勘違いされてしまっているが、ルールを覚えるまではこれでいいだろう。僕もターンの宣言をすることにした。
「僕のターンだね。青の五を出して、ターンエンド。ルチアーノの番だよ」
「僕のターンだ!」
ルチアーノは楽しそうにターンを宣言する。にやにやと笑うと、勿体ぶった仕草でカードを引っ張り出した。
「僕は、ワイルドカードを発動するぜ。このカードは、次の色を指定できるんだったな」
「そうだけど、ルチアーノの手札、なんか強くない?」
白黒のカードを見ながら、僕は声を上げてしまった。彼の手札は、数ターンで上がれそうなほどに強かったのだ。
「へへっ。日頃の行いがいいからだな」
自慢げな表情を浮かべながら、ルチアーノはワイルドカードを積み上げる。
「次の色は、黄色を宣言するぜ。ターンエンドだ」
「僕のターンだね」
言いながら、僕は自分の手札に視線を向ける。黄色はあるが、一枚だけだった。このままでは、ルチアーノに上がられてしまうだろう。
「僕は、黄色の六出してターンエンド」
結局、僕は何もできなかった。ルチアーノは嬉々としてターンを受け取り、カードを出していった。もう一周ターンが回って、ルチアーノの手札は残り一枚になってしまう。手札を場に出すと、彼は大きな声で宣言した。
「UNOだ!」
もう、敗北の予感しかしなかった。僕の手札は、まだ五枚も残っている。彼が何も考えずに黄色を宣言しているとは思えないし、何か策があるのだろう。
「僕のターン。黄色の二を出してターンエンド……」
「ひひっ。僕のターンだ!」
ルチアーノは嬉しそうに宣言する。残り一枚になっていた手札を、叩きつけるように場に出した。
「黄色の七を場に出して、上がりだ! 僕の勝ちだぜ!」
「うぅ……負けた……」
完全に僕の負けだった。手札もあまりよくなかったし、カードの引きもよくなかった。運はルチアーノに味方したみたいだ。
「単純なゲームだけど、なかなか楽しいじゃないか。もう一回付き合ってやってもいいぜ」
楽しそうに笑いながら、ルチアーノは山札に手を伸ばす。カードを混ぜると、デッキを扱うようにシャッフルした。
「いいの? 今度は僕が勝っちゃうかもしれないよ」
「その時は、次の勝負で君を倒すよ」
にやにやと眉を上げながら、ルチアーノは手札を配っていく。配られたカードをひっくり返すと、ドロー2のカードが見えた。
「けっこういい手札かな。本当に勝っちゃうかもよ?」
「ふーん。そんなに自信があるなら、僕を倒してみなよ」
会話を交わしてから、僕はルチアーノと向き合う。デュエル開始の宣言はないけれど、僕たちの決闘が幕を開けたのだった。