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    とうた

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    とうた

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    #Novelmber で幽蔵。
    「もしも」のターニングポイントは幽助と蔵馬で違ってそうだなと。

    #Novelmber
    #幽蔵
    kura

    6.もしも 幽助との関係において『もしも』はいくつも思い浮かぶ。もしも幽助が出会ったばかりの自分を信じなかったら。もしも幽助を手助けするというコエンマの提案を受けなかったら。もしも――。挙げているとキリがないが、最大の『もしも』は彼が魔族ではなかったとしたら、に違いない。

     麗らかな春の陽気に包まれた小さな公園で、幽助が一人の男の子と遊んでいる。初対面の幽助にも物怖じせず無邪気に滑り台を下りるその子は、今年で三歳になる蔵馬の義弟の子供だ。義弟は今朝いきなり蔵馬の部屋にやってきて、自分も妻も急な仕事が入ってしまったため夕方まで息子を預かってほしいことを告げてきた。こちらが恐縮するくらい頭を下げながら。
     たまたま予定のない土曜日だったし、甥っ子はそれなりに可愛いので預かること自体は構わなかったが、いざ二人きりになると時間を持て余す。近所のファミレスで悪戦苦闘しながら昼食を終えたあとは、特にしてあげられることがない。そこにたまたまやってきたのが幽助で、彼は意気揚々と甥っ子を近所の公園に連れ出した。
     甥っ子が滑り台を下り、幽助が迎える様を、蔵馬はベンチから眺めていた。二人の笑い声が住宅街の公園に響く。終わりかけの桜の花びらたちが二人を夢のように包んでいる。
     まるで現実ではないようだ。
     蔵馬はふとそんな錯覚に襲われる。
     もしも彼が魔族ではなかったとしたら、ごくごく普通に人間の女性と結婚して子供を成し、こうして公園で遊んであげていたことだろう。ほんの紙一重で有り得た未来。
     その幸せな光景に、蔵馬は足を踏み入れられずにいた。
     もしも彼が魔族ではなかったとしたら。年を経て老いさらばえ、灰になるまでの短い生涯を自分は見守っていたことだろう。彼の友の一人として。彼の人生の傍観者として。
     ポケットの中のスマホが震えて、義弟から掛かってきた電話に出る。
    「もしもし、うん、今近所の公園に来てて――」

     公園にやってきたのは嫁の方で、義弟と同様、こちらが恐縮するくらい頭を下げながら礼を言ってきた。
    「あの、こちらの方は」
     蔵馬の隣で突っ立ている幽助について彼女が尋ねてくる。自分の友達だと紹介すると彼女は一瞬訝しげな表情になったが、すぐに笑顔を取り戻した。
    「このたびは本当にありがとうございました。さあ、帰るわよ」
     公園を出ていく親子の背中を二人並んで見送っていると、甥っ子が振り返って手を振ってきた。
    「ばいばーい、おじちゃん!」
     ばいばーい、と幽助も手を振る。
    「おじちゃん、だって」
     親子の姿がすっかり見えなくなってから、幽助は愉快そうに笑う。
    「嫁さん、オレをちょっと怪しんでたな」
    「まあ……それはそうだろうね」
     四十過ぎの義兄の友達がどう見ても中高生では怪しみもする。その義兄も、高校生の頃から変わらぬ姿なのだけれど。
    「昔、オレが助けたのもあのくらいのガキだったかなー。懐かしいな」
    「え?」
    「オレが一度死んでるの、知ってるだろ? 車に轢かれそうになったガキ助けようとして死んだんだよ」
     その話は昔コエンマから聞いたことがある。本来の運命にはなかったという幽助の死。予定外に発揮された彼の良心に霊界は慌てふためき、辻褄を合わせるために生き返るための試練を与えたという。
    「もしもあのガキを助けなかったらつまんねー人生のまま終わってたかもしんねーだよなあ」
     幽助はオレンジに染まり始めた空を見上げて、感慨深げに呟く。子供が去った夕方の公園は、主人を見失った飼い犬のように寂しげだ。桜が咲いて春めいても、頬にあたる夕風はまだ冷たい。
    「おめーにも会えずにさ」
    「……おまえは才覚があるから、案外どこかで起業でもしてたかもしれないよ」
     彼の額に落ちた桜の花びらを取って、蔵馬は苦笑いする。と、目の前の幽助が真剣な眼差しでこちらを見据えてきた。
    「そん時もおめーはオレのワトソン君やってくれるの?」
    「どうだろうね」
     とぼけながらも言外に含ませた蔵馬の答えに幽助も気付いたらしく、「じゃ、今のオレで正解だ」と笑って大きく伸びをした。
     公園を出てまっすぐマンションに帰るつもりだったが、駅前へ続く交差点の前で蔵馬は足を止める。
    「幽助、夜飯は何食べたい? 今日は奢るよ」
    「お、いいの?」
    「甥の子守りを手伝ってくれたからね。焼肉でも行こうか? それとも焼鳥?」
    「そうだなー」
     悩み始めた幽助と共に、横断歩道を渡って若者のグループや家族連れで賑わう駅前へ向かう。
     人の群れの中を、人の振りをした生き物が二人、並んで歩く。
     もしも彼が魔族ではなかったとしたら。自分と彼は友人のまま、付かず離れずの穏やかな関係を続けていただろう。だけど彼は同族となり、その彼に自分は恋をしてしまった。彼はいつしか自分の隣にやってきて、長い時間を連れ立って生きることになった。
     いくつもの巡り合わせが重なって生まれたまったくもって奇妙な縁だが、こうなってみれば二人でいることは有り得たかもしれないどの未来よりも心地よく、しっくりと嵌まっているように思える。
     隣を歩く幽助にほんの少し近付くと、彼は悪戯をするように小指だけを絡めてきた。肌寒い春の夕方に、その小指はじんわりと温かい。彼の情欲そのもののように。
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