時刻 初めて立ち寄った時計店で、ある腕時計に一目惚れをした。即座に購入すると、店主が謝礼の後に「その時計には、時を刻む機能が付いております」と付け加えた。その時は、随分と洒落た言い方をするものだな、としか思わなかった。
その日の夜、俺はあることに気が付いた。腕時計の一から十二までの数字、その全てに切れ込みのようなものが付いているのだ。何となく弄っていると、十二と一の間がポロリと零れ落ちた。床に落ちた破片が粉々に砕け散る。……何ということだ。とんだ欠陥品ではないか。怒りに任せて腕時計をゴミ箱に投げ入れると、そのままベッドに潜り込んだ。
それからだ。俺の世界から一時間が消失してしまったのは。
最初の数日は信じられなかった。十二時を迎えると、次の瞬間には一時になっているなんて。たまたま同じ時間帯に死んだように寝落ちしてしまっただけだろう、自分自身にそう言い聞かせた。
とはいえ、一週間も同じ現象が続くと、さすがに気味が悪くなってくる。同僚にそれとなく聞いてみたところ、周囲からは俺がきちんと昼休憩を取っているように見えるらしい。絶句した。何故なら、俺にはその間の記憶も感覚も一切ないのだから。
恐ろしくなった俺は、慌ててあの時計店に駆け込んだ。事情を説明すると、店主は「最初にご説明しましたよね」と苦笑する。
曰く、あの腕時計には時間をバラバラに刻む機能が付いている。刻まれた時間は通常通り流れているが、持ち主からはその間の記憶が失われる。上手く活用すれば時短等に役立つ、とのことだ。
そこまで詳細に説明しなかったではないか、と憤りを覚えたが、説明書を読まなかった俺にも過失はある。とにかく、元の状態に戻りさえすれば何でも良いのだ。時間を戻して欲しいと懇願すると、店主は笑いながら言った。
「それは無理ですよ。だってお客様、あの腕時計を捨ててしまったのでしょう?」