「待てや桐生ちゃん!今日という今日は逃がさんでぇ!」
「っ、くそ…勘弁してくれ兄さん!」
「うっさい!絶対捕まえたる!!」
──あの夜の事があってから数ヶ月、当然と言えば当然ではあるが桐生は真島を避けていた。勿論同じ東城会という組織に身を置いている関係上完全に顔を合わせないというのは無理がある、それ以外で真島を見かければ声を掛けられない内にその場を去ったし、出来るだけ彼の目に入らないよう気を遣って動いてきた。
酷いことをされただとか、軽蔑しただとかそういう感情ではなく、ただただいたたまれないのだ。言いくるめられたとは言え合意の上での行為ではあったが、まさかあれ程あられもない声や姿を晒すとは思っていなかった。
特に頭を抱えた事と言えば、一人での処理…有り体に言えば自慰。いざを自分のモノに触れた途端真島の顔や声、手の動きやらを思い出してしまう始末で、こんな状態では碌に顔も見られるはずが無い。
方や真島はと言うと、初めのうちは逃げ回る桐生に肩を落としながらもそれも仕方の無い事だと納得はしていた。けれどそれが両手の指で数え切れなくなる頃には、元々気の長くない真島の堪忍袋の緒はプツリと切れる。
視界に桐生が入れば「今度こそは!」と捕まえようとするものの、相手も上手く逃げ回っているらしくどうにも捕まえられずモヤモヤが募るばかり。流石にこれ程までに避けられるとは思ってもみなかったし、声を掛ける事はおろか喧嘩すらまともに出来ていない。そういった事が積み重なり真島の苛立ちに拍車を掛ける。誰がどう見ても自業自得ではあるけれど…兎に角一度話をしないと、とどうにか桐生の前に立って話をするべく暇があれば神室町の中を歩き回っていた。
……以上が冒頭の鬼ごっこじみたやり取りをするに至った理由である。
人が行き交う大通りから裏路地まで桐生の姿を探す真島は「今日も収穫は無し、か」と肩を落とし帰ろうと踵を返した。そうして振り返った視線の先によく見知ったグレースーツに赤いシャツの男が歩いているのを見つけたのだ。
※
「はぁ、はぁ……っ、行き止まり…!」
「ふーっ…ちょこまか逃げ回りおって…そろそろ諦めぇや」
散々街を走り回りチャンピオン街に駆け込んだものは良いものの、真島を撒くのに必死で逃げ込んだその先が袋小路であることをうっかり失念していた。逃げ道は真島の後ろのみ。じりじりと距離を詰めてくる男に、いざとなれば暴力に訴えるという考えが頭からすっかり抜けていた桐生には後退るという選択肢しか無かった。
「お前ちっと俺の事避けすぎちゃうかぁ?あん時のは…まぁ、俺が悪いけど、別に無理矢理っちゅう訳やなかったやろ?」
ようやっと桐生を追い詰めた真島は彼を壁まで追いやり更に逃げ場を無くす。体が触れるまで距離を詰め、目を覗きこもうとすればサッと顔を逸らされたことに少しのイラつきを感じた真島は桐生の頤を掴み無理矢理自分の方に顔を向かせた。
「ぐ、っ……確かに流されたのは俺ですけど…、それよりっ、取り敢えず一旦離れてくれませんか!」
「アホ、今退いたらお前逃げるやんけ」
「逃げません!逃げませんから!」
「ちっ…ほんなら、ちゃんと教えてくれるか?」
「その、外じゃちょっと…」
「……ほな、2人になれるとこ行こか」