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    グレムル前提のヒスムル(仮)第25話
    ここで区切って支部にまとめようと思って書いてたらめちゃくちゃ長くなった

    グレムル前提のヒスムル(仮)25あれから1ヶ月が経ち、ヒースクリフは工房の仕事にかなり慣れて来た。

    面倒だがやり甲斐のある鋸の点検、それを稼働させて振るう行為も身に染み付いて来た。
    最近ではどう動けば相手の虚を突けるかも分かるようになって来ていた。

    ムルソーとグレゴールを工房に残して一人だけ帰宅するのにはまだ慣れなかったが、ヒースクリフは働いて帰って入る風呂とベッドの気持ち良さを知った。

    沈むように眠った翌日、寝過ぎて遅刻して以降は目覚ましによって起こされるようになったが。

    そんなヒースクリフが設計部署であくびをしながら図面と向き合っていると、マルセルがコーヒーを持って来てくれる。

    「あんた、ずっとコーヒー淹れてる訳じゃないよな……?」
    「まさか〜、ちゃんとやってますよ〜上の人達と違って。」
    (……この人やっぱり毒あるよな……)

    ヒースクリフはこんな日常に何となく満足感を覚えていた。

    ある日、風呂から上がるとムルソーが帰って来た。

    「おー、おかえりー。」
    「ただいま。夕飯は済ませたか?」
    「いや?まだ。」
    「……たまには私が作ろう。何か食べたい物はあるか?」
    「んーー……じゃあ……炒飯。」
    「分かった。作ろう。」

    炒飯をリクエストした事については、ムルソーが作った炒飯がどんな感じなのか気になると言う意図があったのだが……生憎ムルソーは気付いていないようだった。

    出来上がったのは具沢山の炒飯だった。

    (……野菜多いな……)

    そんな事を思ったが口には出さずに食べた。

    「……どうだ?」
    「ん、美味い。野菜が良い感じにしょっぱさ無くしてくれてる……」
    「昔からこのレシピで作って来た。」

    ムルソーは何だか少し嬉しそうに見えた。

    「今度教えてくれよ。作ってみるから。」
    「……私は……貴方が普段作る炒飯が良いのだが。」
    「大丈夫だよ、一回あんたのレシピで作った所で忘れたりしねえって。」
    「……私に作る物は貴方のレシピにしてほしい。」
    「はいはい、分かったよ。」

    満足気に炒飯を頬張るムルソーを見て、ヒースクリフは胸のくすぐったさを感じて笑った。

    「……なあ、ムルソー。俺、楽しいよ。この生活。」
    「……」

    カチャ、と食器の音が立った。

    「……あんた達に出会えて、本当に良かったよ。俺。」

    その時、ムルソーがどんな顔をしていたのか、ヒースクリフは見ていなかった。



    「………」

    何をしようにも、不安が付いて回った。

    気付けば、ヒースクリフとグレゴールの事を考えてしまっている。

    それに気付く度に、背中に冷たい物を感じる。

    だが、こうなってしまった以上はもう何もかもが手遅れだ。
    それなのに……今更逃れようとしている自分が居る。

    あの日も、私はそうだった。

    皆が彼の死を悔やんでいる中、自分だけは違うと、自分だけはあの人の死を悔やむ関係ではなかったと言い張る為に……傷の痛みから逃れる為に、背を向けて来たのだ。

    あの人を何とも思っていなかったから、何も感じないのだと言い聞かせる為に。

    絶対に……あの人のようにならないようにして来たのに……

    ……怖い。

    二人を喪う日が、この上無く恐ろしい。

    喪うだけではない、私が死ぬ事で二人が傷付くのも嫌だった。

    でも、もう……私は何も出来ない……

    貴方達は、私がどんなに頑張って貴方達を振り落とそうとしても……意地でも、私を離してくれないだろうから……

    (……せめて……)

    一緒に居たい。
    守れるなら、守りたい。

    今度は助けられるように。

    ……グレゴールが、かつて助けてくれたように。



    その日、事務所内で合同戦線が組まれるとの事でヒースクリフ達は総務室に集められた。

    大体の人員が集まった頃にロージャは心底楽しそうに今回の依頼を発表した。

    「今回、貴方達には〜……じゃじゃーーん!ねじれの討伐依頼を達成してもらうよ〜!」

    その言葉に、ヒースクリフ以外の全員がぎょっとした。

    「ねじれ?何だそりゃ……」

    ヒースクリフの呟きには誰も反応せず、各々意見を述べていた。

    「いくら巣に移ったとは言え、流石にねじれの討伐なんて……」
    「そう!なんとK社!翼からの依頼なんだよね〜。その分報酬もたーーっくさん貰えるよ〜うふふっ!」
    「そのねじれって都市災害ランクの中ではどのぐらいなんですか……?」
    「大した事無いと思うよ〜。都市伝説だから!」
    「でも、翼からの依頼なんですよね……?それにこんな大人数でって……」
    「念の為よ〜念の為。だって行動パターンと見た目以外の情報渡されてないんだもん。あ、そうそう。情報共有しなきゃね〜。」

    ぼんやりと話を聞いていたヒースクリフだったが、ロージャの拍手でハッと我に帰った。

    「はいはーい、皆ー!これからねじれに関して伝えられてる唯一の情報話すからねー!よーく聞いておくんだよー!」

    見た目は頭はヤギのようで、体は一見人間に近いが腕が4本も付いているらしい。
    一対の腕は何故か手錠が掛かっているが、もう一対の腕はそれぞれに剣を握っているらしい。
    脚は2本で、足首が鎖で縛られていて素早い移動が出来ないらしかった。

    「と、言う訳で……人海戦術で攻める事にしたからね〜。」

    ロージャの説明が終わると、ヒースクリフの隣に立っていたムルソーが徐に口を開いた。

    「鋸のメンバーは腕を、槌のメンバーは頭や胴体を狙った方が良いでしょうね。」
    「そう!そんな訳で……流れ弾に注意して一気に叩いてちょーだい。」
    「分かりました。」

    ヒースクリフがロージャに何か聞く前にその場は解散してしまい、結局ムルソーに聞く事になった。

    「なあ……ねじれって何だ……?」
    「……人間が突然怪物や現象に変異する現象の事だ。殆どの場合、人に危害を加える。」
    「……そんなのが巣に……?」
    「巣でなくとも発生する。被害は物によって差があるが……一番被害を出したのは9区の裏路地で発生したピアニストだ。少なくとも30万人が死んだ。」
    「な……30万人……?」
    「……そう言えば……今まで、ねじれに関しては貴方に教えていなかったな。」

    そう言ってヒースクリフを見るムルソーの目はどこか暗く見えた。

    「……そんな奴……倒せんのかよ……?」
    「いずれもフィクサーによって片付けられて来た。程度の差はあれど、いつもそうだった。……今回は私達が片付けるだけの事だ。」
    「……」

    勿論、不安は拭い去れなかった。
    だが、何となくムルソーにはねじれを討伐した経験があるような気がした。

    だから……気が緩んでしまったのだ。


           *  *  *

    ヒースクリフ達がねじれの討伐に向かった後、グレゴールは休憩の為に外勤から戻った。

    「……ん?」

    休憩室に行く為の階段を登りながら、グレゴールは各フロアに人が少ない事に気付いた。

    総務室に入ると、ロージャが受話器を耳に当てて神妙な顔をしていた。

    通話中なのかと思って静かにしていたのだが、ロージャが受話器を置いてグレゴールを見たのでグレゴールものそのそとロージャのデスクに近付いた。

    「お疲れ様〜。」
    「おう……なんか下の方人が少なかったんだけど、なんかあったのか?」
    「ああ、翼からねじれの討伐依頼が来てね……」
    「ああ、なるほど。」
    「ただね……」
    「ん?」

    先程からロージャの顔色が優れない事が気に掛かっていた。
    だからこそ、不安が募っていた。

    「その依頼、ウチが引き受けるーって新生会社が持って行っちゃったの。買って行ったと言うか……」
    「え……じゃああいつらどうするんだよ?」
    「それがねぇ……その事報告しようと思って皆に電話掛けてるんだけど繋がらなくて……」
    「……」

    グレゴールは事務室にムルソーが居ない事を記憶していた。

    ヒースクリフも、もしかしたら。

    「……隊長。再生アンプルって事務所にどのぐらいある?」
    「え?えーっとね……巣に移った時に小っちゃい瓶に入ったやつを10個ぐらい買っといたけど……」
    「注射器は?」
    「10本。」
    「……全部持って行くぞ。念の為。」



    その姿を見た時……胸から全身に掛けて、鋭い悪寒が走った。

    地面に這いつくばって、必死に手首の鎖を外そうと踠く姿が、そうさせたのかもしれない。

    だが、それが声を上げたのを聞いて、全身が震えた。

    他にも震えた者は居たが……殆どはねじれを鋭く睨み付けて武器を構えていた。

    「……ムルソー……?」

    ヒースクリフの声にハッと我に帰ると、他の者が一斉に奇襲をかけた。

    私も歯を食いしばって、それに続いた。

    鋸を持った者が一人、ねじれの腕を一本断ち切った。

    一見順調に見えたが、その後に問題が起こった。

    ねじれが、壮絶な悲鳴を上げた時だった。

    「ゔっ……!」

    ねじれに武器を向けていた者の内何人かが、顔を歪ませた。
    私もその一人だった。

    精神攻撃の一種なのだろうか。
    ねじれの声は酷く不快な気分にさせられた。
    胸が掻き回されているような、痛みすら伴う不快感が、私達を支配しようとしていた。

    「ムルソー……?なあ、大丈夫か……⁉︎」
    「っ、ぅ……」

    ヒースクリフに声を掛けられた時に、気が付いた。

    私のように悶えている者に、平気な者が気を配り始めたのだ。

    その場で悶えている……剣を握ったままのねじれから目を逸らして。

    声を上げようとした時には遅かった。

    ねじれを中心に、銀色の軌跡が円形に光った後……血飛沫が舞った。

    どの傷も深い。

    「っ……!」

    私の側から離れなかったヒースクリフもそれを見てすぐに鋸を握り直し、駆け出した。

    剣を持っているもう一本の腕を狙っているのだろう。

    そのまま、一人で行かせる訳にはいかなかった。

    不快感を押し殺し、ヒースクリフに続いた。

    ヒースクリフに振るわれようとする剣を槌の柄で防ぐ。
    その間にヒースクリフがねじれの肩に稼働した鋸を押し付けた。

    鋸の音と、ねじれの叫び声。
    二つの不快な音が鼓膜を叩き付けた。

    「……っ、……」

    思わず槌を握る手が弱まった時だった。

    ねじれが、突然上半身を起き上がらせた。

    その意図が何なのかを考える前に、鋸を握ったままよろめいたヒースクリフが目に入った。
    鋸の歯は、ねじれの肩から離れていた。

    「………ぁ、」

    槌が弾かれ、ねじれがこちらに突進して来たのが見えた時には腹部に鋭い痛みが走っていた。

    「……っ、は……」

    深く突き刺され、貫通した剣毎持ち上げられた後に、振り回されて壁に背中を打ちつけた。

    「ぅあッ……」

    息をするのも難しい程の痛みと、混乱が、あちこちに支障をきたしていた。

    「ーーーッ!」

    ヒースクリフが絶叫して、こちらに突進して来るねじれの背中に鋸の先端を食い込ませた。

    「ぅッ……ぐ、ぅぅぅーーーーッ!!」

    ねじれがヒースクリフの方に向き直り、肩を剣で突く。
    だがヒースクリフはひたすらにねじれの胴体を鋸で刻んでいた。

    「ッ、ヒース……っ!」

    このまま続ければ確実にヒースクリフの方が先に倒れる。

    せめて防御に頭を回させようと呼び掛けるが、届いていないようだった。
    私も、これ以上声を張り上げる事は出来そうになかった。

    槌を支えにして立ち上がり、ねじれの腰に槌の先端を打ち込んだ。

    「ぅ、あっ……」

    どうにかねじれの不意を突けたのは良かったが出血が酷くなり、視界が砂嵐のように眩んだ。

    「ゔッ……!」

    右腕に、鋭い痛みが走る。

    視界が元に戻らなくとも分かった。

    右腕が、断ち切られた。

    「ぁ……っ、」

    ズボンの裾が引っ張られ、地面に転がる。

    「おい……!うでを……」

    そんな声が聞こえ、ぼんやりとそちらを見ると……ヒースクリフがねじれの肩に再び鋸を押し付けたのが見えた。

    先程のように狂ったような動きではない。
    理性を……取り戻したのだろう。

    ああ……せっかく……ヒースクリフが、全力を尽くして、頑張っているのに……

    私は……死ぬのだろうか……

    「……おい、ムルソー……!」

    ガラムの声が、耳鳴りで聞き取れなくなって行く。

    先程裾を引っ張ったのは彼だろう。

    追撃が……加えられようとしていたのかもしれない。

    不意に、今までの記憶が走馬灯のように頭を駆け巡った。

    本当に、走馬灯と言う物なのだろう。

    ……嫌だ……

    死にたく……ない……

    「ムルソー、ムルソー!!」
    「っ……、」

    瞼を開けると、先程よりは意識が回復したのか、僅かに眩んだ視界が広がった。

    ヒースクリフと、ガラムの顔が見えた。

    切断された右腕の傷口を、ガラムがボロ切れで縛っていた。

    ヒースクリフは……泣きそうな顔で、こちらを見ていた。

    返事を返そうにも、息すらまともに出来なくなっていた。

    「……ムルソー……!……ッ、死ぬな……!!」

    ……ああ……あの時、私は……

    彼に、こう言うべきだったのか……

    私は……本当は、彼に死んでほしくなかった癖に……

    「死ぬなよぉっ!!置いて行かないでくれよぉおっ!!」

    ……すまない、ヒースクリフ。

    私は……貴方に、取り戻せない喪失を与えるだろう……

    貴方に……そんな傷を、負わせたくなかったのに……

    ……すまない……本当に、すまない……

    貴方に、そんな顔をさせて……そんな声を出させて……

    私、は……


    『ムルソー君』


    「……ッ……!」

    ハッと目が覚めた。

    ほんの短い間、気を失っていたようだ。
    状況は何も変わっていないし、ねじれは……まだ、動いている。

    そして、それに二人とも気付いていない。

    「ッ……うしろ、まだ……っ!」

    二人がハッとしてそちらを見た時だった。

    「目標、視認!」

    鋭い声と、銃声が聞こえた。

    「銃……?」

    ねじれが地面に転がった時、一人の女が目に入った。
    長いオレンジ色の髪が、印象的だった。

    「……だ……誰だ……?あんた……」

    私は、その正体を知る前に、気を失っていた。



    「……貴方達が、バラのスパナ工房の方達ですね?」

    女はガラムの質問に答える前にそう言った。

    「貴方達の事務所から依頼を譲り受けたリンバス・カンパニーのクリア部署の者です。」
    「は……いつの間に……?」
    「……先程、譲り受けました。」

    女はコツコツと倒れているフィクサー達の間を通り、こちらを見下ろした。

    ヒースクリフは、ガラムと女がやり取りしている間、ずっと項垂れて嗚咽を漏らしていた。

    「……みっともないですね。他の人も怪我してるのにずっと泣いてる場合ですか?」
    「……、」

    普段だったら激昂する所だった。
    だが……ヒースクリフの意識は気を失ったムルソーに向いており、何も言い返せなかった。

    ムルソーはまだ息をしていた。
    だが……すぐに絶えてしまいそうなぐらい、弱い息だった。

    ヒースクリフが動かずに居ると、溜め息が聞こえた。

    「……はぁ……これ、使ってください。」
    「え……?」

    差し出されたのは、緑の液体が入ったアンプルだった。

    「な……それ、K社の再生アンプル……!」
    「……これ……?」

    手渡されたのは良いが、ヒースクリフには使い方が分からなかった。

    「早く!打ち込むんですよ!傷口の近くに……ほら!」

    その女はまごつくヒースクリフを見て焦ったくなったのか、結局ヒースクリフの手からアンプルを奪い取ってムルソーの右肩にアンプルを打ち込んだ。

    「ぅ……」
    「……!」

    みるみる内にムルソーの傷が塞がり、腕も再生されて行くのを見てヒースクリフが目を見開いていると……

    「……やっぱりこうなってたか……」

    グレゴールの声が聞こえてそちらを見てみると、グレゴール以外に大勢のフィクサーが路地に入って来ていた。

    「再生アンプル、全員分持って来たぞ。息してりゃあ完治出来る筈……ん?」

    素早く立ち上がり、ヒースクリフ達の傍からスタスタとグレゴールの方へ移動した女を見て、その場の全員が目を丸くした。

    「ああ、あんさんが例の新生会社の人か?挨拶したいのはやまやまなんだが時間が……」
    「アンプルの刺し方、ちゃんと分かってますか?」
    「……え?」
    「ちゃんと血管に注入するんです。出来れば傷口に近い所……でも間違っても傷口に刺したりしないでください。再生の邪魔になるので。」
    「う、うん……分かってるけど……なあ?」

    グレゴールが後ろに控えているフィクサーに顔を向けるが、皆自信無さげに曖昧に頷いた。

    それを見てスイッチが入ったのか女は再び苛立った様子で後ろのフィクサーに向かって行った。

    「心配なので私がやります。それまで一旦この人達の止血しててください。」
    「え……は、はい……」

    有無を言わせない剣幕にたじろいでフィクサー達は止血作業に移った。

    「……なんだあの女……」

    そうぼやくガラムとヒースクリフの傍にグレゴールが右腕に装着した鋸を抱えながら歩いて来た。

    「ムルソーは……」
    「あの女が持ってたアンプルで完治した。」
    「……そうか。」

    切断されて転がっている腕を見て何が起きたのか察したのだろう。

    グレゴールはそれ以上何も聞かずに二人の応急処置をした。

    皆にアンプルが行き渡って、傷が治っても尚、ヒースクリフがムルソーの傍で座り込んでいると……グレゴールが傍にしゃがみ込んで、左腕でそっとヒースクリフを抱き寄せた。

    「……頑張ったな。」

    その言葉に、止まっていた涙が再び湧き出し始めた。

    「……俺……言うほど、やれてなかった……」
    「嘘つくなよ。返り血まみれだぞ?あんさん。」
    「でも……」
    「ヒース。」

    優しいが、強い声音でグレゴールがヒースクリフの名前を呼んだ。

    「……ありがとう。ムルソーを守ってくれて。」

    グレゴールはまっすぐとヒースクリフを見据えていた。
    ヒースクリフは……そこで、決壊した。

    グレゴールは黙ってヒースクリフの頭を撫でてくれた。



    「……」

    目が覚めると、私は自分のデスクに突っ伏していた。

    「……」

    どこか、ふわふわと地に足が付かない心地だった。

    何か、声が聞こえたような気がしてそちらを向くと……彼が、居た。

    ニコニコと笑って、何かを一方的に喋っている。

    (……どうして……貴方は……)

    そんな事をぼんやりと思うと、彼が喋るのをやめて、困ったように笑った。

    「……わたし、は……」

    本当は、貴方に死んでほしくなかった。
    ずっと貴方の笑顔を見て、絡まれて、それに呆れたようなフリをしていたかった。

    それが……普通の人間のような気がして……私は、人知れず満足感を覚えていたんだ……

    それなのに、私は……殻から、出られなかった。

    出ようともしなかった。

    「……私は……」

    変われるのだろうか?

    中身を、曝け出す事が出来るのだろうか。

    相変わらず何を言っているのか分からないが、彼が茶化すように笑った。

    「……フ……」

    何だか、何と言っているのか分かったような気がした。


    「…………」

    目が覚めて、ここが救護室である事が分かった。

    「ムルソー……!」

    すぐにヒースクリフの顔が目に入り、その傍にグレゴールの顔も見えた。

    「……ヒースクリフ……グレゴール……」

    思わず顔が緩むと、二人が目を丸くした。

    「……?変な顔をしたか……?」
    「……笑ったな。」
    「……っ!」

    二人の反対側にガラム達が居る事に今気が付いた。

    「あら〜、珍しいね〜?今日は雨かしら。」

    ロージャがそう言って笑ったが、普段よりも元気が無いように見えた。
    周りもそれに気付いているのかチラチラと目線を向けていたが、誰も何も言わなかった。

    「……ねじれは……どうなりましたか……?」
    「リンバス・カンパニーとか言う会社が連れてった。ボロボロの状態だからあのまま放っておいても害は無いんだと。」
    「……そう、ですか……」

    気を失う前に見た女の事を思い出す。
    恐らく彼女がそのリンバス・カンパニーの社員だったのだろう。

    「ごめんねー、あんた達が出発した後にウチが引き受けるーって来られちゃったもんだから……充分なお金貰ったから引き上げさせようとしたのに、皆もう既にやられてて……」
    「……仕方無いですね。」

    皆が何とも言えない顔をしている理由は何となく分かった。
    だが……結局仕方無かったのだと思う他無いのだ。

    「……所で、事務所で保管していたアンプルを使ったのですか?」
    「うん。まあ……足りなかったから何個か買ったんだけど一個余ったのよね。」
    「……?」

    事務処理に疎いロージャでも派遣させたフィクサーの人数ぐらいは覚えている筈だが……

    「リンバス・カンパニーの奴、お前も見ただろ?あいつが持ってたアンプルくれたんだよ。」
    「銃も持ってたって言うし、かなりやり手ですよね……あの会社……」
    「……」

    そのお陰で、私は助かったのか。

    「……購入したアンプルの費用は……」
    「ああ、いいのいいの!減ったらまた増やせば良いんだし……ふふふっ」
    「……分かりました。」

    ベッドから降りようとすると、不意にガラムが口を開いた。

    「……お前は……暫く休めよ。仕事は俺らがやっとくから……」
    「……ッ、」

    仕事を奪われる事につい反抗しようとした時だった。

    「……俺はヒースクリフもちょっと休んだ方が良いと思うけどな。」

    グレゴールのその言葉に、私とヒースクリフはそちらを見た。
    グレゴールの隣に立っているマルセルも眉を下げてこちらを見ていた。

    「私もそう思います。……ショックだったでしょう?」
    「……それは……そうだけど……」
    「んじゃ、決まり〜。」

    ロージャが手を叩いた。

    「二人とも、少なくとも三日は休養を取る事。あと、皆今日は帰っても良いよ〜。代表命令だからね〜。」

    ロージャがそれだけ言って去ると、他の者も続々と帰って行った。

    残ったのはグレゴールとヒースクリフとマルセルだけだったが……

    「んじゃ、俺達も行くか……」

    グレゴールはマルセルを連れて行ってしまった。

    「……」

    気まずい沈黙が流れた。

    私はずっとヒースクリフを見ていたが、ヒースクリフはずっと俯いていた。

    今、この間にもヒースクリフは彼にしか分からない煩悶に囚われているのだろう。

    ……そんな彼に掛けてやれる言葉は何だろうか。

    「……貴方は今、何を考えているんだ?」
    「ぇ……?」

    ヒースクリフが面食らったように視線を漂わせた。
    そのまま黙り込んだのを見るに、口に出すのを躊躇っているらしい。

    「……聞かせてくれないか?」

    ヒースクリフはまだ暫くの間は視線を漂わせていたが、やがて決心が付いたようでぽつりぽつりと話し始めた。

    「……俺……元々、裏路地で暮らしてたんだけどさ……そこでも、本当の親に育てられてた訳じゃなくて。俺の事拾ってくれたばあさんが、世話してくれてたんだよ。」
    「……そう、だったのか……」
    「……うん。でも……そのばあさん、死んじまって。」
    「………」
    「そっから、巣に住んでるじいさんに拾われて……結局そのじいさんも死んで、今はあんたに拾われて……だから、さ……不安に、なっちまって……」

    ヒースクリフはベッドに腰掛けて、落ち着かなそうに指を弄っていた。
    その背中は丸かった。

    「……死因は……」
    「……分かんない……ばあさんは、寝たきりで……気付いたら、死んでた。じいさんは老衰だったけど……」
    「……なら、寿命の可能性があるな。」
    「……そう、なのかな……」
    「……もし貴方が二人の死に因果関係を見出しているのなら、私も死ぬ事になるだろうが……そうなるとしたら、私もあと何十年か生きる事になるだろう。」
    「……」

    ヒースクリフが目を丸くしてこちらを見ていた。

    「だから、今悩む必要は無いと……少なくとも私はそう思う。」

    ヒースクリフは黙り込んでいた。

    「……今は、生きている事に喜びを見出すべきではないか?」

    私がいつか死ぬ事実は変えられない。

    だが、それによって貴方が苦しむしかないと言うのなら……
    せめて、死ぬまでの間は幸せにしてやりたいと思った。

    ヒースクリフの体を抱き寄せ、驚いてもぞもぞと動く彼の体を押さえ付けるように強く抱き締めた。

    「……ヒースクリフ。」
    「な、何だよ……?」
    「……私を抱きたいと思うか?」
    「へ?急に何言って……!」
    「答えてくれ。」
    「……いつかは……」
    「なら、休みの内にしよう。」
    「……ええ⁉︎」

    暴れ出す体をそっと解放してやると、ヒースクリフはハッとして声を潜めた。

    「……まだ……まだ、早いって……」
    「だが、私はずっと待っていた。」
    「そ、そんな事言われても……」
    「……駄目か?」
    「……、」

    ヒースクリフは正面を向いたまま目を逸らした。

    「……逆に、本当に良いのかよ……?」
    「ああ。」
    「……でも、なんで急に……」
    「……お互いに生を実感出来る行為だと思っているからだ。」
    「……」
    「……ついでに……デートでもしようか。」
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    gohan_oic_chan

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    なんか色々最悪です
    証明 朝日を浴びた埃がチカチカと光りながら喜ぶように宙に舞うさまを、彼はじっと見つめていた。朝、目が覚めてから暫くの間、掛け布団の端を掴み、抱きしめるような体勢のまま動かずに、アラームが鳴り始めるのを待っていた。
     ティリリリ、ティリリリ、と弱弱しい音と共に、スマートホンが振動し始める。ゆっくりと手だけを布団の中から伸ばし、アラームを止める。何度か吸って吐いてを繰り返してから、俄かに体を起こす。よしっ、と勢いをつけて発した声は掠れており、埃の隙間を縫うように霧散していった。
     廊下に出る。シンクの中に溜まった食器の中、割りばしや冷凍食品も入り混じっているのを見つけると、つまみあげ、近くに落ちていたビニール袋に入れていく。それからトースターの中で黒くなったまま放置されていた食パンを、軽く手を洗ってから取り出して、直接口に咥えた。リビングに入ると、ウォーターサーバーが三台と、開いた形跡のない数社分の新聞紙、それから積み上げられたままの洗濯物に囲まれたまま、電気もつけずに彼女はペンを走らせていた。小さく折り曲げられた背が、猫を思わせるしなやかな曲線を描いていた。
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