悪魔パロ 後日談亡霊や悪魔がオカルトと言うジャンルに一括りにされ、語られるようになった現代にて。
依頼人はとある伝手で知り合った男の紹介を受けて、悪魔祓いに会いにアパートを訪れた。
「さあ、この方に挨拶すると良い。助けになってくれるだろう。」
「初めまして……随分、お若いですね。」
「特殊な生命保険に入っててな。まあ……後は彼に聞くと良い。それで、俺の所に来たって事は悪魔か……魔物関連か?」
「ええ、そうです。近頃、私が管理している空きテナントに若者達が肝試しと称して侵入してましてね……その若者達が変なロボットに襲われたとか言ってまして……」
「……ロボット、か……俺が生まれた時代にはそんな物無かったのにな。」
「……?」
男は一瞬遠くをぼんやりと見つめていたが、徐にこちらに目線を戻した。
「……因みに、特徴はどんな物があるんだ?」
「青いムカデのロボットです。そうとしか、言いようが無いのですが……それも天井までの高さの奴でして。」
「……そいつに、意思はあったか?」
「え?意思?さぁ……私にはちょっと……何せ一度見たきりなので……」
「……なら、その土地か……空きテナントになる前、建物で何か事件はあったか?」
「うーん……私の知る限りでは何も……」
「……なら、持ち込まれたのかもな。」
「持ち込む?どうやって……」
「……悪魔は次元を裂いて移動する。それも一瞬の内にだ。片手に抱えれば出来るだろうな。」
「……どうして、そんな事を……?」
「その辺の話は後でしよう。……ああ、悪魔がなんでそんな事をやるのかって理由は一つだ。人口は増え過ぎちゃいけねえって信条で生きてやがるからだ。」
「……」
「まあ……減らし過ぎてもいけねえから俺が未だに生かされてる訳だな。」
依頼人はどこか不機嫌そうに呟いた男を改めて観察した。
喪服……と言っても良いのだろう。全身を黒い礼装で包み、その上に羽織っている黒いロングコートの裾は所々破けている。
白髪混じりの焦茶色の髪はかなり伸びており、肩に掛ける形で縛られていた。
黄昏色の瞳の下には僅かに皺が刻まれており、髭も少し伸びていたが、それでも若く見えた。
そして……一際異質な物が、彼が座っている椅子の傍らに立て掛けられていた。
「……所で……その棺は……」
「……安心しろ。空っぽだよ。」
「……」
そうではないと目で訴えたが、彼はそれ以上何も語ってくれなかった。
その代わり、椅子から立ち上がると棺に付いたベルトを肩に掛けて言った。
「案内してくれ。すぐ片付ける。」
* * *
辿り着いた建物の例のフロアの窓は破られており、その階だけが酷い有様になっていた、
「ああ……張り替えないと……」
そんな依頼人の嘆きを聞いているのか聞いていないのか、男は無言で建物に向かって歩き始めた。
「あんた達は付いて来ない方が良い。巻き添え喰らうかもしれないからな。」
「……」
「……どうしても付いて来たいってんなら、止めはしないけど。」
男はそう言って返事も待たずにスタスタと歩いて行った。
男は棺だけを背負っており、他には何も持っていないように見える。
一体どうやって追い払ってくれるのだろうと考えながらついて行くと、ついに例のフロアの扉の前に着いた。
男は変わらず両手に何も持たぬまま、扉に手を掛けた。
扉の先には青い電気を纏うムカデが見えた。
とぐろを巻いたまま男に顔を向け、バチバチと威嚇するような音を立てる。
男は扉の中に踏み込むと、どこからか二丁拳銃を取り出した。
片方は白く、片方は黒く、どちらも不思議な模様が刻まれていた。
「……すぅ……ふぅ……」
男は深呼吸をすると……拳銃を構えてムカデを撃ち始めた。
何から何まで不思議な拳銃だった。
金属のような高い音を立てて発射される弾丸は白と黒の軌跡を描き、その軌道には蝶が飛び回っては消えた。
ムカデはその弾丸に貫かれると、その風穴から蝶を飛び散らしながら蠢いた。
男は構わずに少しずつ発砲するスピードを上げ、ムカデが蝶に覆い尽くされる程撃ったが……
「……っ……、」
ある時、がくりと体勢を崩して発砲を止めた。
「っ、大丈夫ですか……?」
「……大丈夫だ。」
男は不機嫌そうに溜め息を吐くと、拳銃を投げ捨て、またしてもどこからかレイピアを取り出した。
それを構えると、男は蝶にまみれたムカデを斬り付け始めた。
ムカデの体は斬り付けられる度に蝶と共にボロボロと崩れ落ちて行き、終わりが近い事が分かった。
男が最後の一撃を入れた時の事だった。
「……!」
最早元の輪郭も殆ど残っていないムカデが悪足掻きをするかのように素早く動き、男の脇腹を抉った。
ボロボロになっていたのが災いして、歪な頭部によって酷い傷になったのが想像出来る。
ムカデは男が刺突を入れて完全に消滅したが、男は剣を支えにどうにか立っている状態だった。
依頼人が駆け寄って止血をしようとハンカチを取り出したが、男はそれを手で制した。
「すぐ治るから大丈夫だ。」
「治るって……」
依頼人がそれでも応急処置をしようと男の脇腹を見てみると、そこには何も無くなっていた。
抉られた傷どころか、服が裂けた跡も残っていない。
まるで最初から何事も無かったかのように、そこには出会った時そのままの男の体があった。
「言っただろ、特殊な生命保険に入ってるって。」
「……貴方は……悪魔と、契約したのですか……?」
「まあ、これを目当てに契約した訳じゃないんだけどな……ただの嫌がらせだよ。」
「……」
一体何があって彼は今こうして生きているのか、その経緯が気になったが男本人に聞く勇気は無かった。
依頼人の眼差しに男はやはりこう答えた。
「……詳しくは彼に聞け。俺はもう疲れた。」
そう言って棺のベルトを掴んで担ぎ直すと、重い足取りで一人部屋を出て行った。
3人で男が住んでいるアパートに戻ると、男は寝室に入って扉を閉めた。
「あまり気を悪くするなよ。機嫌が悪い訳じゃないんだ。必要以上に仲良くしようとしないだけでな。」
「はあ……」
「まあ、確かに付き合いは良くないが……彼なりに理由があっての事だからな。彼は自覚していないのかもしれないが……」
そう言って、男の雇い主は話し始めた。
男は昔、貴族の跡継ぎだった。
だがある日突然、悪魔に没落させられ、その復讐の為に悪魔狩りを始めたのだそうだ。
狩ろうとした悪魔に逆に狩られ、その際に協力を持ち掛けて来た悪魔と契約して……結局その悪魔には不死の呪いを掛けられ、その悪魔も将来狩らなければならない悪魔になったようだった。
「その悪魔は……今、どこに?」
「彼が言うには数十年前に自分を置いて雲隠れしたんだとか。その時神父に扮していたと言うからね、老いずにずっとその土地に居続けたらまずかったんだろうと。」
「悪魔が……神父に、ですか……」
依頼人はそう呟いてから首を傾げた。
「……ちょっと待ってください、それっていつの話なんですか?」
「100年以上は前だろうな。生まれた年はもう忘れたみたいだが……まあ、その……印象深い年を基準に生きてるようだから、俺も詳しくはないが。」
「……」
確かに100歳と言われても納得出来る程の貫禄は持ち合わせている男だった。
「それにしても、あの人もあの人で不老不死で同じ土地に居続ける事は出来なかったんじゃ……?」
「20年ぐらいに一度移動すると言ってたな。魔女狩りとか戦争が多い時代はもっと大変だったってぼやいてたよ。」
「それは……そうでしょうね……」
不意に、男がどこからか武器を取り出した事、そして背負っている棺の謎が思い浮かんだ。
「……そう言えば……拳銃とか剣とかは……非科学的な力で出来てるんでしょうか?」
「少なくとも拳銃に関してはそうだな。あれだけは使った後にかなり疲れてる様子だから……まあ、魔力?とかそんな物を使ってるんじゃないか。」
「……」
「剣は本物みたいだな。だけど……本当にどっからか取り出してるからあれも何かしらはやってるんだろうが……俺にはそれ以上は話してくれないな。」
「じゃあ、背負ってる棺は……?」
「契約した悪魔を入れる為の棺なんだとさ。」
「……」
依頼人にとってはその言葉が今までで一番恐ろしく感じた。
「……さて……流石に一依頼人に話し過ぎたな。これ以上は怒られるからあまり詮索しないでくれ。」
「……分かりました。本日はどうもありがとうございました。」
依頼人は男の事を考えながらすっかり日の暮れた街を歩いていた。
まだ、あの男について分からない事、知りたい事が色々とあった。
だが……きっとあの男も、雇い主もそれを知る事を許してはくれないのだろう。
それが何だか歯痒かった。
「……浮かない顔をしているな。」
「え……?」
声の聞こえた方を見ると、路地裏にテーブルを出し、肘をついてこちらを見ている男が居た。
全体的に黒い格好をしており、テーブルから下げられている札に『占い』と書かれているのを見るに占い師なのだろう。
その男は眼鏡の奥にある緑色の目を細めて微笑んでいた。
「この辺ではあまり見ない顔だ。何か知りたい事があるのではないか?」
「あー……占いは結構ですので……」
そう言ってそそくさと去ろうとしたが、男の言葉に足を止めた。
「悪魔祓いに会いに来たのだろう?それとも会った後か。」
「……」
「……常人離れした男だっただろう?この時代に、あんな力を持つ男が存在しているんだ。……気になる事が多いのではないか?」
「………」
正直な所、この男の言う通りだった。
「……何か……知ってるんですか……?」
「ふむ……まあ、この目で見て得た推測ではあるが……知っていると言えよう。」
「……」
依頼人はゆっくりと男に近付き、促されるがままに椅子に座った。
「あの男……雇い主には穴だらけの説明をされただろう?だから私が補填してやろう。」
「……そんなに、詳しいんですか……?」
「ああ。昔からの付き合いだからな。」
男はニッと笑うと、考え込むように目を閉じ、顎に触れた。
「さて……どこから話そうか……ああ……あの男について語るには悪魔の説明は必要だな。」
「……」
「悪魔が何体も存在している事はお前も知っているだろう?悪魔はかつて人間の数を減らし、また減り過ぎないように調整する役割を持っていた。当時はまだ人口が少なかったから、上手い事調整する必要があったのだ。しかし……その均衡を崩しかねない事件を、狼の悪魔が起こした。その被害者があの男だったのだ。」
「……没落させられたとは、聞きましたね……」
「うむ。あの男は狼の悪魔を殺す為に羊の悪魔と契約した。だが、結局今に至るまで狼の悪魔を殺せずに居る。あの男自身も殺す気は無くなったようだ。殺意を捨てた事こそがあの力の発現のきっかけになったとも言えるがな。」
「……でも、羊の悪魔は殺す気で居るようですけど……」
「はっ……あの小さな棺の事だろう。あれでは自分すらも窮屈で堪らないだろうに……」
そう言って占い師は心底面白そうに笑った。
「そりゃあ、お前の体まで入れる必要は無いからな。」
視界の端に拳銃を捉えた瞬間、黒い弾丸が目の前の占い師に向けて発射された。
だが、占い師はその弾丸を軽く身を動かすだけで避けた。
「そもそもお前と一緒に入る気は無い。」
「私もそのつもりだが。」
「……えっと……」
狼狽える依頼人を背後の男は溜め息を吐いて冷たい目で見下ろした。
「非科学的な物を見た後なんだからもう少し警戒しろ。悪魔が人間に化けないとは限らねえんだぞ。」
「もしかして、この人が……?」
「察しの悪い奴なんかこいつの恰好のエサだぞ。よく覚えとけ。」
依頼人が再び占い師を見てみると、占い師の目は紫色に光り、その頭からは羊の角が生えていた。
「で?何がしたくてのこのこ現れたんだ?」
「腹拵えだ。良い匂いがしたからな。」
「……」
「ほらな。悪魔ってのは獲物を見つけるとどっからともなく虫みてえに沸くんだよ。」
「虫扱いは私一人ぐらい簡単に殺せるようになってからする物だな。」
「……クソッタレが。あのムカデ、どうせお前らが持って来たんだろ。」
「最近人口の増加が目立って来たからな。減らす必要があったのだが……あのムカデは失敗だったな。獲物を取り逃がすから壊されても構わなかった。」
「ゴミ処理なんかさせやがって。」
「ゴミ処理でそんなに疲れているようならまだまだだな。」
そう言って悪魔が巨大な爪で男の額を小突くと、男がよろめいた。
「その力……委員会の悪魔達はまだ観察し甲斐があるとの事だ。もっと磨いておくと良い。」
「クソ……次会った時は必ず殺してやる……」
「楽しみにしておこう。」
悪魔が笑って虚空を引っ掻くと、そこに極才色の裂け目が生じた。
悪魔がその裂け目の中に入って行くと、裂け目はすぐに閉じてその場にはテーブルと椅子だけが残った。
「……はぁ……」
見てみると、男が壁にもたれかかって居た。
「疲れた……」
そのままずるずると壁沿いにその場に座り込むと、男は目を閉じた。
「……え?ちょっと⁉︎」
依頼人は寝息を立て始めた男を、その背中の棺ごと背負って来た道を引き返す事になった。
「……どうだったよ、アイツは。」
「相変わらず相手も見極めずに高慢な態度を取っているようだ。ふむ……まだ暫くは喰えそうにないな。」
「……そうか。」
「……ほっとしているように見えるな。」
「あークソ……あの時喰った魔物の残留思念がまだ残ってんだよ……いつ消えるんだよマジで……」
「私の見立てだとあと60年は残っていそうだな。」
「クソ……魔物も暫く喰えねえし……どうにか消せねえのかよ、これ?」
「いっそぶつけてみてはどうだ?あの男に張り付いていれば自然と魔物を取り込む事にもなるだろう。」
「……一瞬名案に思いかけたじゃねえか。」
「何を言っている?名案だろう?」
顰めっ面をする狼に揶揄うように笑いかける羊の下に心眼の悪魔が現れた。
「彼の能力の熟成の邪魔になると予想されるので接触は控えて頂きたいですね、ヒースクリフ。」
「は?なんで俺なんだよ。ムルソーが言った事だぞ。」
狼の小言は聞こえなかったかのように心眼の悪魔は話し始めた。
「……彼の能力は……今の所二つ発現したようですね。人間の言う七つの大罪に当て嵌めれば色欲、憂鬱です。更に言えば過去、悪魔化した際の姿は暴食だったと言えます。」
「……ほんとに七つの大罪通りに育つと思ってんのか?あんなの人間が作ったルールでしかねえのに。」
「彼もまた人間です。そして……あれは案外核心を突いている物だとファウストは思います。実際に我々悪魔にとっての栄養となり得る物達ですから。」
「はあ……まあ、ムルソーも神父とかやってるしな……未だに。」
「全て芽生えた時に簡単に殺されぬよう、今の内に力を付けておかなければならないからな。」
「でもよ……終わった時にヘロヘロになるっつったって魔物を消せるんだぜ?あんなの育てちまったら俺達でもヤバいんじゃねえのか?実際あいつが悪魔化した時だって全員やられかけただろ。」
「……ファウスト達以外は、ですが。」
「……」
狼が心眼の悪魔を呆れたような目で見つめたが、心眼の悪魔はいつものように涼しい顔で目を閉じていた。
「……まあ……もしこの先我々が消される事になったとしても、行うべき事は変わりません。引き続き、悪魔として節度を守りながら調節を進めてください。」
心眼の悪魔はそれだけを言い残して空間の裂け目に消えていった。
「……」
狼は焦ったそうに溜め息を吐き、頭を掻いていた。
「……全滅させられるのが恐ろしいのか?」
「当たり前だろ……はぁ……俺とあんた達じゃ感覚が違うんだろうけどな。」
「……まあ、仮に私の方が押し負ける時の事を考えると……楽しみだと感じるものの、やはり惜しいと感じる事にはなるだろうな。」
「……それでも……多分、俺とは違うんだよ。あんたの気持ちは……」
「……ふむ……まあ、その時は奪い返された時だと思うのが良いだろうな。」
「……チッ……ほんっと理解出来ねえよ、あんたらの思考……好奇心は猫を殺すって言葉知ってる筈なのに……」
「……皆、刺激に飢えているんだ。長い間生きて来たからこそ、まだ見ぬ物を見たがる。……もしかしたら私は、そんな悪魔達の好奇心から生まれたのかもしれないな。」
「……ほんと他人事だよな、あんた。」
「客観的に解釈しているだけだ。」
このようにして、悪魔と人間の時間は流れていた。
悪魔祓いが悪魔を滅ぼすのか、それとも悪魔祓いの方が悪魔に淘汰されるのか。
その末は心眼の悪魔でさえも見れぬ物だった。
いや……あえて見ようとしていない可能性もあったが。
いずれにせよ、皆がその決着を待ち望んでいるのは確かだった。
見れる物全てを見たがる悪魔達。
呪いから解放され、天国に行く事を願っている悪魔祓い。
その悪魔祓いと結末に恐れを抱き、密かに策略する悪魔。
そして……
「……またあの女の事を思い出したのか?」
「……よく分かりましたね。」
「鏡を見つめているのだから分からない訳がないだろう。」
「……もしも……ファウスト達が天国に到達出来るのなら……全てが崩れ去っても構わない。それだけ価値のある事です。」
「……委員長が役目を放棄しようとするとは。そうなればあの方が黙っていないだろうに……」
「……その時は、貴方が役割を果たす時でしょうね。ウーティス。」
「はぁ……望むのなら今懲罰するが。」
「いえ、結構です。」
天国を夢見る悪魔も、中には存在していた。
悪魔と人間の願いの行く末がどうなるのか、現時点では誰も予測の付かない現状だが……少なくとも、これだけは言えよう。
この世界は素晴らしいと言う事。
人間もまた、甘美であると言う事。
それ故に滅ぼされるべきではないと言う事。
人間の書いたあらゆる本を読んで、人間のあらゆる事を知っている私が言うのだから間違いは無いだろう。
今日も私は自分の時間が止まっても構わないと思う瞬間を待ち望みながら生きていた。
ある意味では、私も心眼の悪魔のように夢を見ているのかもしれない。
聖堂で消されて行く蝋燭の炎を見て、自分の行く末を重ね合わせて胸が焦がれるような気持ちになるのだから。
もしかしたら、グレゴールも……こんなひりつく熱望を感じているのかもしれない。
「……フ……」
それなら、焚き付けなければ。
それが悪魔の役割であるが故。
いつかあの魂を喰らう瞬間を想像しながら……私は空間を裂いて、あの男の下へ向かった。