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    グレムル前提のヒスムル6
    ヒースクリフがずっと泣いてる

    ヒスムル(仮)6私は、彼の背中を見送ってから1時間後、事務所へ向かっていた。

    理由……理由など無い。

    ただ、何もしないで居る事が出来なかっただけだ。

    デスクにはまだ山積みの仕事が残っていた。

    そうだ、私以外はやろうともしないのだから、どちらにせよ私はここに来なければならなかったのだ。

    「あれ?今日休みって……」
    「休む必要が無くなりましたので出勤しました。」
    「……?」

    私は椅子に座り、仕事を手に取った。

    頭が、回らなかった。

    エナジードリンクを飲んで、仕事に向き直る。

    文字の意味を理解するのに時間がかかった。

    どんどん、作業終了予定時間が伸びていった。

    「なんか作業スピード落ちてないか?何かあったのか?」
    「……なあ、ムルソー……まだ終わらないのか?」
    「アレ締切今日までなんだけど……」

    ……煩わしい。

    貴方達はどうせ私の成果無しでは食っていけないのだから黙って私に任せていれば良いのだ。

    「……おい、聞いてるのか?そこ誤字してるって……」
    「……ムルソー……?お前、顔怖いぞ……どうしたんだ……?」

    ……ああ、クソ。

    ガシャン、とキーボードに拳を打ち付けて、立ち上がった。

    「黙っていてもらえますか?」

    空間がしん、と静まり返った。

    「どうせ貴方達は自分が出来る自信が無いのだから黙って私に任せておけば良い。そう、今まで通りに……貴方達は大人しく座っていれば良い。」

    私は椅子に座り直して、滅茶苦茶に打たれた文字を消して、書き直した。

    もう私に意見する者は居なかった。

    ああ、漸く集中出来る。

    そう思ったのに、文章が頭に入ってこなかった。


    出勤して何時間が経っただろうか。

    グレゴールが私のデスクに近づいて来た。

    「お前さん、今日一日休むんじゃ……」
    「……」
    「あいつが大丈夫って言ったのか?」
    「ああ、そうだ。」

    思わず語気を強めてしまった。

    「……嘘だろ。」

    動揺を悟られないように、手を動かし続けた。

    「そんな事言われて昼から出勤するような奴じゃないだろ、お前。あいつが引き摺るタイプだって昨日分かった筈だろ?そんなあいつをほっとく奴じゃないだろ、お前は。」
    「……、」
    「……ムルソー。何やったんだ?」

    誰かが、恐る恐る私達に近付いてくる気配がした。

    「グレゴールさん……ちょっと今はそっとしておいて……」
    「……いつもただ見てるだけのお前が珍しいな?お前らも随分大人しいじゃないか。」
    「なんか今日そいつ気が立ってるんだよ。ほっとけよ……」
    「……」

    グレゴールが、顔を寄せて来た。

    「……あいつ、どうしたんだ?」
    「……」
    「……家出てったのか?だからここに……」

    私は、意地でも画面から目を離さなかった。

    「……チッ……あーくそ……!」

    グレゴールは苛立ったような駆け足でここを出て行った。

    その足音が、ヒースクリフとそっくりで。

    「……は……」

    思わず、振り向いてしまった。

    彼はもう、見えなくなっていた。

    胸の中を、何かが蝕んでいるような感覚がして、それをこれ以上自覚しないように仕事に向き直った。



    グレゴールは仕事が終わると巣のあちこちを歩き回ってヒースクリフを探していた。
    恐らく裏路地には行っていないだろう。

    「……流石にキツイな……あいつに手伝ってもらおうか……?」

    グレゴールが諦めかけていた時の事だった。

    建物の間、その狭い隙間に何かが見えた気がした。

    過ぎた道を戻って目を凝らして見てみると、建物の裏に路地が広がっており、そこにヒースクリフが居た。

    「ヒースクリフ!」

    ヒースクリフはあの時のように座って顔を伏せていた。

    建物の隙間をどうにか通り抜けてヒースクリフに駆け寄った。

    「はぁ……探したんだぞ、お前さん……」

    ヒースクリフは黙ったまま額を腕に擦り付けた。

    「……なんか食うか?腹減ったろ。あー……チキンでも食うか?それともパイが良いか?」

    ヒースクリフは首を横に振った。

    「……じゃあ俺だけ買ってお前さんの隣で食うぞ。それでも良いのか?」
    「……ほっとけよ……」
    「……はぁ……」

    子供じみた強がりにグレゴールは溜め息をついた。

    「お前さん……ここでずっとこうしてるつもりか?死ぬまで?」
    「……あんたには関係無いだろ……」
    「……」

    グレゴールは深い溜め息を吐いてヒースクリフの隣に座った。

    「……お前さんを見てると昔の俺を思い出すよ。そうやって塞ぎ込む所とかほんと俺そっくりだ。」
    「……あんたの昔とか知らねぇよ。」
    「はいはい。これからみっちり話してやるからちゃ〜んと聞いとけよ。」

    グレゴールは右腕を動かしてヒースクリフの耳を摘んだ。
    ヒースクリフが泣き腫らした目でこちらを睨みつけて来るのを見て笑った後、耳を離してアームをカシャカシャと鳴らした。

    「俺の右腕な。切断したんだよ。肩からザックリ。」
    「……」
    「知ってるか?再生アンプルの値段。この義手の2倍なんだよ。……うちは貧乏だったから傷口埋めて義手付けた方が安かったんだ。」

    ヒースクリフは暫く俯いていたが、いつの間にか右腕に視線を移していた。

    「そんで、学校でいじられてさぁ……皆良いとこ生まれだから貧乏な俺が面白かったんだろうさ。」
    「……クズども。」
    「そう言ってくれるとなんか嬉しいよ。実際仕方無い事だって割り切れる程俺も大人じゃなかったからな。悔しかったよ。ただ金が無いから義手を選んだだけなのになんで追い打ちかけられなきゃならないんだって。」

    ヒースクリフは少しだけ顔を上げてグレゴールを見ていた。
    グレゴールは巣の光に照らされる夜空を見上げていた。

    「その時にフィクサー達が色んな武器持って煙戦争に向かってくの見てさ……あの武器を腕に付け替えられたら、仕事に繋がるって思ったんだよ。仕事に出来れば親孝行も出来るしさ。」
    「……」
    「どの武器なら腕に付けられるか、とか、どの武器ならカッコよく見えるか、とか……ノートに描いてたやつが今これになったんだよ。」

    ヒースクリフはそれを聞き終えると目を見開いて義手を見つめた。

    「一人で作ったんじゃないぞ?色んな人に手伝って、教えてもらって完成したんだよ。」
    「……」
    「……だから、さ。そんなに難しく考えなくたって良いんだって言いたかったんだ。人生の先輩として。」

    ヒースクリフは泣きそうな顔をして、顔を背けた。

    「……何だよ……」
    「何が?」
    「……先輩ヅラ、しやがって……」

    ヒースクリフはそう言うなりしゃくり上げて泣き始めてしまった。

    「……えっと……とりあえず何か買ってくるか。ゆっくりと……」

    グレゴールはのそりと立ち上がって道を歩いていった。

    (……こりゃ暫く泣くだろうなぁ……)

    こんな時の最善な行動は放っておく事だ。
    一人で思いっきり泣かせれば少しはスッキリするだろう。

    (……にしてもあいつ……ほんと何言ったんだ……?)



    叩いて、振り下ろして、倒して、潰して、潰して、潰す。

    いつもより荒さが目立っているのは自分でも分かっていた。

    「はぁ……はあ……ふぅ……」

    呼吸が苦しい。

    これでたったの一件だと言うのに、私の体は悲鳴を上げているようだった。

    柄を地面に突き立てて、縋り付くようにして立って、息を整える。

    『どうせ俺が居なくなったって何にも変わらないくせに。』

    は、と息が詰まる。

    『……もう……俺の先、行かないでくれよ……惨めなんだよ……もう……振り向かれるの、やなんだよ……』

    『……なん、だよ……俺の親じゃ、ないくせに……』

    「……私は……」

    どうすれば、良かったんだ……?

    私は、出来る限り貴方のしたいようにさせようとした。

    その機会を与えない理由も無かったから。

    貴方の反応が、見ていて面白かったから。

    貴方が、出迎えてくれるのが嬉しかったから。

    私は……



    「……なあ、ムルソーに何言われたんだ?」

    ヒースクリフはその言葉にチキンを頬張る口を止めた。

    「……あの人が悪い訳じゃねえよ。ただ……俺が、癇癪起こしただけだ。」
    「癇癪?」
    「……子供っぽいって……分かりきってる事言われて、泣いて、怒鳴り散らしたんだよ。」
    「……あぁ……」

    グレゴールが頭に手をやって呻いた。

    「あいつほんっと……人の嫌なとこ突くから……」
    「……事実なんだから、あの人は悪くねえよ。俺が……こんなんだから、ダメなんだ……」
    「いや、これに関してはあいつも悪いよ。お前さん、割と傷付いたろ?」
    「……」

    否定出来ないヒースクリフは黙る事しか出来なかった。

    「……それよりもよ……なんで俺の事探しに来たんだ?ムルソーに頼まれたのか……?」
    「……ああ……うん……そうだよ。家の鍵渡さなきゃって言ってたな……」
    「……」

    グレゴールが妙に視線を泳がせて言葉のテンポを崩し始めた。

    「ただ今鍵貰ってなくてな……一旦俺ん家来ないか?」
    「……」
    「……ヒースクリフ?」
    「……本当に、探してんのか?」

    グレゴールは口を噤んだ。

    「……探してないんだろ。俺の事。」
    「……っ、確かにそうだけど……でも、あいつも忙しいから探せないんであって本当は……、」
    「……出て行く前に、家に帰るって言ってあったんだよ。」
    「……なんで、またそんな……」
    「……良かったよ。行く場所さえ言っておけば探しに来ないって分かって。」

    ヒースクリフは食べ終わった骨を箱に放って立ち上がった。

    「……俺の事、ムルソーに言ったら殺してやる。」
    「……やれるもんならな。」

    ヒースクリフは灯りの少ない路地へ歩いて行った。



    家に帰って鏡を見てみると、血塗れだった。

    服も、靴も、顔も。

    「……」

    面倒臭いな。

    水に濡らしたティッシュで顔を拭いて、服を脱いでそのままベッドに入った。

    どうせ明日も仕事なのだから。

    ……ああそうだ。

    久しぶりにグレゴールに抱かれようか。

    何も無い時間が苦痛で仕方が無いから。

    そう思った時だった。

    カツ、カツ、カツ。

    今日、二度も聞いた音が、頭を過った。

    「……ぁ……」

    ……ああ、そうだった。

    私は、一日に二人から見放されたのだった。

    「……私は……クズに、なれたのか?」

    その問いかけに答える者は誰も居なかった。


    朝起きると留守電が入っていた。

    『とりあえずヒースクリフ見つけたけどすぐどっか行った事は言っとく。……話したら殺すって言われたけどな。』

    私は、事務所に向かう支度をした。

    何も感じなかった。

    何も考えなかった。

    それ以上を聞こうとすらも思わなかった。

    これは彼が選択した事なのだ。
    今更私がどうする事も出来ないだろう。

    そう思っていた。


    「あいつ、お前に探してもらえるのを期待してるんじゃないのか?」

    グレゴールが階段でわざわざ私を引き留めてそう言い出した時、私は少し驚いた。

    「……ヒースクリフを心配しているのか?」
    「そりゃそうだろ。まだあいつは子供だ。それなのに恨み買ってそうだからな。」
    「……彼は……きっとこれから家に帰るのだろう。止める権利は私達には無い。貴方も分かっている筈だ。」
    「……お前……良いのか、それで。」
    「……私達にはやる事がある。そうだろう、グレゴール。」

    グレゴールは歩き出した私の腕を掴んで引き寄せた。

    「あいつ、家に帰るつもり無いぞ……このまま巣をうろついて野垂れ死ぬかもしれないんだぞ⁉︎」
    「……」
    「お前ら、お互い傷つけ合ってそのまま別れる気か⁉︎お前は本当にそれで良いのか⁉︎」
    「私にどうしろと言うんだ⁉︎」

    ぎょっとしたグレゴールの首を掴んで壁に叩き付ける。

    「私がいくらヒースクリフに気を配ろうとも、探して見つけたとしても結局何の意味も成さない事を私は知っている!彼が怒って、また私の前から消えて、それで終わりだ!私が何を言っても彼が苦しみ続ける事は確かなんだ!それなら、いっそお互いの知らない所で生きていた方が私の為にも、彼の為にもなるんだ‼︎」
    「……でも、あいつはお前に迎えに来てほしいって思ってるんだぞ……?それをほっといて解決したような気になったらそれこそ最悪だってお前も分かってるだろ⁉︎」
    「……それでも良い。」
    「お前……!」
    「……もう、疲れたんだ。理解出来ない事を考える事にも、彼が泣く所を見る事にも……もう、うんざりだ。」

    私はもう、解決出来ない物を目の前にするのが嫌だった。

    「……もう考えさせないでくれ。私に出来る事は無い。彼の薬にはなれない。貴方も分かっているだろう?」
    「……」
    「……この話はもう終わりにしよう。」
    「……なら……」

    グレゴールは私の腕から右腕を離す代わりに左手を差し出した。

    「鍵、貸せよ。お前の代わりに探すから。」
    「……」

    グレゴールは私を睨みつけていた。

    私は……



    ……腹が減った。

    喉もカラカラだった。

    ヒースクリフはあの日のベンチに寝転がって、空を見ていた。

    他に行く所も、用事も無いからと、眠っているムルソーを守るように側で座っていたあの日の事を思い出していた。

    『……見張って、くれていたのですか?』
    『別に……一人で寝るの不安だっただけだし……つーか、逆に俺がやるって思わないのか?』
    『……考えもしませんでした。』
    『……やっぱあんた、不用心過ぎるよ。』

    ヒースクリフが呆れてそう言った時、不意に空腹を訴えるように腹が鳴った。

    『……良ければ、一緒に朝食を食べませんか?』
    『え?……でも……』

    そう言いかけて、突発的な嘘を思い付いた。

    『あ、あれ……財布無い……』
    『……不用心なのは貴方だったようですね。』
    『……』
    『……では、私が奢りましょう。見守って頂いたお礼です。』

    言葉の割には口角も上げないムルソーに戸惑いと罪悪感を覚えながら、ヒースクリフは朝食を奢ってもらった。

    「……」

    星は涙を流してはくれなかった。
    代わりにヒースクリフの目尻を涙が伝った。

    何も出来ない自分に嫌気が差した。

    ムルソーに、人に養ってもらう事しか出来ない自分が。

    すぐ癇癪を起こす自分が。

    馬鹿な自分が。

    「……」

    ……もう、諦めよう。

    自分は何にもなれないのだから。

    なる理由も意味も無いのだから。

    どこにも帰れないのだから。

    ヒースクリフは涙を拭って立ち上がり、夜道を歩き出した。

    「……、」

    すん、と鼻を啜る。

    (……俺はいつも、何も考えずにとりあえずその場から逃げてた。)

    逃げた後の事も、逃げる意味も、何も考えていなかった。

    これ以上傷付くのは避けたかったから。

    結局理由を考えた所で、後付けの理由にしかならなかったのだ。

    だから、きっと。

    (連れ戻してほしかったからとか、こんな理由じゃなかったんだ。……何の意味も無かったんだ。)

    自分の家族が探しているか探していないかなんて知らない。
    どっちでも良い。

    だって俺はあんな家に帰りたくないんだから。

    俺が帰りたいのは……

    「……」

    ……やめよう。

    諦めるって決めたじゃないか。

    だって、俺は……

    「……くそ……っ、」

    もう枯れても良い頃合いだと言うのに、涙は馬鹿みたいに溢れてきた。

    すぐ怒って、すぐ泣いて、勉強も嫌いで、字が汚くて、馬鹿で、敬語が使えなくて、生意気で、すぐ喧嘩して、迷惑かけて、子供みたいな俺を許してくれるのはムルソーだけだった。

    ムルソーだけではない、グレゴールもそうだ。

    二人ともヒースクリフに歩み寄って、ヒースクリフの好きなようにさせてくれた。

    グレゴールはヒースクリフを探してくれた。

    ムルソーはヒースクリフを理解しようとしてくれた。

    ヒースクリフは、そんな二人に甘えていたのだ。

    例え強がっても、恥ずかしくて嫌がるフリをしても、居心地が良かったから。

    「……」

    涙を拭って、ヒースクリフは後ろを向いた。

    ……最後に、我儘を言ってやりたくなった。

    ヒースクリフは事務所に向かって歩き始めた。

    なんとなく、事務所に居るような気がした。



    仕事は増え続けた。
    私が増やした。

    書類の山が減って行くのが怖くて、底をついた時、帰らなければならなくなるのが怖くて。

    他の人間から無理矢理仕事を奪って、山を高くした。

    これからもまた増えるだろう。

    それで良かった。

    空っぽのあの家に、慣れるのには時間がかかるような気がしたから。

    元々空っぽだったのに。
    戻っただけに過ぎないのに。

    ……いや、違う。

    グレゴールも……きっと私から離れて行くのだから、あの家は空っぽになったのだ。

    (……孤独、か。)

    人生の中で何度か言われた言葉だった。

    ドンキホーテも、きっと私の事をそう思っているのだろう。

    だからこそ連帯したがったのだ。

    そう思うと胸の内が何か沸き立っているように感じたが、今の状態では何を思える訳も無かった。

    ……私はただ、仕事にしがみついて、隙間を埋めているだけだ。

    多少雑念が生じても、深く考える事から逃げる事は出来るのだから。

    「……あと、37時間程か。」

    完了予定時間が10時間を切ったら、また増やさなければならない。

    何も考える余地が出来ないように。

    その時、オフィスの入り口の扉が開く音が聞こえてきた。

    恐らくグレゴールだろう。

    今の私にとっては何の関係も無い。

    「……探しに来てくれないのかよ。」

    思わず、手が止まってしまった。

    「つくづく酷い奴だな、あんた。」

    足音が、近付いてくる。

    ……やめろ、やめてくれ。

    「……オッサンに頼むくらい、してくれても良かったじゃねえかよ。」

    だって、貴方が……

    「……ずっと、待ってたのに……」

    それなら、どうして……

    「……何とか言ったらどうなんだよ⁉︎」

    声が、出なかった。

    それ以前に、何を答えれば良いのかも分からなかった。

    (……あ……)

    涙が、溢れた。

    そんな時に、ヒースクリフがこちらへ近付いてきているのが分かって。

    「……ぅ、あ……」
    「……⁉︎」

    顔を覗き込んできたヒースクリフが驚いた顔をしているのが見えた。

    「……え……な、なんで……泣いて……」
    「……っう……ぅう……!」

    限界が来て、顔を覆ってデスクに突っ伏して泣いた。

    自分でも、何故自分が泣いているのか分からなかった。

    ただ、苦しかった。

    「……っ、そう言うの、やめろって……もうティッシュ無いんだよ……」

    ズビズビと鼻を啜る音が響いた。

    かく言う私も鼻を啜っていたのだが。

    湿り切った手袋で涙を拭ってヒースクリフを見上げてみると、唇まで垂れた鼻水をどうする事も出来ずに泣きながら悶えている所だった。

    「……ふ、ふっ……」

    袖で拭えば良いものを、思いきって出来ずに居るヒースクリフが面白かった。

    「〜〜〜ッ!何笑って、ぅ、」

    ヒースクリフが口を開いた瞬間に一気に鼻水が流れて口に入った。

    「ぅ"ぅ"〜〜ッ‼︎‼︎クソッ‼︎」

    ヒースクリフは獣のような唸り声を上げて周りにティッシュが無いか探しに行った。

    (……ああ……)

    彼が、戻ってきた。

    予測の出来ない嵐のような彼が。

    彼にとっては意趣返しのつもりだったのかもしれないが、私にとっては嬉しい事だった。

    「ヒース、クリフ。」

    ティッシュを持って戻ってきたヒースクリフにそっと手を伸ばすと、ヒースクリフは私にティッシュを差し出したが、私はヒースクリフの首の後ろに手を回して抱き寄せた。

    「なっ……」
    「……ありがとう。」
    「……何がだよ……」
    「帰ってきて、くれて。」

    ヒースクリフが息を詰まらせる音が聞こえた。
    髪を撫でていると、ヒースクリフの体が震え始めた。

    「……探しにきて、くれなかったくせに……」
    「……すまない。」
    「……家、ちゃんと戸締りしやがって……」
    「……帰ろうとしていたのか?」
    「……ん……、」

    ヒースクリフは肩に顔を埋めながらこくりと頷いた。

    「……もしかしたら、鍵開けて、待ってくれてるかもって……帰って、謝ろうかなって……思ってたのに……」
    「……それは……すまない……本当に、家に帰るつもりだと思っていたんだ……」
    「何だよ、それ……」
    「う、」

    強めに背中を殴られた。

    「俺の言った事鵜呑みにしやがって……」
    「っ……」

    そのまま断続的に背中を殴られる。

    「っ……う、俺の、家も……帰ろうとしたら、締め出されてたんだよ……ドア叩いても、誰も出なくて……家の明かり、ついてんのに……」
    「……、」
    「同じ事、されたのかと思って……ぅ……」
    「……本当に、すまない……」

    どうやら本当にまずい事を重ねてしまったらしい。
    むしろこれが一番堪えたのかもしれない。

    その証拠と言うべきか、ヒースクリフがしゃくり上げ始めた。

    「すまない……今度、合鍵を作るから……予備も玄関の近くに置いておこう。」
    「何だよ予備って……また俺が家出するみたいな言い方じゃねえかよ……」
    「……そんな気がするから。」
    「……」

    ヒースクリフはこれ以上反論する事は無かった。

    きっと自分自身が一番分かっているのだろう。

    自分の欠点であれば、尚更……

    「……次、探しに来なかったら……顔殴ってやる……」
    「分かった。満足するまで殴って良い。」
    「……約束だからな。」
    「ああ。約束だ。」

    背中を軽く叩いて体を離すと、ヒースクリフの腹から音が鳴った。

    「……腹減った。」
    「……そう言えば、いつから食べていないんだ?」
    「この前オッサンにチキン貰って……その前と後は、何も食ってない……」
    「……後で一緒に食べに行こう。後少しで終わらせる。」

    先程よりも頭が冴えていた。
    まだグレゴールとの諍いは治っていないが、今はヒースクリフを優先したかった。

    何となく、グレゴールとはすぐに関係の修復が出来るような気がした。

    今の私であれば、出来るような気がした。
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