寝起き/事後/体調不良雪村は竹之内のマンションで同棲中を始めた。
「……ん」
ベッドの中で寝返りをうつ。すると隣にいたはずの温もりが消えていた。
(あれ?)
目を開けてみるけど部屋の中に姿はない。シーツに手をあててみるとまだ温かい。ついさっきまでいたようだ。トイレかな? それともシャワーでも浴びてるのかも。そう思ってもう一度目を閉じる。
少ししてまた寝返りを打つと今度は背中から抱きつかれた。首筋に息がかかる。そしてうなじ辺りにキスされる感触があった。そのまま舌先で舐められる。ゾクッとした感覚が身体を走る。
「ちょっ……」
慌てて振り向くとそこには裸のままの竹之内がいた。
「何やってんだよ?」
「おはよう」
爽やかな笑顔を浮かべる竹之内。俺は上半身を起こしたまま呆然としていた。なんなんだ一体……
「腹が空いたな」
時計を見るともう夕方近い時間だった。確かに空いてるといえば空いている。昨日は朝方までヤってたしな。思い出した途端恥ずかしくなる。顔が熱い。
竹之内は俺の隣に座って髪を撫でてきた。その手つきはとても優しい。気持ちよくて思わず目を閉じてしまう。頭を引き寄せられて唇を重ねられた。軽く触れるだけの口づけだ。
それから頬や耳にも優しく触れてくる。まるで愛しいものに触れるような仕草だ。こういうところは本当にずるいと思う。こんな風にされて嬉しくないわけがない。胸の奥がきゅっと締め付けられる感じがする。
「どうしたんだ?」
黙っていると不思議そうな顔をされた。
「別になんでもねーよ」
照れ隠しもあってぶっきらぼうな態度になってしまう。だけどそんな態度すら許してくれるみたいに微笑んでくる。それが余計に悔しくてさらにそっぽを向いてしまう。
「腹が空かないか」
「……」
無視していると竹之内の手が伸びてきて顎を掴まれた。強引に正面に向けられるとじっと見つめられる。見透かすように瞳を見据えられドキッとする。
「食欲よりも性欲の方が強いのか?」
「ちげぇ!」
反射的に否定してしまった。しまったと思った時には遅かった。竹之内の顔が輝いていた。
「遠慮はいらない」
「だから違―――んぅ!?︎」
反論しようとしたら口を塞がれてしまった。しかもいきなり深いキスをしてくる。抵抗しようとするけど力が入らない。結局押し倒されてしまった。
「ん……ふぁ……」
舌先を強く吸われる度に甘い痺れが広がる。頭がボーッとしてきて何も考えられなくなる。キスだけでイってしまいそうだ。
ようやく解放された頃にはすっかり息が上がり身体中から力が抜けていた。
「これで分かっただろう?」
勝ち誇った表情の竹之内。ムカつく!
「この野郎……」
睨みつけてみたところで効果はない。むしろ楽しげに見下ろされているだけだ。なんか負けた気がして悔しい。ベッドの上で大の字になる。身体中にダルさが残っていた。腰のあたりは特に重い。昨夜は何度もヤられたせいで体力の限界だった。正直このまま眠っていたい気分だ。
竹之内の奴はまだ余裕がありそうだった。こっちはもうヘトヘトだってのに…… 竹之内の視線を感じる。でも俺は目を閉じたまま動かないでいた。するとベッドのスプリングが軋む音が聞こえた。気配を感じて薄目を開けてみると竹之内と目が合った。そのまま覆い被さってくる。
「おい……」
文句を言う前にキスで言葉を封じられた。舌先が侵入してきて口内をかき回される。舌と舌とが絡み合う感触が気持ちいい。頭の芯まで溶けてしまいそうになる。「……っ」
舌先で上顎の裏辺りを舐められると身体がビクッと震える。そのまま歯列の裏側もなぞられるとゾワっとした感覚に襲われる。
(やばい……)
これ以上されるとまたヤりたくなってしまう。俺は慌てて竹之内を押し退けようとした。でも力では敵わない。逆に手を取られてしまう。そのまま指先にキスされた。
「まだ足りないのか」
「違う!」
「遠慮はいらないと言ったはずだが?」
「そういう意味じゃない!」
必死に抵抗するけど竹之内には通用しない。あっという間に組み伏せられてしまう。
「ちょっ……待てって」
「待たない」
「マジかよ」
「嫌なのか」
竹之内がじっと見下ろしてくる。その目は真剣だった。
「わ………わかった。飯食おう、飯」
「ああ」
竹之内はあっさりと引き下がった。ホッとしたような残念なような複雑な気持ちだった。
「じゃあシャワー浴びてこい」
「お前は?」
「後で入る」
竹之内は服を着始めた。俺も慌てて服を探す。
「一緒に入るか?」
「一人で入れ!」
「照れることはない」
「うるせー。早く行け」
竹之内は上機嫌だった。何がそんなに楽しいのか理解できない。
竹之内が部屋を出て行くと俺は大きくため息をついた。それから気怠い体を引きずって風呂場に向かう。
脱衣所で服を脱ぐと鏡に映った自分の姿が目に入った。改めて見ると酷い有様だ。全身に赤い跡がついている。首筋や胸元だけならともかく太腿の内側にまでつけられているのだから始末に負えない。
竹之内は独占欲が強い方だと思う。いつもしつこく跡を残そうとする。まあ、オキナガだからすぐ消えるんだけど。
浴室に入ると湯船に浸かる。少し熱めのお湯が気持ちよかった。
竹之内は俺のことをよく知っている。どこをどう攻めれば感じるのか知り尽くしている。おかげで最近は声を抑えるのが難しくなってきた。初めて抱かれた時は痛いだけだったはずなのに今は快感の方が勝っている。最初はあんなにキツかった場所が今ではすっかり柔らかくなって、竹之内のものを受け入れることに慣れてしまった。
こんな身体に変えられてしまって、悔しいけど嬉しいと思ってしまう自分がいる。
「ん……」
昨夜のことを思い出していたら身体の奥が疼き出した。散々弄られたせいだろうか。奥の方がまだジンジンする。
「クソ……」
腹立たしいことに身体の方はすっかり期待して準備万端になっている。このまま放っておくのも辛い。俺は仕方なく自分で慰めることにした。
「ふぅ……」
風呂の中で、ゆっくりと指先を沈めていく。中はトロトロになっていた。昨夜の名残だ。
「……ん……」
軽く抜き差ししてみる。それだけで身体の芯に火がついた。もっと刺激が欲しい。
俺は右手で竿をしごいた。同時に先端を刺激する。
「……ぁ……は……っ」
すぐにでもイってしまいそうだ。でももう少し我慢したい。俺は根元を押さえて射精感に耐えた。
「……っ……」
しばらくすると落ち着いてきた。呼吸を整えながら中から指を抜く。
「はあ……」
一仕事終えた気分だ。
「何をやってるんだ?」
突然背後で竹之内の声がした。振り返ると竹之内が立っていた。
「うわっ」
俺は慌てて浴槽の中に身を隠した。見られた? まさか…… 心臓がバクバク鳴っていた。落ち着け。大丈夫。バレてない。
竹之内は怪しげな表情を浮かべていた。
まずい…… これは完全に疑われてる。
俺は平静を装いながら口を開いた。「別になんでもねーよ」
すると竹之内が近づいてきてキスしてきた。舌先が入ってくると思わず腰を引いてしまった。
「んっ……ちょ……ちょっと待て」
竹之内がムッとする顔が見えた。
「なんだ。またしたいのか」
「違ぇ!」
慌てて否定したけど無駄だった。
「違うわけないだろう?」
「あっ……こら……触るな」
キスされて力が抜けてしまう。そのまま押し倒されそうになったところで我に返った。
「も、もう上がる!!」慌てて立ち上がると浴室を出た。タオルで体を拭いて服を着て逃げるように部屋に戻った。
ベッドに倒れ込む。頭まで布団を被って目を閉じた。
ヤバい……マジでやばい。
何がって竹之内とのことだ。
あいつは俺のことが好きらしい。それはいいとして問題は俺自身だった。
俺も竹之内のことが好きだということだ。
いつの間にか好きになってたなんて笑える。
竹之内以外の男に抱かれるなんて嫌だと気づいてしまった。それに竹之内が他の女を抱くのも。
「あ〜〜」
枕を抱え込んでゴロンゴロン転がった。どうしよう。
好きだって言った方がいいのかな。
いやいや、そんなの無理だろ。
だいたいなんであんな奴のことが好きなんだよ。
ああ、クソ! 自分の気持ちがよくわからない。
とりあえず竹之内には気づかれたくない。
俺は必死に言い訳を考えた。自分に対する言い訳を。
あー、そういえば、ちょっと頭が痛いかも。熱があるかもしんねぇ。
体調が悪いせいで思考がおかしくなってるんだ。そういう事にしておこう。
「……飯食いに行くか」
食欲はないんだけど、何か食べないと不自然だよな。
俺は重い体を引きずってリビングに向かった。
【終】