師弟が二人で写真を撮る話マッカチンが走り始めたので僕もそれを追った。砂浜に足を取られていつも通りには走れない。背後には僕たちを追いかけてくるヴィクトルの気配。
マッカチンは走って行って、追いかける僕との距離はどんどん離れていく。
代わりに背後の気配はどんどん近づいてきて振り返ると数メートル後ろにヴィクトルが右手を伸ばして追いかけてくる。
夏にはまだ少し早い入道雲と青い空。
追いついたヴィクトルが僕の手首をつかんだ拍子にバランスを崩して砂に足を取られ転びそうになった。
ヴィクトルはそんな僕を力強く引き寄せた。
勢いよく二人で砂浜に倒れこんだけどヴィクトルがわざと下敷きになったから僕は何ともなかった。
息を弾ませながら…少しずつ呼吸を整え、僕たちは寝ころんだまま寄せては返す波をぼんやりと眺めていた。
潮の香りと潮騒と浜には僕たちだけで、いつもの海にいるはずなのに神妙な気持ちになってしまう。
「足は…痛いところはない?」
「あ…重いよね」
ヴィクトルの上に乗る形になっていた僕は慌ててどけようとした
「いいよそのままで」
マッカチンは僕たちの近くに寄ってきて、様子をうかがったあと少し離れたところで座って目を閉じた。
ヴィクトルの心音が聞こえる。
緩慢な潮の満ち引きに、このまま時が止まってしまいそうな気がした。
「のんびりした気持ちになるね…帰って温泉に入ったら最高」
「うん」
「長谷津はいいところだね」
「うん」
僕は長谷津を良いと思っていただろうか。
渡米前の長谷津と同じはずなのに、ヴィクトルを通して見る長谷津は僕が思っていたより広々として居心地がよく、呼吸が随分と楽だった。
「一緒に写真撮ろうか」
「うん」
頭の中の遠いところでヴィクトルの声が聞こえる。
「記念写真、いいよ」
胸の奥のよどんだ感情が頭をもたげたのが分かった。
僕は呼吸が浅くなったのを自覚しながらどうにかその記憶を遠ざけようとした。
ヴィクトルがポンポンと僕の頭を撫でる。
ヴィクトルの存在はずっと遠くにあったことを改めて思い返していた。
近づきたいとずっと思っていた。こちらを見てほしかった。気づいてほしかった。
スケートの話をしたり、一緒に滑ったり。
それはどんなに楽しいことだろうかと何度も思った。
いつか表彰台の隣に立ちたいと。
いろんな記憶がごちゃまぜになってヴィクトルの胸に顔をうずめ僕は動けずにいた。
心音が規則正しいリズムを刻む。
僕たちは今紙一枚の隙間もないほど近くにいる。
スケートの話をして一緒に滑るのが当たり前の日常。
喉の奥で涙の味がした
こぼれてしまいそうな涙を一生懸命こらえていたら鼻水が出そうになった。
ずっと鼻をすすると
ヴィクトルがまたポンポンと僕の頭を撫でる。
海で二人で撮った写真は
楽しそうなヴィクトルとちょっと目が赤くなってる僕。
見返す度、少し照れくさいような優しい気持ちになる…大切な一枚になった。