「何でそうだらしの無い格好をするんだ」
いかにも金持然とした物言いに嘲笑が半分、向こうから気を回すなんて珍しいと困惑が半分ぐるりとスティールで混ぜられる。既に彼の腕によって美味しくいただいたものが腹にあったのでそれを飲み干すのに時間がかかってしまった。
素面のディルックは一時の逡巡も待たずそれだと手で促す有様だ。顎でないだけ喜ぶべきだろうか?
微かな苛立ちに急かされガイアはフンと鼻で笑う。
「そう見つめるなよ。生憎、普通に売ってるものでは中々体に合わなくてな。ほら、身長はあるのに腰は高くて細いだろ?悩ましいぜ」
「オーダーすれば良いだろう」
「お前なあ...礼服はきちんとあるけれど、全部そんなことできるほど騎士団は払が良くないのでね」
「どうだか。君の今月呑んだ領収と見比べればそう大差ないんじゃないか」
酒嫌いな彼にとってその思考は極当然だと理解できるが、ワイナリーの主人から聞くに心地良いかは賛同しかねる。何よりガイアの心を曇らせるのはディルックが立場を違わずきちんと役職をこなす人間であるにも関わらず、己の義弟にはそれを担わないところだ。
「相変わらず愉快な旦那様。見るに堪えないなら謝るが」
ガイアが気取ったように襟を摘んだ瞬間ディルックは深い赤眼をここぞと上げた。
「それだ。好きで着てるんだろ。良い大人が言い訳せず身嗜みぐらいきちんと整えたらどうだ」
「どうした。久しぶりの会話だったらそろそろ休めないと筋肉痛になるぞ?」
仕事と愛し合うのもほどほどになと言うとお開きとばかりに席を立つ。面白くない話は例え彼のお気に入りでもそんなに堪えられる性分じゃないのだ。しかしディルックも会話の途中で袖にされて黙っていられる質ではなかった。素早く腕を伸ばし、テーブル越しに彼の肩を掴んで寄せた。
そう、掴むだけでなくそのまま自身の筋力で引いたのだ。
口を出してしまうほど絶妙な塩梅で留められていたシャツの第3ボタンがプツリと音を立ててどこかに転がっていった。
二人が驚いて消えた先を目で追う。見届けるとガイアはいち早く眼を尖らせた。
肩に伸びた手を掠め取るように今度はディルックを自分に引き寄せる。
「人の格好にとやかく言うなんて紳士じゃないな」
指先から、はだけた胸元まで冷気を纏わせ不器用に怒りを表す。
カウンターを挟んで温度を違った空気が渦巻いていく。もう一方の手で撫でるように首から頭へと髪の中に差し込めばオーナーの目が微かに細められた。その赤色に違わず熱く茹だった体に多少の反抗など心地よいだけだと、自分自身それを覚えてしまったのだから冗談にもならない。
豊かなで触りの良い髪に指を滑らせ、留め具をブツリと切った。
向こうの床に高級そうな小さなカメオの落ちる音がした後、高く結い上げていた髪が兄の端正な輪郭を柔らかく縁取り少しだけ面白い顔を浮かび上がらせた。