気づかなかっただけで好きだった!「なんでだよおーーー!!!」
暦は机に伏せてわっと喚き出した。
毎回のことである。ランガは暦の背中をそっと撫でてやった。
「スケート優先でいいって言ってくれたのに! いつもそうだ!」
ビール缶のプルタブを開けて、勢いよく飲み干す。一気飲みは危ないけれど、それくらいしないとやってられないんだろうなと思うとランガは止めなかった。それに、どうしようもなく酔った暦を介抱できるのは自分だけなのだと思うと悪い気分ではない。
「なんでだよお〜……浮気とかしてねえのに……ただ好きなことをを楽しんで何が悪いんだ〜……くそー……」
月日がここにいればそういうとこだよお兄ちゃん、とでも言いそうなものであるが、ここにいるのは家主のランガのみであった。
「Don'tworry,暦」
暦は先程、付き合っていた彼女と破局したのである。
大学に入って数人と付き合ったけれども、全員同じ理由で振られている。そして今日その人数を更新した。
彼女に対して優しいのは優しいけれど、最優先されるのが趣味。スケボー。最初はいいとしても、愛されている感覚が無くなっていった女の子に、愛想をつかされてしまうのだ。
暦くんは悪い人じゃないんだけど、ねえ。意外と冷めてるというか、それ以外にも色々とねえ。別れた彼女たちは口々にそう言う。冷めているという点に関しては、ただ照れているだけだろうけれども。それ以外に関しては、何の言い訳もできない。
「だってあんなべたべたべたべたするのもガラじゃねえしい」
言っているのは学内で見かけるカップルたちのことだろう。見ている方が恥ずかしくなるくらいひっついているのはもはや目の毒だ。
確かに暦は女の子に対してあんまりそういうタイプではないけれど、男友達には距離感ゼロでひっついていく。みんなにそうするのは良くないのではないかと指摘したことがあるけれど、そんなひっついてるか?と首を傾げられた。無自覚とはタチが悪い。
けれどもそれを彼女にしてなくて良かった、と思う。そんなことをやったら、勘違いさせて、彼女をときめかせてしまうだろうから。暦のことを知っているのは、好きなのは自分だけがいいという独占欲のようなものだった。
「なあ暦、明日は気分転換に滑りに行こう」
「おう! やっぱスケートしかねえよなあ」
スケートの話をすれば、暗かった雰囲気ががらりと変わる。あのパークへ行こう、どのコースにしよう、という話をすれば、暦の顔はきらきら輝く。それを知っているのはスケート仲間のみ。そしてその笑顔を近くで見られるのはランガの特権だった。
しかし暦はぼそりと呟く。
「あーあ、スケートが趣味の清楚系女子いねーかな」
ランガの胸に小さな痛みが走った。
いつかそんな子が暦の隣に来たら、俺は────。嫌な想像をしてしまって、ランガもまた酒を煽った。
「暦、なんかさよならっていわれた」
「お前またかあ〜」
苦いものを噛んだような表情で暦の家を訪れたランガは、数回目の彼女との破局を告げた。
元々イケメンでモテていたランガである。外見で惹かれてアプローチをしていた女の子は沢山いたが、暦とのスケートが最優先だったし、そもそも他人にそれほど興味がなかったのでアプローチをスルーすることも多々あった。
しかし進学先で暦が彼女を作ったあと、ランガも暦に倣って彼女を作ったのである。「お互い恋人がいておそろいだね」と嬉しそうに謎の発言をされたこともあった。
しかし興味が無いことには感情も表情も動かないランガのため、暦よりも短い期間で振られるのが続いている。
それでも彼女がなかなか途切れないのは、ランガが、というよりもアプローチして勘違いした女の子が言いふらすため、気づけば付き合っていることになっているからだ。
下手すれば二股、あるいは三股しているような噂さえあり、プレイボーイの不名誉な称号すらついている。
そんな軽率で責任のない男じゃねえよ、ただお前らに興味がないだけだと暦は思う。刺されたくないので言えないけれど。
「付き合ってるつもりなかったんだけど」
「お前の反応からしてそうだろうと思ってたよ」
全く不本意だとばかりに暦に出された麦茶を飲んだ。いい飲みっぷりである。もしかして腹も減っているのかとお菓子を出せば、ランガは目を輝かせた。
食べ物につられて合コンに行くことがなくなったら多少はマシになるだろうと思うけれど、タダ飯と言われたら魅力的すぎて断れない。誘われたことはないけど、絶対暦もことわらないだろうから。
「はあ、色々あって疲れた」
「おつかれさん。しばらくは俺とスケートしてような。彼女だった?人に引きずり回されてたもんな最近」
一緒にいられなくてちょっと寂しかったんだからな、とは言わない。恥ずかしいので。
でもやっぱりランガとのスケートを知ってしまった後では、ひとりで滑るのはちょっと物足りなく感じてしまうのだ。
「わざとじゃない。俺だって滑りたかったけど、あの人強引だったから。久々に暦と滑れるの、すごく楽しみ」
ぱあっと笑うランガを見れるのは暦だけの特権である。うおーランガの笑顔眩しい。
パークでトリックを決めた暦とDAPをする。休憩と言いながら水を飲み、何気ないことのように、独り言のように呟いた。
「趣味の合う彼女しかいないからエスで出会うしかねえよな、よし」
暦は自分の両頬をぱしりと叩いた。何がよしなのかわからないし、そもそもランガにとっては何もよろしくない。ので、そっとやる気を出した暦の手首を掴んだ。
「エスに行って彼女作る余裕ある?」
ランガも暦もスケートをしに行っているし、エスに行って暦がそれ以外に夢中になることなんて数える程あったろうか。
それを察してか、暦はやる気に溢れた表情を曇らせて、じとりとランガを見つめた。ころころと変わる暦の表情は、出会って数年経つけれど見飽きない。
「うるせ、わかってるよ……」
ぷい、とそっぽを向いた。それからハァとため息が聞こえた。
そんなに彼女って欲しいか?とランガは思う。暦の彼女も知り合いではなくて、交友歴が浅い人だったように思う。大学生になって作るのは一種のステータスのようなものなのだろうか。実際、暦以外でも周りで気にする人が多かったように思う。
しかし知らない人よりよく知っている親しい人と親睦を深める方が絶対に楽しいのに、とぼんやり考えた。
何より、いつもおもしろくなかったのだ。知らない人に暦の時間を取られることが。
君たちよりも俺の方が暦のこと大事だって思ってる、暦だって俺の方が好きだし、と何度言いそうになったことか。
わり、彼女が、と断られた時、自分より彼女が大事だと言われたみたいで、悲しくて辛かった。
「暫く要らないだろ、暦。またすぐ振られるよ」
「うっせーお前ほどじゃねーし!」
うりゃうりゃと嫌がらせのように髪をぐちゃぐちゃにされるが、久々の暦の手のひらの感触にやめろよと言いながらも嬉しくて笑みが零れる。
「これでお前もめちゃモテプリンスじゃなくなるな」
「だからプリンスじゃない」
一部始終を見ていたミヤとシャドウはうんざりとした表情で暦とランガを見ていた。
そして一言ぽろりと零す。
「二人が付き合えば丸く解決なんじゃん……」
ミヤはそう言って持参したプロテインを口に含んだ。
ランガはその呟きに光明を見出した気がした。霧の広がる道が明るく開けていく。心無しか道の先ではチャペルのベルが鳴っている気もする。
「そうだよ暦、俺たちが付き合えばいいんだ!」
「は?」
「暦は恋人できるし、俺も変な理由つけて呼ばれなくなって、暦と一緒にいられる!」
なあいいだろ、そうしようと言いながら顔を近づければ、暦は頬を朱に染める。
女の子を前にしたときの、友達に向けるものとは違う暦の表情は、今まで横顔しか見れなくて、正面から受け止めることはなかった。
けれど今は違う。その表情は今ランガに向けている。暦のその表情を引き出したのは自分なのだと、暦が真っ直ぐに自分を見ているという歓喜で表情が緩んでいく自覚があった。
「何言ってんだよ、ランガ……」
顔を隠そうと腕でガードをするが、隙間から赤い顔は見えているし、ただ照れ隠しをしているだけで、暦は心から嫌がっていないのだという確信があった。
腕を掴んで、暦と目を合わせるように瞳を覗き込む。
「俺は暦だけだよ。彼女とかいらなかった。暦と一緒にいられるならそっちを選ぶ。いつだってそうだ」
「ランガ……」
突然始まった告白劇を見ながら、「そういえばランガ、ちょっと前、暦がいるから無理って言ったら彼女らしき人に振られたんだっけ」「そうそう、しかもそういう振られ方はその人が初めてじゃなかったっていうヤツな」とミヤとシャドウはお喋りをする。しかし二人には聞こえていなかったらしい。なぜなら二人の世界に入り込んでしまっているので。
「そうだよな、俺もさ……素直にランガと彼女、応援できなかったっつーか」
「暦!」
「なんて言うんだろうな、お前の良さを知らねえ奴にお前のこと任せらんねえって言うか……。あーもー無理、こういうの恥ずいわ」
「暦! 俺もだよ! 俺の方が暦大好きだからって言いたかった!」
「もーお前マジこういう時に限ってお喋りになんのマジでやめろ!」
「これからは暦大好きっていっぱい言えばいいんだよな! あ、大学でキスしたらもう告白したい奴寄ってこなくなるんじゃないか?」
「告白したい奴どころか友達も寄ってこなくなるから絶対やめろ!」
「やだ」
ミヤとシャドウが傍観している間に生まれたてのカップルはトントン拍子に話が進んでいく。気付けば二人はゼロ距離でぴったりくっついて、今にも唇がくっつきそうである。主にランガのホールドがキツすぎて暦には解こうにも解けないのであろう。
「キスまでした? なあ暦」
「さあどうだろうなー?」
「むっ……」
ランガは不満そうに頬を膨らませているが、暦はわざとらしく余裕ありげに振舞っている。ああ、そこまではいってなかったのか、とミヤとシャドウは察した。
「行く」
「うぁちょっマジやめろって」
ミヤは耐えきれなくなったのか二人を叱り飛ばし、やれやれとシャドウは天を仰いだ。
「よそでやれこの浮かれバカスライム共!」
「もうなんかお前らが幸せになるなら何よりだよ」
この日以降、二人が通う大学では、下心を持って二人に近付く女子が減ったとのことだった。