第3回 相合傘 ラーヒュン1dr1wr 大魔王を倒してからの数日、怪我と疲労で常人以下の体力にまで落ちこんでいたラーハルトは人間の陣営に留まることを余儀なくされた。本当は這ってでも出ていくつもりだったのだが、寝たきり状態のヒュンケルの付き添いを頼まれて、二人部屋に押し込まれたのだ。
最初の日はヒュンケルの体を布団から起こさせて、膳の上げ下げもしてやった。
次の日は両手で支えながら部屋の中を歩かせてやった。
回復が早い。さすがの頑強さだ。
三日目には片手を貸すだけで階段も降りられるようになった。
いわばダブル足枷作戦なのだろうと察しはついている。
敵軍の幹部だったラーハルトとヒュンケルは、近くに置くのも、目の届かないところに逃がすのも危険な存在だ。けれど万全ではない二人を一緒にしておけば、互いの身をおもんぱかって滅多なマネはするまいという腹なのだろう。
「ヒュンケル」
「なんだ」
「どうしてオレとおまえはそこまで仲がよいと思われているのだ?」
この軟禁は相手を見捨てれば成り立たない。なのに何故かそうはしないと目されている。おかしくはなかろうか。殺されて蘇って、駆けつけた翌日からもうニコイチ扱いだなどと、わけが分からない。
「そんなことより、今日は外を歩かせてくれる予定では?」
「図々しいな貴様。小雨とはいえ降っているのだ。明日にしろ」
「外でなら話してやるぞ?」
「何をだ」
「なぜ仲がよいと思われているのかを」
ラーハルトは降参して、ベッドの端に腰掛けているヒュンケルに腕を差し出した。力の入った指がじわりと食い込んできて、温かかった。
廊下は前腕を掴ませて歩き、階段は下から伸べた手を取らせてゆっくり降りた。
だが傘はどうにも具合が悪そうだ。ヒュンケル自身が差すことはもちろん難しいだろうし、ラーハルトにしても介添えの逆の手でしか差すしかないので両手とも塞がってしまう。人間の領内でそれは避けたい。
玄関の軒下に並んで雨空を見上げた。
仕方ない。
ラーハルトが勢いよく骨を広げると、左隣のヒュンケルが感嘆した。
「それは傘か。珍しいな。そうやって開く物だったのか」
「……今までは雨が降ったらどうしていたのだ?」
「なにも」
行軍中なら傘を差している場合ではなかろうが、しかし軍人にだって非戦闘時はあろうに。
「……ヒュンケル。傘はさしたる珍品でもない。町の多くの人間は使ったことがある」
八角形に張った傘を左手でかざし、ラーハルトは顎をしゃくって自分の左肩を指した。
「手は貸さん。自分でつかまりに来い」
こくりと頷いて左から歩み寄ってきたヒュンケルは、ラーハルトの左の肩口に遠慮がちに手を添えた。
「濡れるからもっと寄らんか」
そう叱ると、左肩に置かれていた手はラーハルトの背中を通り過ぎ、右の首元まで回された。
やっと傘の下に二人が収まった。
「いくぞ」
「ああ」
久しぶりの外の風である。湿ってはいるが明るい。
この辺りは被害地域ではなく商店も賑わっている。道路の舗装も無傷なので歩きやすい。リハビリ効果など室内とそうは変わらないだろう。
なのに何故このような鬱陶しい天気の日に出歩いているのかといえば、ひとえに、興味があったからに尽きた。
「で? どうしてオレとおまえはそこまで仲がよいことになってるんだ?」
「竜魔人と戦ったあと、仲間が鎧の魔槍を指差してそれはなんだと聞いてきたので、『初恋の人の形見だ』と答えた」
さらりと衝撃的なことを告げられたラーハルトは迷った。
そのようなことを勝手に放言するなと怒るべきなのだろうか。いやその時点では自分は死んでいたのだからデリカシーのない暴露とまでは言えまい。
嘘をつくなと責めようにも、初恋うんぬんの真偽などヒュンケル本人にしか分からない。
どこにも嘘や落ち度の指摘はできない。
自分がしゃべる番なのだろうが適切な台詞がひとつも浮かばない。首に腕を回されて体が密着しているこの状況も変な気がしてくる。
思考が駆け巡る。
初恋はいまも継続中なのだろうか。それとも終わったことなのだろうか。それが判明したところでどうするのだろうか。それよりいま歩いている速度は速すぎないだろうか。
会話が途切れてずいぶんたった。ポロンポロンと水滴が傘に跳ねるリズムだけが耳をくすぐっている。
気がつくと商店を抜けて人のいない砂利道に差し掛かっていた。
ヒュンケルが歩を止めたので、肩を貸すラーハルトもつられて立ち止まった。
足元が悪くて負担が大きすぎたのだろうか、ヒュンケルは俯いて動かなくなった。
「ラーハルト」
「どうかしたか?」
「いくら常識を欠いているオレでもな、雄が自らこしらえた屋根の下に相手を招き入れる行為が、求婚であることくらいはわかる」
ぴったりくっつかれていて顔が見えない。おまけに話も見えない。どんどん混乱に拍車がかかり、目を白黒する。
まずは誤った知識を訂正せねば問題があろうと、ラーハルトは口を開きかけたのだが、その時。
「謹んで受ける」
左耳に飛び込んできた一言で、たったいま判明した。
特に問題はない。