【リク消化SS】何度も振られて最後はカレカノ2「えっ、あんた、湘北に来るの」
「家から近いし」
「そりゃまあそうだけど、流川ならもっとバスケの強いところに行くかと思ってた」
三月某日、神奈川県内の公立高校の合格発表日。
県立湘北高校も例に漏れずピロティに合格者番号が貼り出され、確認のために訪れた受験生で賑わっていた。
春休み中だが、在校生の部活動は通常通り行われている。
彩子もバスケ部に出るところだった。
誰か知り合いがいないかと、ふとピロティを覗いたら流川がいたのだ。
飛び抜けて背の高い流川は、群衆の少し後ろから番号を探し当てたようだった。
「富中からは他に誰か受けてないの?」
「知らねー」
「……もちろん、バスケ部に来るわよね」
「そこを疑う?」
流川は驚いて彩子を見る。
万が一にも他を選ぶわけがないのに、そんな初歩的なことを訊かれるとは思わなかった。
「強豪校の話、あったんじゃないの? あんたがウチでバスケするなんて信じらんない」
「んだよ」
何度も確認されると、お呼びでないと言われているようで流川は不満だった。彩子はそんな嫌味を言うタイプでは決してないが、もっと喜んでくれると思っていたのだ。
それとも、一年間会わないうちに忘れてしまったとでも言うのだろうか。
彩子に中学時代、何度も好きだと言ったのは全部本気だ。
もしあの頃の時間が彼女の中でなかったことになっていたとしたら──立ち直れない、などと弱気になるような人間では、流川はなかった。
「マネージャーで物足りなくねぇの」
「あら失礼ね。充足してるわよ」
「そっちこそ女バスのない湘北に行くなんて思わなかった」
「言うじゃない」
当てつけでも何でもなく、それは流川の、もっと言うなら中学二年の頃の流川が抱いていた本心だった。
彩子がプレーヤーを諦められる“そっち側”だったとは、露程も思っていなかった。
「先ぱ──」
「彩子、何してる」
「キャプテン! ごめん、もう行かなきゃ。流川、合格おめでとう。楽しみにしてるわよ!」
遠目でも分かる大男が、湘北の現キャプテンらしい。流川も相当に恵まれた体格だが、かの上級生はその上を行く。
体育館があるでろう方向に消えていった彩子の背中を見ながら、先程までの不満が一瞬で消え去った自分に気づいた。
好きな人に褒められて、楽しみなんて言われたら。
「調子に乗らねーようにしねぇと」
彼女に他意はない。
彩子の人となりをよく知るからこそ、流川は己に言い聞かせるように独り言ちた。
※
「帰ったらすぐ病院に行きなさいよ」
「先輩も」
「私は大したことないし」
「俺だって」
「意地を張るんじゃない」
「先輩が行くなら行く」
「あんたねぇ」
合格発表日から数ヶ月経ち、新入生を迎えたバスケ部がようやく軌道に乗った頃、事件は起きた。
三年の三井が体育館を襲撃した一時間後、部活どころではなくなったバスケ部は教師への事情説明と体育館掃除を済ませたあと解散となった。
中学時代同様帰り道が同じ流川と彩子は通学路を並んで歩いていた。
普段は自転車の流川とバスの彩子だったが、頭からの流血があった流川は大事を取り、自転車を置いて彩子と同じくバスで帰ることになった。
不良に叩かれた彩子の頬は手当されたものの赤く腫れたままだ。彼女に不釣り合いな怪我に流川は顔を顰める。
「俺のせいだ。俺に責任がある」
三井らの喧嘩を買って手を出したことは正当かつ妥当だったと自負するが、そんな自分を止めるために彩子が怪我をさせられたかと思うと、そこはやはり後悔がある。
白くきめ細やかな頬に走る朱が痛々しい。
「バカねぇ、そんなこと思ってたの?」
だが当人は全くそうは思っていなかったようで、流川の顔をまじまじと見上げた。
「そりゃ手を出したのはどうかと思うわ。でもバスケ部のためにあれだけ血を流しておいて、こんな怪我の心配してる場合じゃないでしょ」
彩子はそう言って自身の頬を指すと、その手を伸ばして流川の腕を掴んだ。
「なに」
「午後診って意外と混むんだから早く行くわよ」
「保険証、家」
「私はある」
「着いてきてくれんの?」
「形成外科、あんたんちと私んちの真ん中くらいだしね。それに、どっかの阿呆が一人じゃ行きそうにもないから」
「……」
優しさが滲む声だった。
口調はいつも通りだし、動作も彼女らしい強引さがある。だが確かに彩子は意地っ張りな後輩の心配をしていて。
流川は頭の傷よりも握られた腕に熱を感じた。
彩子の寄り添うような優しさが昔からくすぐったくて、心地よくて、流川は手放したくなくなるのだ。
「先輩、好きだ」
「……えぇ?」
「まだ全然好きだから」
「懐かしいな、この会話」
彩子は困った風でも呆れるでもなく、ただ懐かしむように笑った。それが前向きな兆しなのか、そうじゃないのかは流川には分からない。
「好き」
「はいはい」
そっと腕から手を離した彩子は流川の背中をパンッと叩いた。
「保険証の場所分かる? すぐ取ってきなさいよ」
「ばーちゃんがいるはず、だから分かる」
「あ! おばあちゃん元気?」
「挨拶してけば」
「いやそれはいいわ」
あわよくば家に招こうとする後輩へピシャリと答える彩子に、流川は舌打ちする。
至って流川は本気なのだが、機敏な姿が普段の流川からかけ離れているようで彩子には可笑しかった。
人一倍無愛想で鈍感な流川の、可愛げが見え隠れする瞬間なのだ。
「笑ってるとこも、カワイーと思ってるから」
「どうだか。ムッとしてるじゃないのよ」
もうすぐバス停に着く。
けらけら笑う彩子を流川はやれやれと見た。
二人で歩く久し振りの通学路が、もっと長ければいいのにと思いながら。
続