【リク消化SS】何度も振られて最後はカレカノ3 噂には聞いていたが三年になってから日々が目まぐるしい。特に七月のテスト期間からユニバーシアード、秋季大会、インカレへのスケジュールが尋常じゃない。
流川が最初にユニバに招集されたのは二年だったが、年々求められるものも高まる上に、問題は学業面だ。
高校時代の赤点追試合宿を思い出す。
「範囲広すぎ……」
「次は辞書持ち込み可の授業を取りなさいよ」
大学図書館のオープンスペースで円卓に向かい合って座るのは彩子だ。
他大学に在籍中の四年だが、沿線上に一人暮らしなこともあり、就職先が内定済みの優等生は時折後輩たちの様子を見に来る。
「この様子だと桜木花道もヤバそうね〜」
「どあほうは赤木先輩が見てる」
「社会人一年目に余計な仕事を増やすな」
呆れる彼女の左手の薬指には華奢なピンクゴールドの指輪が光る。半年ほど前から流川が気にしているそれを彩子は一度も説明しなかった。
お喋りな彩子が言ってこないところに流川は引っかかっている。つまり相手は、共通の知り合いではないということだ。
言いたくないわけじゃなく、言う必要がないだけだろう。
訊かれないから自分からは言わない──それは流川こそよくあることだが、自分のことを棚に上げて、んだよ、と心中穏やかにはいられなかった。
思い悩むこと性に合わない。
流川は努めて平然と話題を指定した。
「……指輪、先輩が選んだやつ?」
「え? これ? 貰い物よ」
やっぱり、と流川はつまらなくなった。
似合わないと思っていたのだ。
「先輩の趣味じゃねぇよな」
「そういえばそうね、自分では買わないかも。でもプレゼントってそういうのモノじゃない?」
流川は自分でも語気が強くなったことに気づいたが、彩子は気にせず指輪を眺めた。細長く白い腕や手先は一見とても華奢だ。その実、彼女の内面を反映するように意外と骨太でしなやかな筋肉が薄っすらとついている。
「俺ならもっと……」
「おー、お前らここに居たのか」
「三井先輩」
「っす」
同大学OBの三井は現在活躍中の実業団選手だ。数年後、プロリーグが発足すると真っ先にトライアウトに挑むのだが、それはまた別のお話。
「宮城のやつもう帰国してんのか?」
「週末に妹さんの結婚式があるって言ってたから、そろそろ?」
「週末ったってもう金曜だぞ。たっくお前らの代は横の繋がりが希薄じゃねぇか?」
「ヤッちゃんは式に行くみたいですよ」
「答えになってなくねぇ?」
自販機に買いに立った彩子を見届けて、三井は流川の隣に腰を下ろす。
「男の嫉妬は醜いぜ、流川よ」
「うるせー」
高校に引き続き大学でも先輩後輩になった二人は、以前よりよく会話するようになり、その流れで流川の彩子への気持ちは三井にバレていた。確か、酒の席だった。
「指輪、まだつけてんのな」
「似合わねーのに」
「バカ、そういうのは似合ってるって言っときゃいいんだよ。好きな男に貰って身につけてるモンだぜ、褒められたら嬉しいに決まってる」
「好きな男……」
「駄目だなこりゃ、拗らせすぎ」
開いた教科書の上にうつ伏せる流川の頭を三井はぐしゃっと搔く。ボサボサの切りっぱなしの髪型は高校時代から変わらない。指をすり抜けるサラサラの黒髪を撫でながら、三井は実家の親が最近飼いだしたというペットを思い出した。
「あら、この子寝ちゃったんですか?」
「おお。サンキュ」
三井に缶コーヒーを渡して彩子は自分も同じ銘柄のコーヒーに口をつける。流川の前には炭酸を置いた。
「なあ、彩子。お前の彼氏ってどんなやつ?」
「えぇ? 先輩がそんな話珍しいですね」
もちろん流川は寝ていない。
三井も十分承知だ。流川の体がピクリと動いたことも、気づいている。
「俺らの知らないやつ?」
「インターン先で四つ上の社員です」
「うっわ」
彩子の内定先は就活先ランキングでも毎年上位に入る大手企業だ。
「そういうのに手ぇ出すおっさんってマジでいるんだな」
「まだ二十代でーす」
「問題はそこじゃねぇよ。お前がそんなタイプだとは思わなかったぜ」
「友達にも言われたけど、そんなに?」
「そんなにだよ」
大袈裟にため息をついた三井はちらりと目線を下げたが、うつ伏せたままの流川からは何の心情も読み取れなかった。
「宮城が知ったら泣きながら止めそう」
「あ、それも言われました」
「感心するな」
「リョータはまあ、あれでモテてるから大丈夫ですよ。私に夢見てるだけだから」
笑い飛ばす彩子に三井は脱力する。
それもそうだ。宮城は大丈夫だろう。
でもこいつは、大丈夫かねぇ──手を髪から離し、三井は流川の肩を叩いた。
「流川、起きろ」
「……」
「勉強教えて欲しいんでしょ。先輩と流川、同じゼミだったんですね」
「おう、だから試験の傾向くらいは分かるぜ。つーかゼミの先生のコマを落とすなよマジで」
「先輩が勉強出来る方だったなんて」
「うるせぇ」
グレていた二年間のツケは高校で精算したつもりだ。三井は椅子に座り直して今度こそ流川を起こした。
寝ていないのは分かる。寝てしまいたいのも分かる。不貞腐れるには材料は十分に揃っている。だとしても、大学生の本分は学業だ。
「起きろ」
「……うす」
※
月日は流れ、インカレの決勝戦で二点差のまま第三ピリオドを終えた流川はベンチで呼吸を整えていた。
会場である代々木の第二体育館は満員で、十二月にも関わらず熱気に包まれている。
流れはこちらにあった。
逃げ切れば優勝だ。
監督の指示、キャプテンの鼓舞、仲間の声援。心臓の音にかき消されそうだが、かつてない集中力が湧いていた。
それは隣に座る桜木も同じだろう。
流川は高校三年の夏を思い出していた。
『優勝する。だから、したら付き合って』
『まだ準決勝でしょうが』
『ほんとは去年、先輩と優勝したかったけど出来なかったから』
『そうね』
『先輩、好きっす』
『知ってるわよ。……まずは明日勝ったら考えてあげる。だから頑張んなさい』
思えばあれがこれまでで最大のチャンスだった。結局準決勝で敗退してしまったのだが。
それから三年。
昨日、彩子から連絡があった。
『明日観に行くから、頑張れ!』
夏の試験前に会って以来だ。
指輪がどうなったかは知らなかった。
それでも、もう待ってはいられない。
機会は十分にうかがった。
試合に勝つ。
そして今度こそ。
続