【リク消化SS】何度も振られて最後はカレカノ4 残り五秒、相手チームのシューターが逆転を狙う。リングの手前で弾かれたボールを桜木の右手がリバウンドで掴み取った。フロントコートに走り出していた流川へ渾身のロングパスを投げる。
前には誰もいない。流川にはもうリングしか見えなかった。受け取ったボールをチームきっての俊足でドリブルで運ぶと、流川は軸足を踏み切った。
叩きつけたダンクシュートでリングは軋んだが、その音は試合終了のブザーと、そして今日一番の歓声にかき消された。
「優勝おめでとう!」
「晴子さん! 見てくれましたか天才の勇姿を!」
「手に汗握っちゃった!」
「赤木も仕事じゃなければなぁ」
「有給取りゃ良かったんだよ」
「そう言うなよ。繁忙期は仕方ないさ」
閉会式後、流川たちが更衣室に戻るとOBの三井をはじめ晴子、木暮の姿があった。
肝心の彩子がいない。談笑する母校の輪を抜けて流川は廊下へ出た。
「……うす」
「観てたわよ、すごかったじゃない」
「来てねぇのかと思った」
「行くって言ったでしょ! おめでとう」
「あざす」
ドアを開けてすぐ彩子がいるとは思わず、流川は内心ドキリとした。試合後の興奮状態も相まって、勝敗は決まったというのに心臓がまた煩くなる。
お手洗いに行ってたのよ、すぐ追いつくつもりが混んじゃってて──あはは、と笑いながら手をひらひら扇ぐのは彩子の昔からの癖だ。
無意識に指先を目で追った。
指輪は、なくなっていた。
「先輩」
「え、ちょっと、流川?」
ニットの袖から覗く手首には以前から彩子が愛用している腕時計だけがつけられている。
流川は彩子の手を引いて歩き出す。
ここ地下一階には、更衣室以外に来賓室と役員控室がある。とはいえ地上へ出たところでロビーにも、取材陣が来ているだろう。人気のない、賑やかな声の届かない場所へ行きたかった。
迷った挙げ句、アリーナに出た。
閉会式を終えてしばらく経った場内は撤収作業も手早く進み、半ば閑散としていた。スタッフの動きは迅速で、彼らの視界は観客席まで及んでいないように思えた。
座席の最後列の天井は低い。
流川はなるべく物陰を選んで足を止めた。
「さっきまであんなに熱気で包まれてたのにね。不思議なもんだわ」
「っす」
流川に握られたままの手首を気にした様子もなく、彩子はアリーナを一望した。先程までの白熱した試合や優勝そのものが、まるで夢の中の出来事みたいに感じる。二人は同じ気持ちだった。
「先輩、好きだ」
「手を繋いだまま言われたのははじめてね」
「ずっと、優勝したら言いたかった」
「もう何度も言ってるでしょ」
「付き合って、俺の彼女になって」
「流川」
握られた手を彩子が優しく外す。
そして彼女の掌はついに流川の頬を撫でた。
「私で良ければ彼女になってあげる。ほんと、変なやつ。私もね、流川が好きよ」
長い長い片思いだった。
触れたくて拗らせ続けた想いを全て溶かすように、流川はゆっくりと彩子を抱き寄せて、しかし強く力を込めた。
「痛いんだけど?」
「今だけ。どんだけ待ったと思う」
「うん」
「ずっとこうしたかった」
「ありがとう」
「んだそれ」
どちらからともなく、顔を寄せ合う。
二人はもう触れ合うだけのキスで満足できる子供ではなかった。
※
数週間後のクリスマス。
流川は彩子に指輪を贈ったとか、贈らなかったとか。
恋人になったばかりの二人の時間が、穏やかに流れ始めた。
終