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    くるしま

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    くるしま

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    雑土に一緒にお仕事して欲しい気持ちと、イチャイチャして欲しい気持ちがフュージョンして、勢いで書きました。
    お仕事内容と時代考証はフレーバーなので、流してください。

    推敲もしてない、とりあえずのプロトタイプ。色々とガタガタなので、加筆修正して形になったら支部に正式版をあげられたらいいなー。
    色々ひどいけど、手元に置いとくと正気に戻って消したくなりそうなので、尻叩きも兼ねて上げておきます。

    #雑土
    miscellaneousSoil
    #雑土井
    miscellaneousWells

    雑土が一緒に仕事する話「失礼致します」
     学園長に呼び出しを受けた土井半助は、障子を開けて中を見て、一瞬、引き返したくなった。
     いつも通り座っている学園長の向こうに、数人の男が座っている。雑渡を始めとしたタソガレドキ忍者隊のうち、土井が見知った顔ばかりだ。
     彼らは土井が中に入ると座ったまま無言で一礼し、土井もそれに倣う。
    「土井先生、今からしばらく、彼らの仕事を手伝ってやってくれんか」
     学園長が前置きなしに用件を伝える。
     土井も忍びである以上、上司の命に逆らう理由はない。ただ、事情も聞かずに引き受けるには、向かいにいる男たちに信用がない。
     特に雑渡だ。
     彼と特別仲が悪い訳ではなく、むしろ一面では必要以上に親しくしてしまっている訳だが、油断も隙もない相手であるのは変わっていない。
    「今からとは、急ですね」
    「すまんの。は組の授業は他の先生に手伝ってもらう」
    「はい。それは構いませんが、何があったのですか?」
     感情を見せないのが忍者とはいえ、普段よりも固い表情と、漂う緊張感から、彼らの用件が軽いものでないのは明らかだ。尊奈門さえ、黙って土井の顔を見ている。
    「私から土井殿に説明しましょう」
     雑渡が座ったまま、土井に向き直る。彼はいつもより数段丁寧な態度で、土井に接している。
     彼がそうする時は、学園長や他の教師がいる場合。他所行きの態度な訳だが、今は更に他人行儀だ。
     雑渡は、土井の諾否に関わらず他言無用と念押しした後、話し出した。


     タソガレドキ領内の有力者の息子に、殿の寵愛を受けている若者がいる。
     二十歳を二つ三つ過ぎた、背が高い見目の良い男で、武芸も達者だ。男は三男であったが、周囲から密かに「若君」と呼ばれていた。殿から気に入られた男という意味と、そう呼ばれるほど調子に乗った者という侮蔑の意味で。
     多くの美点を持ちながら、周囲からはそう呼ばれる。そういう男であった。
     その若君が、困った事を言い出した。
     ドクタケ領内で開催される祭りに行く、と言うのである。
     もちろん周囲は止めたが、若君は殿に直接頼み込み、最終的に許しを得た。
     殿が許してしまっては仕方がない。
     護衛は雑渡たち忍者隊に任された。隠密行動という訳ではないが、一応はお忍びの旅であるからだ。
     若君は忍者たちを煙たがったが、忍者隊は彼の感情など知った事ではない。それでも気を使って最小限の人数のみが同行する事となった。
     若君と側近、彼らの面倒を見る使用人が数名、それに忍者隊の数名。
     ドクタケ領内に入ってすぐ、忍者隊が若君を尾行する動きに気付いた。ドクタケ忍者だ。
     むろん、想定内だった。
     言っては何だが、若君を大事にしているのは殿様と、彼を利用している(彼の身内を含めた)何人かだ。良くも悪くも、暗殺の対象になるような人間ではない。
     何か仕掛けてくる可能性は低いが、放っておくわけにもいかない。ドクタケ忍者の尾行に、更に尾行を付けた。
     祭りへの参加は大きな問題はなかった。若君は血の気が多く、道中で幾度か暴力沙汰を起こしそうになったが、そのたびに忍者隊が押し留めた。武芸自慢とはいっても、雑渡を始めとした腕利きには及ばない。
     振り返ってみれば、その辺りが、彼のストレスだったのかもしれない。
     旅の半分以上が終わり、ようやく帰国が見えてきた頃。
     困った事が起こった。
     若君が、勝手に宿を抜け出した。ドクタケ忍者は若君を見失っていたようだが、若君に慣れたタソガレドキの忍者は勿論見失う事などなく、そっと跡をつけていた。
     そして彼らは、若君は死んだその瞬間を、その目で見る事になる。
    「亡くなられた?」
     黙って聞いていた土井が、思わず口を挟む。雑渡は頷いた。
    「といっても、暗殺された訳ではありません」
     若君は忍者隊の目の前で、急に倒れたのだ。駆けつけたその死体に、傷はなかった。毒を盛られた形跡もない。
     病で死んだのは明らかであり、雑渡たちに落ち度はない。ないのだが、死んだのがドクタケ領内というのがまずかった。
    「若君が暗殺されたと耳に入りでもしたら、殿は黙っておりますまい。真偽はどうあれ、です」
    「ドクタケ領での暗殺となれば、当然ドクタケ忍者を疑うでしょうね」
    「その通り。下手を打てば、戦になります」
     雑渡たちとしては放っておけないだろうなと、土井は納得した。
     若君が暗殺されたと噂になれば、護衛していた忍者隊の面目は丸潰れになる。タソガレドキも、上から下まで一枚岩ではない。忍者隊を疎ましく思う勢力もある。このような災難で足を取られてはたまらないだろう。
     彼らは、戦を避けたいというよりは、忍者隊に火の粉がかからないよう、この一件を処理をしたいのだ。
     となると、後始末を手伝わされるのかと土井が予想していると。
    「亡くなられた若君は、背格好が土井殿と近しいのです」
     話が不穏な方向に曲がった。学園長が、話を引き継ぐ。
    「タソガレドキに帰るまで、土井先生に若君の替え玉を頼みたいそうじゃ」
    「わ、私がですか?」
     土井が思わず動揺する。
     替え玉は、誰でも良いという訳ではない。
     姿形さえ似ていれば良いという訳でもない。
     雑渡たちとスムーズに意思の疎通が取れて、臨機応変に動ける人材が良い。己の身を己で守れる人間ならば、更に良い。
     最初はタソガレドキ忍者隊の者でと考えたが、もともと人数を絞っているから、手が足りなくなる。近隣に潜む者にはちょうどよい姿形の者がおらず、国から呼ぶのは後々のために避けたい。何より、時間がない。
     若君の死んだ場所が忍術学園が近かったのは幸いだった、と言われて、こちらにとっては不運では、という言葉が出かかった。
    「その若君と何の面識もない私で、務まりますか?」
     替え玉という事は、つまり変装するという事だ。変装というのは、知っているものについてしなければならない。
    「我らが側について、常にフォローします。行きと同じ道は辿りますが、若君との顔見知りはいても、親しいと言えるほどの相手はおりません」
     その無謀さは、雑渡たちにもわかっているのだろう。いつになく神妙な面持ちだ。
    「もし事が露呈したら、土井殿はすぐに一人で逃げて下さって結構。我らが責を負い、忍術学園の名も出しません」
     そこまで言われると、土井としても断りにくい。土井としてはタソガレドキとドクタケの無為な対立は避けたい所であるし、学園長も同じだろう。
    「土井先生。頼めるかのう」
    「はっ」
     学園長に向かって頭を下げる。
     少しだけ引っかかるのは、タソガレドキ側の反応が少々鈍いというか、暗いことだ。事が事だけに明るくはなれまいが、妙に神妙な顔をしているように見えた。
     土井は雑渡をちらりと見る。
     彼は他の者と違い、表情を動かしていない。
     ただ少しだけこちらを見て目を細めた動作に、土井はとても嫌な予感を感じた。




     土井と若君の顔立ちはそう似ていないが、身体つきはだいぶ似ていたらしい。なるほど、若君の服は、背の高い土井に丁度良かった。
     服を着せて髪型を似せた時点で、これなら、という安堵の空気が流れた。
     顔立ちを変装によって変え、若君のよくする仕草や表情を教えられる。土井は当人に会った事がないから、この辺りが難しい。
     一通り教えられた所で、雑渡が訪れた。入れ替わりに部下たちは出て行き、屋内にいるのは、雑渡と土井の二人だけになる。
     雑渡は土井を見て、「ほう」と呟いた。
    「なかなか様になっておられる」
    「お世辞は結構ですよ」
    「本音だけどね。こんな時なのが残念な位には」
     雑渡は土井に近付くと、するりと腰に手を回す。こんな時に、と言いかけたが、
    「忙しなくて申し訳ないが、すぐに行ってもらうことになりそうだ」
     雑渡の潜めた声を聞いて、眉を寄せる。
     まだ若君は戻られないのかと、使用人が言い始めた。若君が戻らねば、彼らも帰れないからだ。一行はだいぶ疲れていた。
    「私はまず、何をすれば?」
    「積極的で何より」
     雑渡は笑うが、土井にも忍術学園教師としての面子がある。ここには学園長の命で来ているのだ。
    「まずは、若君の側近たちを遠ざけてもらいたい」
    「どのように?」
    「へまをした者たちを怒って、国元へ先に帰るよう命じてくれ。それ以外のものは用事をあてがうか、体調を崩してもらう」
    「荒事は避けると」
    「もちろん」
     彼らもタソガレドキの人間だ。さすがに始末する訳にはいかない。忍者たちが彼らの失敗を誘発して、それを若君が怒るという筋書きで、退場させる。
     何か言い出したなら、帰ってから対処する。領内ならば、手はいくつでもある。
    「あとは、若君らしく振舞いながら、タソガレドキ領に入る。そこで、若君には改めて死んで頂く」
     誤魔化すにしても、限度がある。領内に戻ったら、土井と死体を入れ替え、若君の死を城へと伝える。土井の仕事は、そこまでだ。
     雑渡の手は相変わらず土井の身体に回されていたが、ただ抱いているだけだ。聞かれないよう話をするだけにしては距離が近いが、今はあえて抵抗している余裕がない。
    「若君らしく、という所に不安はありますね」
    「多少の違和感は誤魔化せる。若君は具合と機嫌がよろしくないと、他の者には伝えてあるからね」
    「若君について伺いましたが、かなり奔放な方だったようですね」
    「ああ。困ったものだ」
     話を聞く限り、若君というのは、一言でいえば、「いやなやつ」であった。
     見目が良く、武芸が達者で、殿の覚えもめでたいというのに、人望はなかった。
     周囲の者も基本的に若君に逆らわず、機嫌を取るよう躾けられた者ばかり。
     困ったものだったが、最後の最後に役立ってくれそうだと、雑渡は笑う。逆に言えば、ここに若君を本気で心配する者はいないという事だからだ。
    「我々には何を命じてもいい。他の者にも同じだ。度を過ぎれば、我々が『いつものように』止めるから好きに振る舞ってもらえればいいよ」
    「何でも、ですか」
    「そう。夜伽でも何でも」
     雑渡の笑いに、土井が眉を顰める。
    「そのような趣味がおありの方だったのですか?」
    「気に入れば何でも有りのお方だったね」
    「はあ」
    「若い娘や美しい少年が好みと知れ渡っているから、途中、差し出される事もあるかもしれない」
    「そうですか」
    「受けないのが安全だが、流れもあるから、そこは土井殿にお任せする。まあ、相手が欲しくなったら私を指名してもらうのが安全かな」
    「しませんよ!」
     土井は、ほとんど雑渡に後ろから抱きつかれている状態になっていた。落ち着かないような落ち着くような気分になる。
     それなりに緊張しているのだな、と土井は自覚した。
    「さ。そろそろ行こう」
    「はい」
     雑渡が離れると、土井は大きく息を吐いた。
     「若君」になるために、まずは「土井半助」を削り落とす。変装にも各々のやり方があるが、土井のやり方はそうだった。
     生徒たちの前ではやった事がない。できない。彼らの前では、まず「土井先生」であらねばならないから。
     だが今、土井の前にいるのは、タソガレドキの者だけだ。
     土井は一つ咳をした。
     喉に意識を集中する。低くて、不機嫌で、自信に満ちた、横柄な声。己が上に立つ人間であると自覚し疑わない者。
     目を細めた土井は、振り返りもせず雑渡に言い放つ。
    「行くぞ」
     その声を聞いただけで、雑渡は満足そうに目を細める。
    「はっ」
     そう返答し、雑渡は若君となった土井の跡を歩いた。「いつものように」。
     



     第一段階の側近たちを遠ざける策は、うまくいった。彼らは若君の我儘にも気まぐれにも慣れており、先に国へ戻れと言われれば、逆に喜ぶ者もいたほどだ。
     代わりに若君の周りを忍びで固めて、使用人たちは若君から離された仕事を言いつけられ、一行は予定通りの道順を進んでいく。
     土井の若君っぷりは、見事なものだった。
     教えられた通り、不機嫌そうに眉を寄せて、横柄な口を利く。側に仕える者、忍者たち、道中で出会う見知らぬ者にまで尊大だった。
     入れ替わりを知る者は少ない。更に入れ替わったのが土井であるという事実は、忍者隊の中でも、共に忍術学園へ行った者にしか知らされていない。
     その数少ない一人である尊奈門は、早々に若様の、土井の近くから離された。彼は土井に対して複雑な感情があり、今の「若君」と土井を完全に離し切れなかった。
     土井が、つまり若君がそれを察知し、
    「その方、何ぞ文句でもあるのか」
     と尊奈門を睨みつけた。雑渡が間に入って、尊奈門を若君の前から下がらせる事で話を収める。
     基本的に、若君と忍者隊の間の連絡は、雑渡が行っていた。これは元々そうだったから、怪しまれる事はない。
     若君は、雑渡から何か耳打ちされては、
    「左様か」
     と興味なさげに返す。
     二日目の朝までに何度かそれを繰り返した後、若君は激昂した。
    「かような些事をいちいち報告に来るな! おのれらで勝手にせい!」
     これで、雑渡たちがだいぶ動きやすくなった。
     雑渡と山本だけが若君の元に残り、他所事へと手を回せるようになった。
     代わりに土井を守る壁は薄くなった。
    「暗殺までされるとは考えにくいが、万一もある。気をつけよ」
    「そこらの忍びに、土井半助を殺すのは無理でしょうよ」
     尊奈門が小声で言って、名を口に出すなと高坂に拳を落とされる。そんな事は全員百も承知だが、今の土井は「土井半助」ではなく「若君」である。
     若君の仮面を守るため、死なないまでも、怪我くらいは甘んじて受けるのでは。そう思わせる程に、土井は『若君』になっていた。
     彼にかかる負担は大きい。ドクタケ忍者は、昼夜問わず若君を見張っている。
     一度見失ったせいもあり、彼らの見張りに隙はない。寝所でも、厠でさえも気を抜けない状況だ。
     時折、雑渡が近付いては、報告の体で、土井に次に会う人間の名前や若君との関係、次の指示などを伝える。
     大抵はそれで何とかなったが、困ったのは夜の歓待を申し出られた時だ。
     若君は色好みで知られている。
     実際に今回も、道々で美しい女や少年を差し出されていた。
     だが、土井にしてみれば迷惑でしかない。
     一番困ったのが、四日目。往路で世話になった商家に、再度訪れた時だった。
     これを機に「若君」と縁を結びたい商家の主人は、若君の事をよく調べて、準備していた。どうも、往路の時に、若君と何か話をしていたらしい。
     事前に若君は気分が優れないと伝えてはおいたが、意に介していなかった。
     歓待の準備をしていると言われて、土井も忍者隊も、内心で面倒な事をと思った。
    「気分ではない」
     土井は、不機嫌そうに一蹴する事を選んだ
    「は、しかし今回は選りすぐりの……」
     何とか歓待を続けようとする主人を、じろりと睨んで、
    「聞こえなんだか」
     地を這うような声で凄む。そのまま刀に手をかけようとするから、慌てて主人は引っ込んだ。
    「早う寝所に案内せい」
    「はっ」
     いささか強引ではあったが、やむを得ない。
     ボロを出して、変装が露呈する危険は避けたかった。
     知らない人間に変装するのは負荷が大きい。土井は疲れた様子を見せなかったが、積み重なった疲労を察する事はできる。
     どうにか周りを誤魔化しながら、忍術学園を出て六日目。
     やっと一行は、タソガレドキ領に入った。

     

     もうすぐこの仕事も終わりか。
     タソガレドキ領の宿の天井裏で、ドクタケ忍者はやれやれと息を吐いた。
     もう日が暮れて、外は暗い。若君は宿の奥まった一室で、人払いをして酒を飲んでいた。
     タソガレドキ城主のお気に入りの若君が来たとの情報により、彼は若君をずっと見張っていた。もちろん、今外にいる仲間たちと交代でだ。
     一度へまをして見失ってしまったが、若君はすぐに戻ってきたし、それからは目を離していない。
     タソガレドキ忍者隊がついているから警戒していたが、何か裏がある訳でもなさそうだ。暗殺対象になるような人間でもない。
     観察はしていたが、おかしな所は何もないと報告できる。
     ひとつ不思議なことと言えば、一度見失った後、若君の行動が大人しくなった事だ。色好みの若君として有名な男が、あれから、その手の誘いに一切乗っていない。
     旅の疲れが出ていると言えばそれまでだが、違和感はある。
     違和感は調べた方がいい。
     という訳で、彼は仲間がもういいと言うにも関わらず、こうして天井裏に潜んでいた。
     戸の向こうに、誰かが来た。外から声がかけられ、若君が「入れ」と短く返す。
     入ってきたのは、雑渡だった。
     彼は若君に向かい一礼して、「こちらを」と文を差し出した。
     若君は文を開いて、それを読む。その顔に驚きと怒りが浮かぶのを、ドクタケ忍者は目撃した。ただでさえ不機嫌そうな顔が、凶悪なまでに歪む。
     天井裏まで怒りが伝わってくるようだった。
     若君は文を読み終わると、ぐしゃりと握りつぶした。力を入れて丸め、雑渡に投げつける。
    「捨てよ」
     避けもせずに丸めた文をぶつけられた雑渡は、「承知いたしました」と一礼する。
    「ご返答はいかがなされます」
    「……好きにせよと伝えろ」
     苦虫を噛み潰した声で若君が答えると、雑渡は文を持って出て行った。
     男の気配が消えると、若君の舌打ちが聞こえた。何やらよほど不快な内容であったのだろう。
     そちらを調べるべきか、と思った時、再び気配が現れた。
     今度は違う忍びだ。雑渡ではなく、山本であった。
    「何だ」
    「お耳を」
     不機嫌さをものともせず、山本は若君に近付く。
     渋々といった風にそれを許した若君は、ふむ、ふむ、と何度か頷いた。
     何度目かの頷きの後、眉間の皺が和らいでいった。
    「わかった。連れて来い」
     更にしばらくすると、山本が一人の男を連れ来た。
     後ろ手に縛られ、服には乱闘を行ったであろう跡の残る男を、若君の前に座らせる。
     粗末な着物着た大柄な男だった。体中に包帯を巻き、ぼさぼさの髪は背中まで伸びている。
    「ご苦労。おまえは下がれ」
    「……はっ」
     山本は一瞬躊躇したが、出て行った。このような得体のしれない男と若君を二人きりにするのは、何かおかしい。ドクタケ忍者は目を凝らして見知らぬ男の背中を見た。
     だが、彼は気付けなかった。
     それが包帯をいつもと異なる形に巻き、火傷の跡と傷の跡を更に付け加え、粗末な格好をした雑渡だと。



     変装した雑渡は、土井の変装する若君に向かって、頭を下げていた。
     顔を上げなくても、土井の冷たい目に睨まれているのは感じる。それは半分芝居で、半分は土井自身の怒りだった。
     先ほど、土井に渡した文は、雑渡が用意したものだ。
     文にはこれまで土井に隠していた事が書いてあった。
     若君の死んだ原因だ。
     彼には悪癖があった。普段は若く美しい女か芳しい美少年を好む若君は、時折、男を拾っていた。
     大抵は大柄で、体力がありそうで、粗雑さを隠そうともしない愚鈍な男だった。若君は、そうした男に犯されるのを楽しんでいた。
     数日前、若君はその楽しみの最中、男に跨ったまま死んでいた。男が何かした訳ではないから、自然に死んだというのは、嘘ではない。状況を隠していただけだ。
     そして雑渡は、彼の死をこれから再現したいと、文に書いていた。
     嘘は、真実を混ぜると強固になる。
     土井は、それがわからない男ではない。ここまで苦労して積み重ねた仕事を、無駄にする男でもない。
     であるから、文を読んだ土井は、怒った。怒ったが、どうにもできず、若君としてここに座っている。
    「表を上げよ」
     雑渡が顔を上げる。若君は値踏みするような目で雑渡を見ており、つまり土井は怒りつつも冷静であると見て取れた。
    「其方、私の側近どもと揉め、殴り合ったそうだな」
    「…………」
     男が頷く。
    「おまえは口が利けぬと報告があったが、誠か?」
     男が扮した雑渡は、また頷く。
    「何人か怪我したと言う。私を守るべき兵が、其方一人に振り回され、情けない事よな」
     男は黙ったままだ。神妙な顔で、若君を見ている。
     普通ならば、男はここから無事に帰れはしないだろう。だが今は違う。
     土井はしばらく、雑渡の顔を見ていた。
     何かを考えるように黙り込む姿は、果たして芝居か真に迷っているのか。
     やがて、若君は口を開いた。
    「そこに寝転べ」
     男が戸惑った風な顔をすると、
    「寝転べと言っておる」
     鋭い声が飛んで、男は仕方なく従った。身体を縛られたまま、仰向けになる。
     若君は立ち上がり、男に近寄っていく。
     刀は持ったままだ。
     若君は、男の腹の上に跨った。それなりに上背のある若君が乗っても、男はびくともしない。
     若君は鞘に納まったままの刀で、男の身体を撫でた。首から胸元へ、鞘を這わせる。
     若君は立ち上がり、そして、鞘から刀を抜いた。
     すい、と刀を振り、男の縄を斬る。それから男の前にしゃがんで、そして、
    「私を犯してみよ」
     有無を言わせぬ言葉を発する。
    「私を楽しませてみよ。さすれば、おまえを許してやらぬでもない」
     最初から許すつもりのない言葉であり、後から絶望させるための虚偽の言葉だ。本物の若君が言ったのならば。
    「おまえ次第だ」
     男が意を決したように身体を起こす。若君の身体を引き寄せて、そのまま体勢を逆転させ、若君の身体を押し倒す。
     若君の変装の向こうで、土井の目が雑渡を見上げる。瞳の奥に、隠しきれない怒りがちらついている。
     雑渡が口だけを動かす。
    「私が若君をどう抱くか、興味はある?」
     瞬間、土井の目に殺意に近い怒りが湧く。
    「その気になったか」
     声に怒りを滲ませないのはさすがだ。少し掠れているが、むしろ、興奮しているようにも聞こえるから悪くはない。
    「良いか、下郎」
     土井は腕を伸ばし、乱暴に雑渡の首を掴んだ。
    「私を満足させられねば、この首は跳ね飛ぶと思え」
     雑渡は相変わらずのろのろとした動作のまま、だが口元には微かな笑みを浮かべて、土井へ手を伸ばした。





     それから数日後。
     まだあれこれ始末の真っ最中だが、いつもの悪癖中に外聞の悪い死に方をした若君ついて、周囲の反応は冷淡だった。
     まだ油断はできないが、おおむね忍者隊の筋書き通りに事は進むだろう。
     今回の功労者が土井半助である事は、一致していた。とはいえ、彼が替え玉を務めた事を知っているのは、ごく一部の者だ。
    「功労者に報いれないのは残念だね」
     どこか呑気に言う雑渡に、
    「いつ土井殿が組頭を刺すか、気が気ではありませんでしたよ」
     半分本気で山本が言う。
     今回ばかりは、山本も土井に同情していた。
     領内に入ったら、若君の死をドクタケ忍者の前で再現する、というのは聞いていた。土井も、当然聞いているのだろうと思っていた。
     事を起こす直前、今から土井に計画を伝えてくると雑渡に言われて、山本は驚愕したのだ。
    「伝えた時の土井殿は、どのような反応だったのです?」
    「それはもう怒っていたね。殺されるかと思ったよ」
    「そりゃ怒るでしょうな」
     どこか楽しそうな雑渡に、山本は呆れた。
     とはいえ。たとえ事前に知っていたとしても、何ができた訳ではないが。
    「何故、最初に説明しなかったのです?」
    「事前に説明したら、避ける案を思い付かれるだろう。こちらの計画を崩されては困る」
     それに、と人の悪い笑みを浮かべる。
    「土井殿は責任感が強いから、どれだけ怒っても、任務はやり遂げるだろうからね」
     恐らく土井の怒りは、その辺りを雑渡に見透かされていたせいもあるのだろう。
     最後の仕上げとなったあの夜。土井が扮した若君は、行為の最中に苦しみ始めた。そこから必要以上に騒動を起こして、土井と本物の死体を入れ替えた。
     ドクタケ忍者は若君の死を確認して、屋内から消えた。遠巻きに見張りを残して。
     ようやく解放された土井を匿ったのは、山本だ。土井はひどい顔色をして、動きも鈍かった。疲れ切っていたのだろう。
     だが、他の者が来る頃には、それも消えていた。
     尊奈門が早速いつものように噛みつきに来ても、困ったような顔で「さすがに今日は勘弁してくれないかな」と苦笑いするだけだった。
    「私はしばらく動けないから、土井殿を送りながら、忍術学園に報告を頼む」
    「はい」
    「で、土井殿はまだ怒っていたか?」
    「我々には何も。ただ、組頭には怒っているようですよ」
     雑渡の名前を出した時の、彼の引きつった顔を思い出す。
    「そうか。やはり会わない方がいいな」
    「我々もその方が助かります」
     山本は真顔で続けた。
     巻き込まれたくない一心で。
    「痴話喧嘩の仲裁は御免ですので」





     忍術学園に戻った土井半助の第一声は、
    「……また授業が遅れたなぁ」
     であった。
     思わず漏れた呟きは疲れ切っていて、共に忍術学園に辿り着いた山本が、申し訳なさそうな視線を寄越してくる。
     山本は学園長に報告をして、その日はすぐに帰ってしまった。
     それからしばらくして、目論見通りに終わったと報告が届いた。ようやくほっとした。
     ただ、一つだけ。
     一向に会いに来ない雑渡への不満はある。あの時は余裕がなく、雑渡へ抗議も何もできなかったが、彼のだまし討ちに対する怒りは消し切れない。
     タソガレドキからの報告はあったが、雑渡自身からは何もない。あれだけ人を働かせておきながら、顔を見せるどころか連絡ひとつない。それも土井を苛つかせていた。
     礼や弁解や理由を聞きたいという気持ちの底に、雑渡の顔が見たいと、会いたいという本音がある。行けるものなら直接乗り込んでやりたいくらいだ。
     だがとにかく今は、授業が最優先だ。
     しばらくぶりに会えた一年は組の顔を見てほっとして、授業の進み方があまりにあまりな事に胃を痛めながら、土井は日常へと戻った。
     そうして、やっと気持ちが落ち着いてきた頃。
     土井は学園長に呼ばれた。そして外出する学園長の付き添いとして、一緒に学園を出た。顔馴染みの宿という場所に連れてこられた所までは、土井は単なる護衛兼お供のつもりでいた。
    「お久しぶりです。その節はご面倒をおかけしました」
     宿の一室に、雑渡が涼しい顔で座っているのを見るまでは。
    「え、雑渡さん……?」
    「わざわざこんな所まで、すまんの」
    「いえ」
     土井を置いて普通に会話を始める。学園長にとっては事前にわかっていた事なのだろう。
     学園長を奥に、土井はその横に。雑渡は学園長の向かいにという配置で座り、改めて挨拶をする。
     そして雑渡は、二人に向かって深々と頭を下げた。
     学園長は鷹揚に受け止める。土井は、そこまで心を広くは持てない。
    「土井殿にもご迷惑をおかけ致しました」
     学園長の前でなければ、何か言い返してやりたかったが、体裁を整えるくらいの理性はあった。
    「いえ。無事に済んだのでしたら、骨を折った甲斐がありました」
     頭を下げ返して言いながら、胸の奥からもやもやした感情が蘇るのを感じる。
     雑渡は学園長に諸々を報告して、改めて礼を述べた。
     それらが終わると、土井に、
    「土井先生にも改めて礼をしたいのですが、お時間はありますか?」
     と白々しく尋ねる。
    「いえ、私は学園長の付き添いなので……」
    「構わんよ」
     学園長が横から口を挟む。
    「え、学園長?」
    「土井先生はずぅっと忙しいようだからの。少しは息抜きをすると良い」
    「いや、しかし……」
    「ワシは帰るからの」
    「えっ? でしたら、私も……」
    「土井先生はゆっくりせいと言ったじゃろう」
    「でしたら学園長もこちらに」
    「ワシは明日、デートの約束があるのでな」
     やられた、と土井は気付いた。
     土井はこのところ、いつにも増して働いていた。授業の遅れを取り戻すためと、心の中のもやもやした気持ちを誤魔化すためだ。
     そういえば最近、山田や他の教師から、たまには休めと続けて言われていた。そうします、と笑って流していた土井に対する強制的な休息。それが今日だったという事か。
    「ではワシは土産でも買って帰るとするか」
     土井にはもう言い返す気力がない。
     休みを取らされるのはいい。心配をかけた反省と、感謝があるだけだ。
     問題は、ここに雑渡がいるという事だった。
     普通ならば、こんないつ敵に回るか分からない男と過ごす事が、骨休みになるはずもない。
     それが、なると思われたという事は、つまり。
     土井はそこまでで、考えるのをやめた。
    「学園長先生は、何でもご存知だね」
     雑渡がそう言ったのは、学園長の気配が完全に消えてからだった。
    「……の、ようですね」
     はあ、とため息を吐く。
    「なるほど、土井先生はお疲れのようだ」
    「おかげさまで」
     学園長が出て行けば、もう互いに堅苦しい空気はなしだ。
     雑渡は姿勢を崩し、土井は不満をあからさまに顔に出した。
    「……雑渡さんも、ここに泊まるご予定で?」
    「お誘いを受けております。が、土井先生が嫌でしたら、帰りますがね」
     にやりとする雑渡はもちろん、見透かしているのだろう。土井が断るはずがないと。
    「……帰らないで頂きたい。先日の一件で、お聞きしたい事がありますので」
     なるべく怒りを思い出しながら、そう言うのが精一杯だった。

     

     急に土井を借りて、返してから、ひと月ほどたった頃。ようやく雑渡も落ち着き、正式に礼に行ってもいいかと伺いを立てようとした頃だった。
     忍術学園の学園長直々に呼び出された。
     こちらから礼に行くつもりだったと伝えると、ならば一人で来てくれと場所と時間を渡された。一人で、という所に引っ掛かりを覚えたが、「こちらは二人で行く」と書かれていた。
     この用件で来るとしたら、学園長と、土井半助に決まっている。
     さほど警戒の必要はないと思いつつ、近場に部下を配置したのは、習性のようなものだ。宿に一人で来ただけでも、雑渡にしては珍しい行動だった。
     そして学園長が帰って行き、飯と風呂を済ませて、雑渡は土井と二人で向き合っている。
    「それで、聞きたい事というのは?」
    「…………」
     土井は何か言いたげに何度か口を開きかけては、何も言わずに閉じた。
     しばらく待った後に、やっと出てきたのは、質問ではなかった。
    「私もね……わかってはいるんですよ」
    「ほう」
    「あなたのした事の、理屈と理由は分かりますよ」
     じろりと雑渡を睨みつける。あの日、手紙で事実を告げた時の殺気に比べれば、可愛いものだ。
    「だからって、私が怒らない理由にはならないんですよ!!」
     なるほど。問い詰める代わりに、感情をぶつけて来る方向に来たようだ。
     放っておいても、土井の機嫌は直りそうもない。さてどうするか、と考えた雑渡は、土井の頬に触れた。
     表情が和らぐ事はなかったが、抵抗もされない。ここで雑渡と過ごす事については、異論がないようだ。
    「愛想をつされたかな?」
    「だいぶ」
    「それは困るね」
     減らず口にも付き合ってくれる。振り払われないだろうと踏んで、抱き寄せた。
     思ったよりも簡単に触れられたから、少し調子に乗って、そのまま土井を床に押し倒す。
     土井はされるがままだが、まだ瞳には怒りがくすぶっている。機嫌は直っていない。
    「誤魔化す気でいますか?」
    「いや、謝罪する気でいる」
    「謝罪という体勢ではないようですが」
    「おや、もうお忘れかな?」
     眉を寄せた土井は、雑渡に視線で「何を」と問いかけた。
    「あなたを満足させたら許していただけるのでしょう、若君?」
     雑渡が目を細める。
     土井は口を引き結んだまま、雑渡を見上げる。それから無言で、手を伸ばした。
     冷たい指が、雑渡の首に触れる。冷えた感触は首筋でぴたりと止まった後、ゆっくりと移動した。そのまま、土井は長い指を横一文字に滑らせる。
     雑渡の首を斬るかのように。
    「私を満足させられねば、この首を刎ね飛ばすとも言ったはずだが?」
     不機嫌な低い声。いつもの柔らかい土井の声ではない。
     雑渡は少しだけ目を見開き、それから喉の奥で笑った。
     土井は笑う気にはなれないようで、
    「まったく……」
     と呟きながら、身体の力を抜く。作った声色は取り払われ、目から尖った光が消えていた。
    「だったら、せいぜい励んでください」
     後に残るのは、照れたような怒ったような顔をした、いつもの土井半助だ。
     こちらの方がいい。
     雑渡は土井の頬を手で包み、額に口付けた。土井が手を重ねてくる。
     長い口付けの後、雑渡は土井の耳元で囁いた。
    「では今宵はとことんお付き合い願おうか」
     言葉ない。
     ただ雑渡の背中に回された手が、土井の返答だった。
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