Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    墓欠片

    @yatuhasi_fgo
    はかかけらと申します
    その時その時の推してるものを描きます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐳 🌍 🌅 🍣
    POIPOI 286

    墓欠片

    ☆quiet follow

    💧星の文 Twitterに連投した短いもの纏め ラウグエ

    まとめ目次
    1.考える足
    2.ラウダのパーフェクトグエル教室
    3.シアターにて

    1.考える足

    兄は少し僕に横暴である。


    と言うよりも、周りが見えなくなる時がある。例えるなら、熱量に押されて、窓から飛び降りて行ってしまうのを、ぽかんと眺めるしかないような。兄は飛び降りる過程に付随する自身への危険を省みない。これらの飛び降りには、しばしば僕が巻き込まれることがあった。
    告白しよう。それがどうしようも無く嬉しい時があった。そりゃ、腹が立ったり悲しかったり、と言う気持ちも嘘じゃない。だが、兄が自身を危険に晒すとき、巻き込まれるのは何時だって僕だけ。兄は敵以外に、実の所臆病なまでに優しい。「すまん」とか「悪いが」とか軽く言って、彼が窓から飛び降りる時、手を引かれるのはきっと僕だ。

    僕は兄の一部として認識されていた。

    僕が父に従って兄の側に立てない時の、兄の身を引き裂かれそうな顔が辛くて辛くて、それでも嬉しい。だって、兄は他の人間に裏切られても少しも悲しそうな顔はしない。怒りも無く悲しみも無い。当たり前。お前もお前もお前も、俺を裏切って当然。そういう顔をしている。

    でも、兄は、平気なフリをしているし、割り切ろうとしているけれど、僕だけは父に取られて辛いのだ。兄が僕を、どう思っていても良い。独善的でも、愛でも、物扱いだって構わない。ただ、兄は僕の手を握っているつもりでいるのだ。もしくは、自分の手か足だとすら。

    それが嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい!周りを威嚇する仕草も大袈裟で、下手で、周りには不器用で実直だとバレている、兄の。人間的な傲慢を、受けられるのは僕だけだ。

    だから、全部に巻き込んで欲しい。

    兄が死ぬ時、僕も死ぬといい。ちょっと気持ち悪いと我ながら思うが、それだったら最高だ。絶対こんなことは兄に言えないが。兄は悲しそうな顔をして、心底傷ついて、「どうしてそんなことを言うんだ」と、堪えながら言うだろうから。
    兄さんが死んだら、自分でも何を思うか分からない。と言うより、兄が死んだ後、自分の心臓は動いていて、脳は一秒毎に彼を忘れていくというのが、耐えられない。最悪だ。吐き気がする。絶対に兄より先に死ぬか、寸刻変わらない時に死にたい。やりたい事や夢や希望さえ、兄が亡くなった後の自分が持つと思うと、酷い自己嫌悪を覚える。

    ねえ兄さん。カッとなりやすくて、人情に弱くて、不器用で、だけど、誰より、美しい、燃え盛る火を、神様が人の型に注いで、生まれさせたような、とても僕と同じ血を分けたとは思えない、兄さん。
    地獄でも天国でも、絶対に、適当な事や押しつけを、真剣な目で本気で僕に言って、手を引いて、強引に連れて行って欲しいんだよ。
    文句は言わない。兄さんみたいな火に焼かれて死ねたら、どんなに良いか、夢にさえ見る。兄さんは理性を取り戻す度、少し気まずそうに目を逸らしたり、小さく謝ったり、落ち込んだりするけど。ねえ。全然要らない。そんなもの。兄さんに甘えられてんだよ、あの兄さんに。酔っ払いって言うのはこういう気持ちなのかもしれない。とびっきり甘くて、度数の強いヤツを、ガーッと飲んだ時の、物語の描写に似ている。本当に飲めたら全く違くて、ガッカリするかもしれないが。

    手足として扱うなら、もっと徹底的で良い。頼むよ。お願い。連れてって。ちゃんと手を引いて。貴方が飛び込む予定の沼地に、先に放り込んでくれたっていいよ。お願い、お願い、お願い…。



    目が覚める。
    アラームの音がうるさい。頭が痛い。しょうがなくて、起きる。
    兄さん。何処にいるの。
    生きてるなら返事してくれないと、困るよ。
    死なれてたらもっと最悪。最近、そんなことばかり考えてるよ。兄さん。寮は任されたから、やってるだけ。ちゃんと立ってないと、貴方が戻ってきた時困るでしょう。悲しむでしょう。自分の足が折れてたら、嫌でしょう。
    「兄さん」
    鏡に自身の顔が映る。顔を顰めた時だけ、僕達は顔が似ている。何故かは分からない。だから穏やかに笑ってる時の兄さんは、全然僕に似ていない。この学園に入って以来、そんなものは久しく見ていないが。

    突然、この部屋をめちゃくちゃにぶっ壊して、MSから出てきて、「すまん、ラウダ」とか、そんなんでもいい。いいんだ。
    帰ってきて。


    お願い。



    お願い…。







    2.ラウダのパーフェクトグエル教室

    気がつくと俺は薄暗い部屋に拘束されていた。目の前にはモニター。事態の把握にそう時間はかからなかった。この一室から出る為に頭を回し始めるのも、立場上普通の人間よりは早い筈だ。パチン、と古臭い音がして、頭上の電球に明かりが灯る。闇に慣れた目が光に照らされ、一瞬視界が歪む。




    「それでは、これからジェターク寮恒例グエル・ジェタークプレゼンを行う。おめでとう。君は198人目のプレゼン受講者だ」
    「帰らせてくれ」


    俺の即答、そして俺の見た目を確認して目の前の男...こんなことを実行する奴は一人しかいない...は目を瞬かせた。
    「シャディク?何故ここに...」
    何故ここに、では無い。こちらの台詞だ。俺はグエルに資料を届けに来て、それからジェターク寮内を通って戻ろうとしただけなのだ。それがどうして拉致拘束兄プレゼンの餌食にならなくてはならないのか。これは訴えて良い奴なのか?そもそもこんなことを恒例行事にしているのをグエルは知ってるのか?
    「ラウダ...説明してくれ。学内を違法に改造しているならこちらとしてもやり方が変わってくる」
    心もとない明かりに照らされたラウダは、別段焦る様子もなく前髪を弄る。彼の癖だ。直した方がいいと俺は思うが、兄貴が注意しないのでは仕方ない。
    「正式な申請を受理した上での改造だ。これらはジェターク寮内で了解を取っている。巻き込んだのは悪かったが、ペラスレーからの訴えは聞き届けられない」
    「そうか。じゃあ拘束を解いて帰らせてくれるんだな?」
    ガチャリ、と俺を繋ぐ腕輪をわざとらしく鳴らした。内容が恐ろしくくだらないのは分かったが、拘束されているのは心臓に悪い。
    「そうだな...」
    ラウダは手元の紙の資料を捲る。辞書程度の厚みはありそうに見えるが、まさかあれら全部が?したくはない想像だ。
    「兄さんの弱みにならないような点のみに絞れば、30分...いや、1時間弱で終わると思うが」
    いや怖いよ。普段どの程度の内容なんだ?
    「通常90分程度に収めている」
    心を読まないで欲しい。今1番怖かった。自慢じゃないが俺は大変誤解されやすいし寧ろ率先して周りを誤解させている。それが一番やりやすいからだ。ラウダは普段それに気づけるタイプじゃない。にも関わらずその返答は怖過ぎる。声に出てたのか?愛のなせる技と言う奴なのか?頬に汗が伝う。
    「顔色が悪いが...どうした?シャディク。まさか...兄さんのプレゼンが嫌なのか?」
    「嫌ではないよ。でも選択にあっても進んで取る授業でもないよ」
    「この1時間で単位も一つ出るが?」
    「破格過ぎるだろ!怖いよ!暴虐を極めてるだろ!なんで寮内で反乱が起きてないんだ!」
    「周りのパイロットをアイドルめいた方向で統率しているペラスレーに言われたくは無いが...」
    寧ろ開き直って方向性を定めている方が良いと思う。なんなんだ?もしかしてこれから洗脳とか始まるのか?目をかっ開く機械を嵌め込まれて映像を延々見せられるホラー映画が始まるのか?
    「兄さんのプレゼンをそんな雑に終わらせる訳が無いだろう...僕が直々に兄さんは素晴らしいと言うエピソードを語って聞かせる内容だ」
    「絶対反乱が起こるだろ。197人目までに消されている人間が居る筈だ、監査を通せ監査を」
    「言いがかりだ。全員笑顔で帰って行った」

    ラウダの手が機械に伸び、モニターに映す映像を選択し始める。なんだろう、これから新興宗教とか加入させられるのか?事と次第によってはここでドンパチ起こして逃走を計ることになるだろう。俺の脳裏に、幼少期のミオリネとの楽しい思い出が過ぎる。走馬灯である。
    何故弟から兄の話をされるだけでこの仰々しさなんだ?絶対ストレス発散とか込だろ。そもそも俺相手でも続行しようとしてる時点で完全にストレス発散が主な目的だろう。グエルにチクる事も考えたが、信じまい。この弟は兄の前では完璧に冷静だ。
    『お前の弟ランダムで寮生拉致してお前のプレゼンしてるぞ』と俺が真剣に訴えたところで、グエルは俺の事を信じられない物を見る目で睨むし、『そんな突飛なことあるわけないだろうが!』と叫ぶ。そうして会話が終わるだけだ。想像の中ですらため息を吐きたい気持ちに駆られた。

    ラウダが資料片手、グエルの名前の綴りや生年月日を諳んじ出す。暗記してるなら資料いらないだろと叫びたくなったが抑える。まともに突っ込んでいては俺の精神が持たない。寧ろジェタークの情報を持って帰るくらいの調子で居るべきだ。ペースに乗せられては行けない。俺は今チャンスを得ているのだ。
    そう自分に言い聞かせながらモニターを眺める。グエルのホルダーになってからの戦績、1年から3年の間の詳細なものが大変分かりやすくまとめられている。この力を他に活かせなかったのだろうか。いや、活かしているから副寮長なのだろう。副寮長が寮生を拉致るな。
    改めて凄まじい戦績だ。くだらない言いがかりから壮大な挑戦まで片っ端から受けていながら常勝無敗。ホルダーにミオリネと言うトロフィーが付けられる前からも以降も、彼は常に頂点に立っている。だからこそ、俺はグエルになら任せられると思ったのだが。
    続いて一戦一戦の名場面を切り抜いたものが選出されて表示される。大体の戦いは俺も見覚えのあるものだ。成程これは新入生や反骨心のある生徒を黙らせるにはもってこいの資料だろう。少しでもMS戦の知識があるのなら、挑戦する気が失せる。それだけの技術がカメラ越しでも分かる。
    ラウダは意外とその辺を理解した上でプレゼンをしているのだろうか...?いや、それなら納得が行く。寮長に反抗しようなどという不届きな輩が出ないよう、密かに統率を計っているのなら。いや、拉致はどうかと思うけど。これを犯罪だと意識してないでやってるだろ。問題だぞ。

    暫くグエルの決闘の様子が続く。見ていて飽きない編集だし、こういう内容なら割と実益も兼ねている。映像を貰ってペラスレー寮生にも参考資料として提供してもいいくらいだ。
    「では続いて兄さんの顔の良さについて」
    前言撤回しよう。この前半部分だけ切り取って提供して欲しい。
    「ちょっと待てラウダ...この後どういう内容だ?まさか丸々顔の良さじゃないよな?」
    「兄さんの顔の良さ、肉体美の後は寮内での兄さんの勇ましいエピソード、その後は兄さんの幼少期の微笑ましいエピソードだ。心して聞け」
    「マウントだねこれマウントだよな?これ」
    「マウント...!?僕がそんな浅はかな思いで兄さんのプレゼンをする訳ないだろう!!」
    「百歩譲って兄さん勇ましエピソードまでは認めよう!でも幼少期のエピソードはマウントだろ!」
    「幼少期の話は兄さんの欠かせない要素の一つだ!失礼な事を言わないで欲しい!!」
    「じ、自覚...分かった、分かったけど顔の良さってなんだ顔の良さって...後肉体美ってなんだ!?もうそんなの俳優とかモデルのプレゼンじゃないか!いや、まあ人並み以上に整った見た目ではあると思うが...」

    ラウダがモニターの映像を切り替える。グエルの顔がデカデカと映し出された。
    「睫毛が長くて目が綺麗で鼻が高くて泣きぼくろがチャーミングだろう」
    「ご、語彙力が...!ウチの寮生がサビーナの事を語る時並に低下している!」
    と言うかグエルの顔を可愛い寄りだと思って語っているなら認識の齟齬を改めた方がいい。どう考えても世間一般の価値観で美形であっても可愛くは無い!

    「兄さんは可愛くもありかっこよくもあるからな、当然だ...」
    「凄いねラウダ、先程までの明朗快活で分かりやすい説明は何処に飛んで行ってしまったんだ...」
    プレゼンとしてどうなのかとも言いたくなる。しかし恐ろしい事に映像にはグエルの顔をこれでもかと生かしたシーンばかり詰まっていた。ラウダが深夜綴ったポエムのような事を言い出したとてなんの支障もない。プレゼンの体裁は崩れていないのだ。こんな所で冷静で理性的なところ出さなくていいから。まあ、異常に繊細な説明をされてもそれはそれで恐ろしいから良いのだが。
    「肉体美に関してだが、これは人を見極める必要がある」
    「人を見極める必要がある?」
    「兄さんのことをやましい目で見る人種であった場合、ここでシメなくてはならない」
    「言葉のチョイスが不良に...」
    「まあ、君なら心配は要らないか。普通に流そう」
    少しの操作の後、やはり映像が流れ出した。

    主に公式の決闘試合や訓練等をしている姿だ。最初の方のカメラと目のあったグエルの様子を見るに、本人の許可を得て撮影したものらしい。グエルも突然言われて戸惑ったに違いない。弟に適当言われ、そのまま応じて撮影されたのだろうか。他寮事ながらチョロさが心配だ。
    俺の多少の憐憫が伝わったのか、意外にもラウダも目を伏せた。兄の事になると冷静さを失いがちな男だが、兄の性格や欠点は至って正確に認識しているらしいのが恐ろしい所だ。それは愛が理想化ではなく、真の物であると示している。
    「...やっぱり心配か?」
    他の寮の長である俺の手前、あからさまな心配や労りは兄の心証に関わると分かっているのか。直ぐに頷いたりはせず、多少躊躇ったあとラウダは言った。
    「GPSは検討している」
    「辞めた方がいいね」
    やはり冷静さは欠いている。と言うか実施してないだけマシなのだろうか?価値観の麻痺を感じる。こんなものを長時間見せられているせいだ...。目眩を覚え頭を振る。
    「兄さんのエピソードだが...これに関してはジェタークの名誉が関わる事だ。君には話せないな」
    「残念だ。情報はあるだけいい」
    本音半分、安堵半分で言葉を紡ぐ。少しでもこの時間が短くなるなら御の字だ。
    「では、兄の幼少期のエピソードについて話そう。あれは7際の頃の話だ...」
    「なあこれどれくらい長くなる?」
    「静かに聞けばそれだけ早い」
    モニターに謎のイメージ映像が流れる。暖炉に火が焚べられ、地球で言う冬を連想させた。昔ミオリネから聞いたような寒い地球を。

    「サンタクロース、と言う文化は広く根付いているものだが...君は知っているか?シャディク」
    「ああ。流石に聞いた事はあるな。俺の家には来なかったよ」
    「僕も、ジェタークの家に預けられる6歳の頃までは来なかった。クリスマスも祝わなかった」
    ジェタークの姓を貰っていないことから察するに、ラウダの扱いは想像に容易い。それ以前も、それ以降も。俺は黙って続きを待った。
    「ジェタークに来てからは...まあ、クリスマスを祝う食事はあった。他社の接待をするパーティみたいな物だったが、祝日なんだなと初めて実感したよ」
    ラウダは苦く笑いながら、前髪をくるくると弄る。
    「当然、サンタは来ないと思ってた。父さんはそんな遊び心のある人じゃないし。だから普通に寝て...だけど、起きたら枕元に箱があった。ラッピングもしてあって、いかにもクリスマスってカラーの物だ。赤と、緑だった。驚いて、兄さんは貰ったか聞きに行った...兄さんは、サンタが来たのか、良かったな、俺も来たよと言った」
    明確に覚えているであろう景色を頭に浮かべたのだろうか、ラウダは薄く微笑む。
    「開けてみたら、中身は僕が欲しいと言ってた宇宙船の模型だった。それで気付いたんだ...模型が欲しいって話は、兄さんにしかした事がなかったから、だから...」
    喜色を含んだ声色は、当時を想像させた。目の前の兄がサンタクロースだと気付いた時の彼の喜びは、どれ程のものだったのか。
    「...それは毎年続いた。15になって、流石に兄さんに聞いたよ。これ兄さんでしょって...聞かれると思ってなかったのか、えらく動揺してて...嘘つくか迷ってるみたいだったな。結局観念して、『ああ、俺だ』って返されたよ。...」

    ラウダは深呼吸した。

    「兄さん最高では!?!?!?!?!?!?」

    弟が拗らせた原因はアイツにも問題があるなと思った...と返す訳にも行かず、肩を揺さぶられた俺はガクガク頷いた。
    「いやアレだな、なんで皆ニコニコして帰っていくか分かったな。ズルいよ、幼少期良き兄エピソードで締めくくるのは。別にグエルが好きじゃなくてもおお...って思って帰るだろ皆」
    あと話慣れすぎて片手で映像とbgmを変えるな。臨場感を増やすな。パフォーマーか。
    「ありがとう。それは計算済みだ」
    突然真顔にならないで欲しい。先程までの絶叫とのギャップが激し過ぎるから。
    この話、グエルは恥ずかしい話だと思ってそうだけど、寮生の団結には一役買ってそうだな...俺はジェターク寮内の殆どがグエルのこの側面を知っている事実に怯えた。
    「さて、これでプレゼンは以上だ...本来はもっとあるし、質問等もあれば受け付けるんだが、君はペラスレーの寮長だからな」
    ペラスレーの寮長にここまで語るのもどうなんだ、と思いつつニコニコ頷く。この手枷足枷もようやっと外れるらしい。
    「また、このプレゼンについて兄さんに漏らした場合今回のプレゼンが不眠24時間コースで課せられるので、そのつもりで」
    「いや怖す」
    俺の反論は俺の墜落によってかき消される。ラウダが上から垂れた謎の紐を引っ張った瞬間、俺は椅子ごと落下し意識を失った。







    決闘委員会のラウンジに足を踏み入れ、腕を組んだグエルを見つける。今回の決闘の立会人は俺でもグエルでも無いため、後ろの方で会話を眺める。
    「よ、グエル。調子どう?」
    お前に気にされるような調子はない...とでも言いたげな顔で睨みつけられる。怖い怖い。
    「普通だ」
    「変わらない返答だな」
    肩を竦め、グエルを眺める。この前の拉致以来久しぶりの邂逅だ。ラウダの言葉が脳をリフレインし、へえ...このグエルがサンタを...とつい考えてしまう。グエルも俺の様子がおかしい事に気付いたのか、ぎこちなさそうに足を鳴らした。
    「...なんだ」
    「いや、別に...」
    「...おい!なんでそんな微笑ましげなんだ!気色悪い...」
    「いやいや、別に微笑ましいことなんてないだろ?俺がグエルに...」
    「......寮生もたまに....そんな感じの視線を送ってくる時があるんだ!シャディクお前、何か知っているのか?知ってるなら教えろ!」
    おいややバレてるじゃないか。
    「決闘だ!条件に提示する!受けろシャディク!!」
    「いやいやいやいや!しないしない知らない知らないジェターク寮生に聞きなよ!」
    「寮生を問い詰めたら問題だろうが!」
    それはそう。と言うか弟とかにさりげなく止められると思うよ。あと俺が嘘ついたらどうするんだコイツ。
    「くそっ...なんなんだ...!」
    双方小声のやり取りの後、グエルが頭を抱える。もう今『御前弟寮生拉致兄話提供』って言えば信じてもらえるんじゃないかな、と思いながら決闘を眺める。ラウダが編集した映像で流れたものより遥かにレベルの低いそれを、委員会の面々は興味無さげに見つめていた。
    今もまた現在進行形、寮生が拉致されてるなら...やはり問題なのでは...個人情報も漏れてるし...まあ、俺には関係ないけど...。


    意気揚々グエルのことを語るラウダをなるべく記憶から早く消そうと決意しながら、俺は頭を抱えるグエルを適当に宥めていた。







    3.シアターにて




    「嵐が手懐けられたようだ、と思わなかったか?」



    リプレイ。何度も何度も同じ映像が繰り返し流れる。
    「或いはそうだな、サーカスめいてもいた。獅子が猛獣使いの言うことを大人しく聞いているだとか、イルカが飼育員の投げたボールを取ってくるような...」
    「兄は見世物じゃない」
    破壊される。何度も何度も何度も。赤い機体。美しい、彼だけのもの。今や遠い記憶の話だ。
    リプレイ。
    「それはそうだ。じゃあ、やはり嵐だろうな。嵐を魔法使いが沈めるみたいな、御伽噺で語られる奇跡が起きた心地に近い。少なくとも、俺にとってはそれだけ衝撃的な出来事だったよ」
    魔女の駆る白いモビルスーツが、棒立ちで赤いソレを眺める。指揮者に合わせる楽器のように、風に浮かぶ木の葉のように、武器は宙を舞った。
    リプレイ。
    「巻き込まれた方はたまったもんじゃない。何せ嵐だ。嵐が急に止んだり、荒れたり、遠のいたり!」
    大袈裟な男の仕草が、影として動いた。
    「あの魔女の齎した被害は、お前には語るまでもないだろう」
    羽が散る。何も知らない人間が見れば、それは幻想的な風景として映るだろう。だが違う。彼と自分にとって、それは悍ましいまでの、変化。目まぐるしく全てを奪う波。壊滅的で決定的な、魔女の杖のひと振り。
    リプレイ。
    「風に攫われ波に乗り、騎士と姫君は何処へ行く?宇宙の果て?結局は鳥籠?なあ、変化に置いて行かれているようじゃ、獅子は遠のくばかりだ」
    甘い声。二つ席を開けて座っている男が、こちらを見ているのを感じる。破壊音。スクリーンには、相も変わらず動けずに居る赤い機体。

    「俺と行こう」
    また、羽が散った。モビルスーツの掌に、二人の女が降り立つ。囁かれるのは誓いの言葉、響くのは狼狽えの絶叫。運命と言うのか、これが。手繰り寄せた糸の先に、魔法がかかっているなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなものは無い。絶対も魔法も運命も、在りはしないのだ、そんなもの!
    「流星がどこかへ行く前に、俺の手を取ればいい。それだけでお前には足が手に入るのだから」
    リプレイ。
    「兄は星では無い」
    油断や慢心の満ちた動きが、モビルスーツから見て取れる。今までずっと、それで勝っていた。一度だって負けたことは無かった。間違いなく強かった。

    「...見世物でもなく、星ではなくて、恐らく嵐でもないんだろうが、では、あの男は何なんだ?」
    スクリーンよりも先に、脳裏に焼き付いた記憶が視界を覆う。
    「お前にとってあの女は、見世物で、星で、嵐だったんだろうが」
    記憶の中の兄が、酷く不格好に笑って、顔を伏せた。

    「兄は人だ。とびきり美しくて強い、人間だ」
    リプレイ。
    席を立つ。引き止める気配もなかったので、出口に向かって歩く。破壊音。今、手足は砕かれた。
    「そうか。それはそうだ。でも、俺にとって彼女も、そのどれでもないよ」
    ぽつり、と、一瞬の静寂に低く言葉が放り込まれた。

    「夢だ。一瞬見ていた白昼夢。良い夢だった」

    少し足を止めて、振り返る。スクリーンには散った羽根。見つめ合う少女。魔女と花嫁。男は少しもそれを見ていない。

    「貴方はもう少し、夢を見ていた方がいいと思うが」
    扉を開き、閉める。
    スクリーンは相変わらず、魔法の瞬間を繰り返す。
    リプレイ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤💖💖💖🌋💖🌋🌋😭💴🙏👏👏👏😭👏👏👏💖💖💖👏👏👏💖🙏🙏🙏💞❤💖💖💖💖💖🙏💯🙏🙏🙏❤💖💖😭👏👏💖💖🙏💒
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works