藤丸立香に魅了の魔術をかけた。
結果は驚くほどあっさりかかってしまった。
彼女は魔術師ではないので当たり前である。当たり前なのだが、ここまで耐性がないとは少々驚いた。そして少々驚いた自分に驚いている。オレは彼女に何を期待していたのだろう。
とはいえこれで条件はクリアした。この手の結界はシンプルゆえに強固な強制力を持つものだが、条件さえ満たせば解除は容易いのがセオリーだ。現に先ほどまではなかった空間に出口らしき扉が出現している。
「出よう」
促せば素直についてくる。魅了の魔術などなくても彼女はオレの言葉に従っただろう。彼女はオレを無防備に信用している。
結界から脱出し次第解除するつもりで扉を潜った。あっけないものだ。何がしたかったのかまるで意味のない結界だった。
はたして、そこには今しがた出てきたばかりの結界にあったものと寸分違わぬ景色があった。
「何……?」
ストームボーダー内にあてがわれた幽閉室という名ばかりの居室に似た、寝台と簡素な机、椅子があるだけの白い部屋がそこにあった。しかし振り返ればあるはずの扉はなく、果ての見えない暗いばかりの天井が、ここが自室などではなく未だ結界の中であることを示していた。
理解してすぐ藤丸にかけた魅了を解く。そもそもかける意味のない魔術である。
「デイビット、これ……」
「ああ。そもそもの提示条件の定義を考え直す必要があるな」
机の上にはここを出る前にいた部屋と全く同じ文言が書かれたメモが、ここを出る前にいた部屋と全く同じように置かれている。
『相手を魅了しなければ出られません』