その日初めて人を殺した覚えている中で一番幼少期の記憶は、母に手を引かれ、夕暮れに染まった道を歩いている記憶だった。
あの時、母は泣いていた。
なぜ泣いていたんだっけ。
…あぁ、そうだ。あの時、あの日、
初めて俺は人を殺したのだ。
26年前、俺が6の頃、俺はまだ普通の子供だったと思う。
ヒーローに憧れ、友とはしゃぎ、公園を走り回っていた。
「オリオンくんは将来何になりたいの?」
「◯◯◯◯!」
…幼子の俺は何と答えたのだろう。たぶん警察とかスーパーマンとかそんな、ありふれた、英雄になりたかった。
普通の子供なのだ。
だから、人並みに親友もいた。
なんという名だったか。確か、とても強かな、そんな名前…
…あぁ、"リアム"。そう、リアムだ。
俺にはリアムという友人がいた。
家族同士も仲が良かった気がする。
「待てよリアム!お前早いんだよ!」
「お前が遅いんだよバーカ!」
2人で走り回り、木を登り、冒険をした。
たくさん馬鹿をやった。
リアムは名の通り強い少年だった。
恐れを知らず、臆せず突き進む。
その後ろを俺は必死に追いかけた。
楽しかった。
でも、リアムはある日、アイツには似つかわしくない暗い顔をして話したのだ。
リアムの両親が離婚し、新たな父親がやってきたと。
その父親が暴力を振るうのだと、アザだらけの腕を見せて言う。
最近、長袖ばかり着るなと思っていた。
最近、何かに怯えていると思っていた。
最近、家に帰りたがらないと思っていた。
全部全部、父親を名乗る男のせいだったのだ。
ジンッと頭が圧迫されるように痛んだ。
目の前が赤くなる。
怒りだ。
憤慨と言うには、あまりに静かな、煮える怒りだ。
俺は、リアムの家に無理矢理乗り込んだ。
リアムは止めた。
父親が、友人を連れてくるのを良しとしないと。
そんなこと、俺には関係なかった。
何か考えていたわけじゃない。でも、親友が、俺のヒーローが、こんな顔になる元凶が、許せなかった。
リビングでは男がソファーで寝そべっていた。
リアムが俺を連れてきたと知ると、男は舌打ちをして俺の前に立ちはだかる。
190…下手したら2メートルあるほどの巨躯が与える圧迫感は酷かった。
震える声で俺は叫んだ。
「俺の親友を傷つけるな!」と。
その瞬間、頬に強い痛みを感じ浮遊感に襲われた。
思いっきり殴り飛ばされたのだと理解するまでに数秒かかった。
口の中に血の味が広がる。
吹き飛ばされ、棚にぶつけたのか、頭から血が滴り落ちた。
視界が揺れる。
一瞬俺は意識を失っていたと思う。
しかし、親友の悲鳴が俺の意識を覚醒させた。
「なぜ言った」「なぜ連れてきた」「殺してやる」
そんなことを言いながら男はリアムを殴っていた。
本当に、死ぬんじゃないかと思うくらい、強く、強く。
ふと、手に何か触れた。
護身用のキンバーだった。ぶつかった時に落ちたのだろうか。
それを握りしめた瞬間、キンッと、俺の中の怒りと痛みが引いていくのを感じた。
視界がグンと広がり、フィルムの中の映像を見ているように感じた。
何をすればいいのかわかった俺は銃を構える。
男は焦ったようにこちらへ向かうが、もう、俺の銃口は男を射止めていた。
「死ねよ」
そう発し、トリガーを引く。
銃声とともに男が白目をむいて倒れた。
死んだんだと思った。
銃を置いて、リアムの方へ向かう。
リアムは怯えた顔をしていた。
仕方ない。先ほどまで殴られていたのだから。
そっと俺は手を差し出し、ニッコリ笑う。
テレビの中のヒーローのように、安心させたかった。
「もう、大丈夫だ」
…記憶を反復させ、一息ついた。
今ならあの時の表情の意味も理解できる。
リアムの瞳には俺の笑みはどう映っていたのだろうか。
「化け物」
と彼は俺を突き飛ばし駆け出した。
すぐに警察が到着し取り調べが始まった。
男は眉間を撃たれ即死。
6歳の、銃など持ったことのない少年が狙ったとは思えないほど、綺麗に致命傷を与えられていた。
その帰り、母の手を引かれ帰りながら、母の涙を見た。
その涙の意味は、あの時の俺はわからなかった。
友人を助けた。
悪者を殺した。
そのことに何も疑念など抱かなかった。
だから、母の涙も、リアムからの「化け物」という言葉も、俺たち家族が世間の目から逃げるように引っ越したことも、何も意味が分からなかった。
…そんな子供だった。俺は。
今と何が違うのだろうか。
何も変わらない。
守る為、己の為、その銃口を誰かに突きつけ続ける。
誰かの人生を奪い続ける。
コーヒーを飲もうとしてカップを手に取り気づく。
口の端が歪んでいた。
楽しいことで笑えないのに、こんな事で嗤えるのか。
まるで「化け物」のような笑みを、無表情の仮面に覆い、まだ熱いコーヒーごと記憶を流し込んだ。