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    2024.5.3 滝の日

    カルデア内にはいくつかの娯楽施設が存在している。
    レクリエーションルーム、図書室、大浴場――そしてシアタールーム。
    20座席ほどのシアタールームは映画館、と呼ぶにはこじんまりとしているものの、映像・音響は映画館と比べても引けを取らず、映画好きな職員やサーヴァントたちによって一晩中貸切られる、なんてこともしばしば見受けられた。
    そして今夜、このシアタールームを貸し切り、独占していたのは犯罪界のナポレオン、と。皆にそう呼ばれる一人の老紳士だった。
    邪魔が入らぬよう、扉には『使用中』の札を掲げ、そのまま音を立てずに扉は閉じられる。
    映写室に足を運びいくつかある機材の中で彼が選んだものは最新のものではなく、年代を感じさせる一台の映写機だった。少し逡巡する様子を見せた後、手に持っていたフィルムを映写機へとセットする。
    カタカタ、と音を立て映写機は回り始め、ややあってスクリーンに映像が映し出されたのを確認すると、老紳士は中央の席へと腰かけた。
    始まったのはアクションでもなく、サスペンスでもなく、ラブストーリーでもない――ある特異点での記録。 だが、そこで紡がれた物語は完成された一つの映画も同然だった。
    淡々と、音もなくモノクロに流れる映像を反射している深い青を落とした瞳からはいっさいの感情が読み取れない。 静まり返ったシアタールーム内にはただ、映写機が回り続ける無機質な音だけが響いていた。

    「ここ、座ってもいいかい?」

    いつからそこに存在していたのか、老紳士の横に男が一人、立っていた。
    薄闇のシアタールームと同化するような黒いコートを纏い、後ろに撫でつけた黒い髪。ただ、瞳に埋め込まれたペリドットだけが唯一、煌めきを灯している。
    横から聞こえてきた声に老紳士はチラリと視線だけを動かし、明らかに迷惑だ、とでも言いたげな深い溜め息だけを返事として吐き出した。しかし、声の主はそんな溜め息さえも了承と得たのだろう。小さく微笑むと老紳士の席から左に一つ空けた席へと腰かけた。
    男はリラックスしているかのように足を組み、山の形に合わせた両手は口元に添え、老紳士と同じようにスクリーンへと視線を向ける。
    スクリーンにはちょうど男と同じ人物が顔色の悪そうな青年と全力疾走を繰り広げている場面が映し出されている最中だった。
    老紳士と男。二人の間に会話はなくしばらく沈黙が続いていたが、視線はスクリーンへと向けたまま男が静かに口を開いた。

    「私はこの話の終わり方を知っている。結末が分かっている話ほどつまらないものはないとは思わないか?」
    「……上映中のおしゃべりはマナー違反だというのを知らないのかネ?」
    「だが――今ならあの時のキミの気持ちが理解できるよ」
    「…………」

    男のその言葉を最後に二人が口を開くことはなく、会話が交わされることはなかった。
    めくるめく場面は変わり続け、やがて物語は結末へ。
    音はないはずなのに今にも轟音が聞こえてきそうな滝を背に、男は穏やかな笑みを乗せたまま落ちていく。
    〝――とても楽しかったのだ。この日々が〟
    そんな字幕とともに。
    やがて回り続けていた映写機が停止し、シアタールーム内には薄闇と静寂だけが残された。

    「……楽しかった、か……いやはや」

    吐き出すように老紳士は笑い、目を閉じた。
    怒り、悲しみ、嘲り――いいや、どれも違う。
    では、この感情をなんと呼ぼうか。
    独り言のように老紳士が男の名を紡ぐ――「シャーロック」と。
    だが、もうその男はここにはいない。
    先ほどまで彼が座っていた座席には冷ややかな水の滴りだけが残っているだけだった。
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