Present for...「退屈だ」
男の漏らした不満に呼応するかのようにグラスの中の氷がカラン、と音を立てる。だが、返ってきたのはそれだけで、カウンター越しにカクテルを作っている店主からはなんの言葉も返ってくることはなかった。どうやら男にとってはそれが余計に不満を煽ったらしい。もう一度、退屈だ、と先程よりハッキリ口にして天井を仰ぐ。ワガママな子供よろしく目の前で駄々をこねる男の姿にとうとう店主が折れた。
「はぁ……。さっきから退屈、退屈ってうるさいんですケド?そんなに退屈なら食堂にでも行けばいいじゃん。今、ちょうどクリスマスパーティーやってるんでしょ?今年のサンタは誰だっけ?」
「人の多いところには行きたくない」
秒で提案を突っぱねる男に対し店主がキレるのはごく自然のことだった。しかし、そこは深いため息と共に怒りを流し出しなんとか自分を抑え込む。こめかみにはうっすら青筋を立ててはいるが。
「だったら部屋で大人しくしてればいいのになんでここには来てるんだヨ。……ったく、クリスマスだと言うのに随分と寂しいことだネ〜」
「キミだってパーティーには行かず店を開いてるんだから人のことは言えないだろう?」
「私の場合は需要があるからやってるだけですぅ」
「需要、ねぇ……」
男が軽く頭を動かし店内を一瞥する。
今日12月25日は世間でいうクリスマス。賑やかなパーティーが開かれているであろう食堂とは違い、クリスマスソングをアレンジしたジャズが静かに流れる店内には男と、店主と、恩讐の化身が一人、いるだけであった。
「ところで教授。クリスマスなんだ。私にプレゼントの一つでも用意してくれていないのかい」
「生憎、クリスマスに悪事を働くほど出来た悪党ではないのだヨ」
んべ、と舌を出す店主に男が何か言おうと口を開きかけたその時だった。カラカラとけたたましい程の音を立て入口が開き、マスターの少女が中へと入ってきた。
「ホームズ!やっと見つけた〜!」
「そんなに慌てて私に何か用かな?」
「パーティーでローストチキンを用意してもらってたんだけど、これ!」
興奮を抑えきれないといった様子の彼女を落ち着かせようと声をかけようとした男だったが、少女の掌に収まるものを見た途端、目を細めた。
小石ほどの大きさではあるが、美しい青色の輝きを放っている鉱石。
「追加用を処理してたら中からこれがってエミヤが……ねぇ、これって……!」
「しーっ」
唇に人差し指をあてウインクをみせる男に少女は少しだけ顔を赤らめ口を閉じる。差し出された右手に青いダイヤが乗せられ、それを掌で転がすと男は満足げに微笑んだ。
「これは私が預かるが問題ないね?」
こく、こくと少女が首を縦に振る。
「まだキミはパーティーの途中だろう?最後まで楽しんでおいで」
男の言葉に一瞬戸惑いの表情をみせた少女だったが、店主からの「そうそう、ここにいても湿気た空気しかないからネ~」という言葉にくすっと笑みをこぼし「メリークリスマス!」と天使のような笑顔と声を残して店を後にした。
再びBGMだけが流れる静かな店内。ころころ、石を弄びながらその静寂を破ったのは男の方だった。
「なるほど。プレゼントとしては悪くない」
「さて。なんの話かナ」
「だけど、刺激としては今一つだね。何か事件が起こるようであれば別だが」
「うわっ。面倒くさい上に腹立つ」
「ははっ、どうせキミのことだ。他にも何かあるんじゃないか?」
くすり、と口元に笑みを乗せ男は首を傾げるが、店主はただ黙ったままもう一人の客の前にカクテルを差し出しただけで口を開く気配はない。これ以上はつまらないと判断したのだろう、男は肩をすくめると席を立った。
扉に手をかけ店を出る直前ホームズ、と呼びかけられた声に振り返れば店主のニヤリと嗤った顔。
「プレゼントがお望みなんだろう?だったら、最後の客にお帰りいただくまで部屋でいい子に待っていられるネ?」
「――あぁ。もちろん、ちゃんといい子で待っていられるとも」
期待と、誘惑とが入り混じった艶やかな声は余韻を残すようにして閉まる扉と同時に消えていった。
「ふん、貴様にしてはずいぶんと回りくどいやり方だな」
「えぇ~……ダンテス君だけには言われたくないんですけど、それ……」
「クハハ!クリスマスに浮かれる犯罪王、か!」
「ハイハイ、私もこの後忙しいからネ~。ちゃっちゃとそれ飲んで帰ってくれる?」