「ごめんなさい、なのじゃ」
ぽつりと呟いたカナタの言葉に髪を梳くりんの手が止まる。
「りんはいつも、わらわの髪を大切に手入れしてくれる。りんだって忙しいのに、嫌な顔ひとつせず、たっぷり時間をかけてな。毎朝梳いて結い上げ、毎晩香油を塗ってくれる。それなのにわらわは今、りんが大事にしている髪を泥だけにして、美しく結い上げた髪を崩して、りんに直させているではないか」
鏡台の中心に据え付けられている、絢爛な装飾に縁取られた大きな鏡にうつる顔は眉根を寄せて、きゅっと力を入れて口を引き結んでいた。
「まあ確かに、あのモコモコとはもう少しお淑やかに遊んでいただきたいと思ってはおりますよ」
りんは櫛を持った手をまた柔らかく動かしつつ、優しくゆっくりとした口調で語りかける。
「しかし、カナタ様のお髪を整えせていただくことを煩わしいと感じたことなどありません。だって私の大切なカナタ様ですもの。私がお髪を結い上げて差し上げた時、カナタ様が労いの言葉とともに満足げな笑顔を向けてくださるのがたまらなく幸せで、何よりの励みなのです。」
りんは手つきに愛おしさを込めながらそっと目を伏せた。