むずむず 俺は朝食に、トーストよりも、和食が食べたい方であり、食事は作ってもらうよりも、作ってやりたい質だ。
更に言えば、神宮寺が俺より早く起きるというのも気に食わない。早起きは俺の専売特許であるし、この業界的に言うなれば、キャラ立ちしなくなってしまう。
そのような気持ちを隠すつもりのない俺は、恐らく客観的に見てかなり不機嫌な表情をしているであろう。
その上、用意された(ご丁寧にバナナののった)トーストを仕方なく口にし、無言でもそもそ食しているのだから、感じは相当悪いはずだ。
にも関わらず、向かいに座る神宮寺は、自分は食事もせずに頬杖を付き、ゆるゆるに緩んだ顔で俺を見ている。
その緩みたるや、元々俺に比べて垂れがちなその目が溶けてしまいそうなくらいだ。
ざっくりと結った髪に部屋着姿という飾らない姿が、尚更気の緩みを感じさせた。
人に見られるのは慣れているとはいえ、何の変哲もない食事姿を、デレデレした顔でじっと見つめられるのは、はっきり言って居心地が悪い。
「なんだ、その締まりのない顔は」
堪え切れず、半分苦情のつもりで言ったのに、当の神宮寺は「えっ、そう?」と言うだけで、だらしない表情を変えることはない。
視線をバナナトーストに向けたまま、もう一口口にした。
「おいしい?」
不意に質問され、反射的に視線を上げると目が合う。
「……うむ」
「よかった」
心底嬉しそうに返事をした神宮寺の瞳は、まるで、朝の青空を映したように穏やかだった。昨日間近で見た青い炎のような激しい瞳は、幻だったのかと思うほどだが、ぎしぎし痛む体が、騙されるなと警告する。
一応奴の名誉のために添えるが、酷いことをされたわけではない。むしろ神宮寺はこれまでないほど優しかったし、俺を壊れ物のように、丁寧に扱ってくれていた。
それはそれでまた焦ったくもあり……などと考えていると、触れ合った肌の熱がまたぶり返す。
「どうしたの? 顔真っ赤だよ」
「どうもせん!」
「夜のこと思い出しちゃった?」
「違う!」
「あ、忘れられない、の間違いかな?」
「馬鹿を言うな!」
「オレは忘れられないけど」
いけしゃあしゃあと放たれた言葉に、俺は目を丸くして、口をポカーンと開けてしまった。
「ずっとね。とっても幸せな夜だったから」
その言葉に違わぬ、この世の糖分の全てを溶かし混ぜたような表情を見ていると、ムズムズとしてたまらなくなる。
「忘れろ!!」
麗しくも憎らしいその顔の前で、何かを追い払うが如くブンブンと手のひらを振る。
「ふふ」
ああ! もう! 頼むからその顔を俺に向けないでくれ!!