爛晴★星雨 タン、と音がした時にはもう間に合わない。
物音がすると八木はほとんど反射的に志津摩を抱きかかえていた。
しかしハッと目を覚まし、思考が覚醒して顔を上げると。
戸に手を添えたまま固まる母のにやけ顔。
「あ~~~もう、だぁからぁ!! ノックしろって!!!! 入る前に声かけて!!」
志津摩からそっと離れて、にまにましている母親に声をはる。
ばさりと志津摩に布団をぶっかけるが、志津摩はもはや騒がしさにもぞもぞ起き出した。
むにゃむにゃと猫のように両手で寝ぼけ眼を擦っている。ぱちぱち瞬いてこっちをみるとふにゃりと「おはようございます」なんて眠たげに囁くが。八木の苦笑いに振り返って。
「ん、ぇ……え、わ、うあああお母さんっ!!!」
志津摩も状況を把握して飛び上がる。
「ごめんねってば! 朝ごはんできたけどなかなか起きてこないから、その、いつもの癖で、そのまま開けちゃった、ごめんね?……あはは」
苦笑いしている母に志津摩も頬を染めてもじもじ俯き照れている。
「わらいごとじゃねえし、もう~~……」
八木も赤面で頭を掻いている。
お付き合いも順調の二人は昨日、帰省し八木実家にお泊りしている。
布団は二組用意されていて、仲良く並べられていたのだが、もっと仲良く二人は一つの布団でくっついて眠っていたのだから、母は微笑ましさと気まずさに微苦笑している。
「はぁー逢うたびに思うけど貴方たち本当に仲が良いのねぇ」
「うるせえよ、もう~~!」
もういいから!とソワソワする息子が母は面白くてならない。子供の頃こそ悪ガキで手を焼いたが成長するにつれこの正蔵は早々に自立し、あっという間に一切手のかからない立派な青年になってしまった。それが子供ころと同じように、決まらなさそうに口を尖らせ照れくさくて不服な顔をしている。
「うう、すみません、その……」
もじもじする志津摩に母はにっこり微笑む。
「いいの、いいの! ごめんね、しずくんお邪魔しました」
「はよいけ! すぐいくから!」
てれてれする志津摩を引っ込めて八木は母を追い払う。
「はいはい、ごめんごめん、みそ汁冷めるから早くね!」
「わかったわかった、もう!」
ひらひら手で追い払うが母はまた眉をよせイタズラな顔をする。
「――……仲良しはいいけど、やらしいことしないでよ!」
八木はだん、と畳を殴り目を剥く。
「しねえわ!!!!!」
衝動に駆られやすい自覚はあるが、実家で欲情するほどではない。断じて。
志津摩に甘えられてもさすがにする気にはならない。ちょっとなるけど。
ふざけんなと顔が熱くなりますます恥ずかしギレしていると、志津摩がおろおろして。
泣きそうな顔で母に向かって。
「あ、あの、ちゅうはしました、ごめんなさいっ……!」
どこまでも正直に告白しやがった。八木は目を剥いた。
「こらしずまぁッ!!!!」
「あらあら~~!」
「ひゃあああごめんなさい八木さんっっ」
母は驚いた後すぐににやついて志津摩に「いいの、いいの」と頷いている。
「そんくらいいいだろ! もうやめろやめろ、!!」
またニヤニヤと八木を笑う母は今度こそ「いちゃついてないで早く朝ごはんたべにきてね」と捨て台詞を吐いて部屋を出ていった。
「うう~~、ごめんなさい、あの、うあぁああ、はずかしい、」
「なんで謝る! 別にわるいことしてねえし。うるせえんだよ母さんは!」
ぷんぷんしながら寝間着を脱ぎ捨て着替える。ところで、と八木は首を傾げる。
「な、なぁ志津摩」
「う?」
志津摩の寝間着を脱がせながら八木は言いよどみながら、ぼそぼそ話す。
「八木の家で、俺のこと八木さんっておかしくねえ?」
なんとか言い切ると志津摩はぱちぱち瞬きして。
「わ、」
着替えさせながら八木は口をへの字にする。
「俺ん家は皆、八木なんだけど」
志津摩もおずおず着替え終え、正座して八木に向き合う。
「あ、そ、それって、その……」
「お前、俺の親にもとっくに知られてるし、いっそ俺より仲いいし。俺たちももう結構長いこといっしょにくらしてるしさ、」
あっと志津摩が驚いて、なんだか顔が熱くなってうずうず唇を引き結んで。
おずおず八木をみると頬が赤い。志津摩にも照れくさいのが移ってくる。
いつまでたってもなんだか向き合うと気恥ずかしいし照れくさい。
それから、それいじょうに、なんだかよくわからんが。相手をすきだなぁと思う。
「しずま、」
恥ずかしそうな俯き加減の八木がちらりと上目に志津摩を呼ぶから。
志津摩は、顔を上げて。ごくりと息を飲む。
「あ、え、と……しょうぞうさん?」
八木があっと口を開いて固まった。目を泳がせ唇を引き結んでしまう。
志津摩はおかしくなって、やっぱり恥ずかしくて。
それ以上に、なんてかわいい人だろうとやわらかな笑みが零れた。
「なんですか、正蔵さん!」
明るく呼ぶと、八木は手の平で顔を隠してしまった。
「や、やっぱりナシ! 八木でいい!」
「だめでーす!」
がばりと抱き着いて、志津摩は赤い耳に口づけた。
「あはは! 俺しあわせですよ、正蔵さん」