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    1YU77

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    1YU77

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    バレンタインをいいわけに 青春恥ずかしい感じのやぎしずちゃん
    年齢操作 学生

    2月のホワイトデイ












    「おー志津摩ぁ~!」
     こいこいと手招きするのがなんだか似合わなくて相変わらずこの人はよくわからない。
     呼ばれて嫌がることも出来なくて志津摩は駆けだしてグラウンドの走路に胡坐をかいている八木のもとへ向かう。三年生が集っているそこへ行くのは少々気後れするが、三年生全員志津摩がくると明るく「田中~!」と名前を呼んでくれる。
     その真ん中にいる八木はまだこっちこっちと掌を上にひらひら手招きすると、躊躇いなく志津摩の腕を掴んで自分の真ん前に座らせる。後ろから腕で囲まれるようになり弱る。
    「あああああの、八木さん!」
     まあまあと後ろから肩を叩かれ、諦めるほかない。そのまま苦い顔で汗の滴る先輩たちに持って来ていたタオルを差し出す。
    「志津摩さぁー、俺二走らしいんだけどどう思うー?」
     八木はバトンを掴んだまま、プリントを指さす。選手の名前と走順が印字されている。
    どう思うと言われましても、と眉を下げてとりあえず笑う。八木は速いし長い直線の二走はいいと思う。
     あ。とこっちに口を開けられて塩飴をほうり込む。いつものやつだ。
     もごもご飴を転がしながら、八木はゲラゲラ笑い合って先輩達とリレーの戦略を立て始めた。最後の大会で全員気合が入っている。
    「田中も速いから八木が引退したらすぐ選抜だな」
     引退が近づいていることは当然わかっているのだが、毎日一緒に練習してきた先輩達が居なくなってしまうのはやはり寂しかった。
    「はぁ~~? 俺は引退しても走りに来るが?」
    「ひゃあああっ!?」
     八木が志津摩を後ろから腹を擽ってきて慌てて立ち上がって逃げ出す。
    「ぎゃはは、八木うっぜぇ~~!いくなよ、てめえ自分が推薦決まってるからってうざ! ほら、田中も嫌がってんだろ!」
     先輩に肩を叩かれ八木は「ふーん?」と生意気な顔で笑う。
    「嫌がってねえし、なかよしだし! なぁ~? 志津摩!」
    「ゲェ~~~パワハラだろお前、田中は否定できねえだろ~!やめてやれ、可哀想じゃねえか!」
     先輩達に野次られ八木はバッと立ち上がる。逃げだし離れて見守っている志津摩にむかって走り出し志津摩を追いかける。志津摩はぎょっとしてまた逃げ出した。
    「こら! 待てや、志津摩!」
    「やだぁ~~~!」
     追われると逃げ出したくなる。志津摩はトラックへ駆けだして。昔から脚も速いし、追われる逃げ足には特に自信があるのに。八木はもっとすさまじく速くてすぐに距離が迫ってくる。そもそも体格も脚の長さも体力もまだ追いつかないのだ。
    「ははは! 逃げられると思うなよ、志津摩ァ~!」
     あっという間にがしりと後ろから羽交い絞めにされるとそのまま持ち上げ揺すられて脚がプラプラ揺れた。志津摩はむっと口を尖らせる。
    「……大会、がんばってください、」
     ぼそりと呟くと。八木は後ろからぎゅううっと志津摩を抱きかかえてしまった。
    「任せとけ、優勝優勝~! おらお前らさっさと練習しろや!」
     志津摩を後ろから抱き込んでワイワイしているくせ、志津摩を下ろすと部員たちへいきなり声を張りやがる。当然みんなから「やぎぶちょうウッゼ!田中にだけ甘いウッゼ」と罵られながらもそこで休憩が終わりとなり、ぞろぞろと皆がトラックにむかって集まってきた。


    「志津摩かえろー」
     八木に声を掛けられ、志津摩は同級生の輪を抜け、帰る方角の同じ八木と一緒に暗い通学路を歩く。八木は志津摩と分かれ道に来るまで毎日自転車を押して帰っていく。八木は家が遠い。初めて場所を聞いた時はその距離を自転車で通っているのかと耳を疑った。陸上の強豪校であるこの高校にも推薦で入ったらしい。電車に乗るほどでもないし、体力作りにもなるだとか言っていたが志津摩だったら絶対に電車にする。
     志津摩は中学の頃から俊足でそのまま高校でも陸上部に入った。
     そこにいたのが三年生の部長八木だった。始めは見た目も喋り方も恐くて毎日震えあがって緊張していたが話す機会が増えていくと、どうやら試合や練習の時に厳しいだけで普段は違うらしかった。ちょっとばかり荒くれものだが普通のやんちゃな男子高校生で硬派な印象がある人だった。春、夏、と一緒に練習している内に話す機会も増え徐々に仲良くなった。何がハマったのか八木は志津摩を気に入ったようで、記録もよかったからか、よく声を掛けるし、恐らく何の考えもなく距離が近い。
     何がきっかけだったか忘れたが、帰る方角も同じだと知りタイミングが合った日に一緒に下校して以来、なんとなく楽しくて時間がある部活終わりは一緒に帰るようになった。
     八木は自転車を押し、志津摩は隣を歩く。時々、田園地になった所で二人乗りすることもあった。よくないからヒミツだ。
     志津摩は困っていた。距離の近い八木はどんどん志津摩にへにゃへにゃの顔で笑ってくるし、すぐに後ろから肩に腕を回してくるし、いつも食べ物を口にいれろだとか、ペットボトルの水をのませろとか口を開けて命令してくるし、膝の上に乗せたがるし、とにかく八木は妙に近いのだ。
     志津摩は深刻に困っていた。なぜなら。志津摩は、薄々感じていた「やぎさんってかっこいいな」が、恐らく「すき」になっている自覚があったからだ。
     一方の八木はときどき「彼女にふられた~」とぼやていたが部活に打ち込んでばかりであまり恋愛はできていなさそうだった。彼女がいたらしき期間ですら時間も合わず、志津摩と毎日下校していたのだからとんだ恋人泣かせの男である。夜も筋トレしてすぐに寝落ちするだとか。そんな話を横耳に志津摩は困っていた。八木の無自覚距離近性質と妙に志津摩を気に入りかわいがる無神経行動に。
     明確に好きだなと自覚して落ちてしまったのは、普段どちらかと云えば粗雑な八木がむやみに優しい男だと知った時だ。同級生が足を捻った時、離れていたのに真っ先に駆け寄ってきたのが八木だ。迷いなく怪我を確認しあっという間に背負って保健室へ連れて行った。それは考える間もないほぼ反射にみえた。その頃には既に八木のやさしさのようなものを日々すこしずつ感じていたのだ。ずるすぎる。練習中でかい声で𠮟咤し部員をけしかけ、鬼練習メニューをにやにや発表しているくせに。
     志津摩が沼るのに時間はかからなかった。挙句の果てに頭もいいらしいところまで見せつけられている。先輩に「八木数学おしえろ」「ノートかして」「テスト勉強しよー」と頼られているのをまざまざわからされている。なんだこの全部盛り。ちょっと鈍い、口調がきつい、目つきもこわい、なんか不器用なとこ、という緩い減点しかない。否、手遅れの志津摩はそんなところもむしろかわいいと感じるまである。
    おまけに八木の方からも志津摩はお気に入り後輩なのだ。無理である。不可抗力だ。かっこよすぎる。
    もちろん、志津摩の気持ちなんて知る由もないので八木は無罪潔白である。
     そんな毎日も終わりが近づいている。八木は秋には部活を引退するし卒業してしまう。だから、志津摩は気持ちを堪えて最後までこの片思いを胸に秘めて置こうと思っている。
    かっこよくて不器用だけど、実は優しくて少年みたいな八木さんが好きだった。いい青春のひとつだと思う。高校生活に好きな人ができて嬉しかった。
    二年上でよかった。あと一年も八木と一緒に居たらもっと好きになってしまうという確信があった。それなのに、八木は何も知らず志津摩にべたべたにこにこゲラゲラ肩を寄せてくる。志津摩には由々しき事態なのだ。
    あと数か月。さみしい。卒業してほしくない、でもさっさと引退しちゃえ。
    そんな気持ちがいったり来たりしている。早く八木さんを想い出にしてしまいたかった。
    「なに、志津摩だまりこんで。俺の話きいとらんだろ」
    「エッ、いや! 聞いてますよ!」
     八木にじぃっと怪しい目で見られて両手を振って否定する。
     八木はじろじろ見つめてくる上ぐっとまた距離を縮め、背を丸めて高さを合わせて志津摩の顔を覗き込んでくる。バッと顔を背けると「へんなの」と気の抜けた声で笑うように囁かれた。
    「じゃあな、志津摩。また明日!」
     八木はぐしゃぐしゃと志津摩の髪を撫でるとチャリに乗っかり颯爽と帰って行った。
     呻き声を押し込んで唇を引き結ぶ。
    「…………ほんとに無理。はよ卒業しろ」
     独り言ち、分かれ道のその場に蹲った。

     
     
     秋の終わり、八木は部活を引退した。
     走りに来るし、という宣言通り八木は時々部活に顔を出したが頻度は多くないし、先輩達と自主練しているようなもので一緒に練習する、という感覚とは少し変わってしまった。
     元々殆ど個人競技ではあるが、一緒にタイム測ったり、練習メニュー考えたりなんてこともなく話す時間は減ってしまった。
     帰る時間も違ってしまい一緒に帰ることもなくなった。それでも部活休みのテスト期間中なんかに八木は呑気に志津摩を呼び出し並んで下校したがった。
     へんなやつ。はこっちのせりふなのである。


     志津摩の恋煩いは悪化の一途で逢える時間が減ると増々八木のことばかり考えてしまい辛かった。すっぱり忘れるつもりだったのに。溜息をもらす。冷えた空気に溜息は白く霞む。
     冬休みも終わってしまい、八木の高校生活ももう残り少ない。本当に卒業してしまう。物理的に逢えなくなるし、もうわざわざ逢う理由も無い。
     しかし、これが志津摩にとって純粋に「憧れていてすきな先輩」なのであれば、志津摩はなんの後ろめたさもなく今後も仲良く時々元気だろうかと近況を尋ねてみることも出来ただろう。しかし、志津摩は八木への恋心を自覚している。この片思いは不毛に思える。引きずってすり減らすより物理的に離れられるこの区切りと一緒に葬った方が賢明だ。
    「わっ!」
     ぼんやりスマホを見ているとメッセージがきた。
     おまけに噂をすれば「八木さん」からだ。
    「うわぁ!!!!」
     見るなり驚いてベッドから転げ落ちた。
     がんばれ。だけのメッセージと志津摩が頑張って走っている写真が一緒に送信されている。画面の端に八木の手と先輩の手らしきピースした指が映っている。
    「い、いつの間にとったんだ、あの人、」
     苦笑いして志津摩は息を落ち着ける。
    『盗撮するなんて犯罪です👿来てたならこんどは声かけて下さい!』
    スマホをなげすて枕に顔を埋める。だめぽ。




     志津摩はどうにかしてこの恋心に終止符を打とうとした。
     それでもどうしようもなかった。
     胸のなかでもやもやぐずぐずとくすぶっている。くさくさしている!
    「よし!ふられよう!!」
     玉砕覚悟で言うしかない。そうすればスッキリ諦めが付く。
     机をバンと叩いて立ち上がると、志津摩の机で居眠りしていた勇人に睨まれた。
     そうとなれば、呼びつけよう。と、なんとか八木にメッセージを送り放課後の八木を捕まえたが、結局言い出せず仕舞いだった。
    それを何度か繰り返すと八木は訝しんで「最近、お前ヘンじゃねえ? なんかあった……?」なんて真面目な顔で心配してきて増々弱った。最後には「なんでもないです!」と突き放して「志津摩!」と呼び止める声も聞かず脱兎のごとく走り去った。
    その後「はけ!」とか「どうした?」とかメッセージが何度か来たが全てに「なんでもないです!」を貫き通し、終にはスタンプだけで八木を遠ざけた。
    やがて八木も諦めたか連絡は来なくなり。志津摩の片思いに今度こそ片がついた。





    二月十四日
     志津摩はこの魔のイベント日に鞄の持ち手をぎゅっと握りしめていた。
     あれから八木を避け続け、八木も進学先が決まっていて出席も減ってますます見かけることすらなくなっていた。一方的に好きになったくせ、一方的に突き放したことを謝りたかった。この日を利用して告白し、こういうわけだったんです、なんて理由を打ち明け誤解を解こうと。悩んだ末に止めようと思っている。結局、八木に変な記憶を植え付けるだけになりそうでならない。しかし、このままわけもわからず可愛がっていた後輩から突っぱねられてしまったという負の気持ちを八木に抱えさせたままであることも申し訳なかった。
     どうしたものかと悩んだ末に。ひとまず謝りたい気持ちはあって、打ち明けるのも迷って、くしゃくしゃのまま、チョコは鞄の中に入っている。
    裏向けて包装のリボンに挟んだメッセージカードには「すきでした、ごめんなさい。お世話になりました。田中」と簡潔に書いている。
    事情をしっている姉に「いいから正直に打ち明けて、すっきりふられてこい!」と強く背を押されて持ってきてしまったのだ。八木のロッカーの前に立ち10分。
    たった一度、これきりで八木の誤解は一瞬で解けるだろう。好意をもっていたのだから、避けるのは当然だとわかってくれるはずだ。それきりもう逢わないだろうし。
    幸い、イベント通りなら三月十四日にはもう八木は学校に居ないのだ。
    辛い返事も聞かなくていい。メッセージアプリも今日でさっさとブロックしよう。
    「えい」
     ロッカーを開ける、と。
     バラバラ。
     可愛い包装紙に包まれたものが何個も転がり落ちてきた。
     赤やピンクのハートに覆われたそれは八木への恋で溢れている。
     志津摩は今一度自分の素っ気ない包装みてため息を吐く。どうしてか、泣きたくなった。
    「やぎさん、」
     最後にぼそりと呟いて。志津摩はメッセージカードを抜き取り自分の名前を千切りとった。恋心と別れを告げる。かわいくないチョコをロッカーに放り込んで。バン、と閉じる。これがけじめの音になる。
    「ちょこれいと、でぃすこ! ちょこれいと、ディスコ!」
    「やめろ音痴。ごーだたけし」
    「うるせえ~~~しらけるだろ、お前こそヤメロ💢今日はいい日だ!」
     ひゃーーーーーっ!!!
     志津摩は声を聴いて慌てて飛び出した。
     間違いない。聞き間違えるはずもない。
     八木と山之上の声だ。危機一髪。外に出てほっと胸を撫でおろす。
    「わぁ~~~八木、きっしょ💢 なんだお前毎年はらたつ」
    「んー……。お、お前もあるな、よかったじゃん」
    「うっざ。俺は本命もあるし~~! いや、そもそも俺は彼女いるし!」
    「じゃ返すのか? 全部」
    「ん、返しはできないけど……もし会ったら御礼はいうかなぁ。ああ勿論、彼女に報告してな」
    「ふうん」
     窓からちらりと覗き見ると、八木は丁度雪崩のチョコを無造作に鞄に突っ込んでいる背中が見えた。その隣に同じく三年生の優しい先輩山之上がチョコを手にニコニコしている。
    「それ、毎回お返ししてる?」
     問いかけに八木は首を傾げている。
    「まぁ、先に卒業するしなぁ」
    「たしかに! じゃあそもそもお返し期待せずなのか」
    「どうかな。今年多いな。最後だからかもな」
    「ん? どした?」
    「いや」
    「八木お返しするタイプ?」
    「うん。わかる範囲で。卒業前にしとこうかな」
    「その顔で律儀。うっざ、」
    「お前がな」
     二人は半笑いで軽口叩き合いながら出て行った。
     任務完了!ほっと長い息を吐いて。志津摩はメッセージカードの切れ端をくしゃくしゃにしてポケットに突っ込んだ。家に帰ると姉にも「無事に任務遂行!」と元気に報告をした。
     姉は「健闘を祈る!」と背中を叩いてくれたが不戦敗だとは報告しないでおいた。
     その晩はベッドに潜り込んで少しだけ始まりもしなかったし相手に見せることもできなかった失恋に啜り泣いた。その勢いのまま、八木の連絡先を全てブロックして消去した。
    志津摩の初恋はここで死んだ。










    ――――――――はずだったのに。









     



    「え、えぇ、あ、やぎさん……!?」
     思わぬ再会をする。
     万年金欠のはらぺこ志津摩を見かねた大学の先輩橋内に声を掛けられた。
    今日友達とご飯を食べにいくから一緒に来ないかと。気楽な気持ちでついていったそこで出くわしたのだ。八木。慌てて橋内を見ると志津摩の顔色に「あれ?」と目を丸くして。
    「八木と田中は知り合いなんだろ? だから八木が大丈夫だろうと、」
     無垢な瞳で問いかけられ頷く。どういうつもりなのだ、と八木を見ると。
    「う、」
    「よお、志津摩?」
     怒り笑いである。三年ぶり。先に席についている八木は腕を組みこっちをギラギラの恐い目で見上げている。最後に見た時よりも大人びていて目をそらして泳がせる。
    「まぁ。飲もうじゃないか! 田中、小食はよくないぞ!今日は八木の奢りだ!」
    「なんでえ!」
     わめく八木の正面に座った橋内に頭を下げる。
    「ごめんなさい、俺、かえったほうが、!」
     がしりと腕を掴まれて。隣に座らされた。
    「おいおいおいおい、薄情なこというなよ、高校のときあんんんんんなに仲良しだったじゃねえか、毎日一緒に練習してなぁ? 今も大学で走ってんだって? 同じだなぁ、またどっかの大会で逢えるかもしれねえなぁ????」
    「いいいい、そ、そうですね! じゃあ、今日じゃなくてまた日を改めてっ」
    「志津摩~~? この期に及んで????」
     立ち上がろうとするけれどまたがっちり肩を掴んで上から押さえられる。
    「う…………、うう、はい、いただきます、はらへってる、し……」
     橋内は眉を下げて笑っている。
     そうして橋内も交えて部活のことや近況やらを話しているとつい昨日まで一緒だったように自然に話せてしまう。あんなに二度と逢いたくないと思っていたのに不思議だった。
     さらには相変わらず顔は恐いのに子供のように無邪気に笑うのが好きでまた愛おしさが昇ってきて胸がしくしくした。不毛だから嫌だったのに。言い聞かせていると、無意識に酒を次々と飲んでいた。
    「志津摩、もうのむな。お前そんなに飲めるのか?」
    「はい! まいにちまいばんのんでますよお」
     意識はしっかりしているが何やら呂律はすこしあやしい。
    「おい和、こいつ普段飲んでるのか?」
     橋内は眉を寄せて首を振る。
    「んー……あまり飲んでいる印象はないが…そんなにすぐに酔うこともない、」
    「俺、連れて帰る」
     え。
     橋内と志津摩の声は重なった。
    「志津摩つれて帰るわ」
     また腕を掴まれると志津摩はすこしだけ頭がくらりとした。
     いや、まだまだ酔いは浅いし意識もちゃんとある。今こいつがとんでもないことを言いだしたこともよく聞いている。
    「なにいってるんですか、八木さん、」
    「え? なんで? 俺なんかおかしいこと言ってるか?」
     ピリリとした気配。ちらりと八木を見ると目が据わっている。再会してから時々伝わってくる八木の怒りに志津摩はひゅっと息を引き攣らせる。
    「和に聞いてるけど、俺のほうが、お前の家近いよ」
     橋内せんぱい~~~!心の中で嘆くが、橋内が事情を知っているはずもないし、恐らくどちらともある程度信頼している友人間でありおおよその住んでいる場所くらい聞かれれば応えるだろう。おまけに同性、同郷、同じ出身高校部活、毎日一緒に下校していたというのだから疑うこともないのは無理もない。
    「断るやましい理由。なんかあるのか?」
     実際には見えないが志津摩には冷笑の八木にブチ切れ青筋が見える。
     淡々てきぱき帰り支度を決める八木に橋内は素直に従っている。「そうだな、田中が無理しているとよくない」などとまともに心配してくれている。申し訳ない、違うんです。
    「すまんな田中、緊張させてしまったか」
     しょげ眉の橋内にぶんぶん首を振ると頭がくらりとした。
     八木に腕を掴まれ何となく支えられて店を出る。
     通りに出ると八木は軽々志津摩を背負って橋内に手を振った。
    「すみません、橋内せんぱい~、俺まだだいじょうぶなんです、」
    「んー……けどいつもと様子が違うぞ?? 大事にな」
    「あああ、ちがうんです、そのお……」
    「じゃあなー和。また連絡する~」
     志津摩の声も無視して八木はよいしょとまた背負い直し歩き出してしまう。
     志津摩は手を振る橋内を潤む視界で見届けた。



     たんたん、と強い足取りで歩く八木は暫く無言だった。
    「どこまでいくんですかぁ」
    「たくしーつかまえる」
    「はい、」
    「そこまで」
     八木は志津摩の知らない八木みたいに素っ気なかった。
     しょぼくれる。なんだか悲しくなってもやもやとした。不機嫌なのはしんどかった。
     けれど、怒らせることをしたのは重々承知だ。
     聞きたかったかもしれない。いきなり突っぱねた理由も。問われても言えるはずないけれど。
     八木は本当にタクシー乗り場まで志津摩を運んで、そこでタクシーを捕まえるまで傍に居た。殆ど何も話さなかった。「まだかなぁ」「こねえなあ」「まださみぃな」それくらいのものだ。
     ようやくタクシーがくると。志津摩は深々頭を下げた。
    「ごめんなさい、ありがとうございました」
     めそめそ呟いて乗ろうとしたところで。
    「わ、」
     手首を掴まれていて。
    「お、おれはっ、」
    「え、ええぇ、」
    「お前に、俺、う、う~~……いやだった!!」
    「え、うえ? ええ??」
    「おまえが、何も話してくれなくて、かなしかった!!」
     すこし照れくさそうな顔でキレながら叫ばれる。そのまま返事をする間もなく強い力で背中を押されてタクシーの中に押し込まれた。
    え。きまずいんですけど。
    運転手さん。○○アパートまでおねがいしあす。
     志津摩は大人びたと思っていた八木が子供の癇癪みたいにわめいてきた言葉が頭の中でぐわんぐわんと木霊していた。


     なんだあれ。アパートの鍵を閉め玄関で呆然とした。
     あの人、今年21、2歳かな。全然変わってない気がしてきた。
     ああ、あのくらいで酔うことなんてないのに、けれど何だか酔っている。
     緊張が酷かったからかもしれない。早く逃げ出したかった。
    でも。またもう逢えないんだなと思うといきなりめそめそと悲しみが昇ってくる。
    「はぁ、のどかわいた、」
     ぐす、と鼻を啜りリュックの中にあるはずの飲みかけのお茶のペットボトルを探す。
    「あ? あれ」
     ガサガサと記憶にない包みを見つける。
    「え????」
     お洒落な菓子屋の梱包だ。食べてみたかったけど金欠の志津摩には手が出しにくい有名店。
     は????こんなものを買うはずがない。バイト給料日前だし。
     誰かのもの??首を傾げながらそれでも自分のリュックに入っていたものだ、確認しようと紙袋を開ける。
     中をのぞくと心臓が止まって一瞬でバクバクになる。
     二つ折りのメモ用紙を開いて喉が締まる。

    「しずま 俺もすき。お前は「すきだった」って過去形にしたこと、取り消す気はない? 八木」

    一番下に電話番号が書かれている。
     志津摩は折らないようにそっとメモを手の内に包んで玄関で蹲る。

    「うう~~~、おかえし、遅いよ八木さん、まだ二月だし、う、うう~~~っ」


    青い恋が、実った。うれしくて、さめざめ泣いた。
     初めて、本命バレンタインのお返しがきた。
    三年越しの、二月十二日だった。











    はっぴーばれんたいん やぎしずちゃん






     
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