ニーズに沿わせて頂いて 着信画面に出た名前に誰こいつ、と考え思い至り舌打ちをした。電話帳から削除する手間も惜しかったのだ。しかし着信拒否にする手間くらいはかけるべきだっただろう。二度と関わる事がないと確信していたのに悔し紛れの勘など当たらない。しばらく悩み、しかしわざわざ自分にかけてくる理由をいくつか考え、更に数コール見送ってから通話ボタンを押した。機械越しの声で別人かと思ったが、話し方でさめざめと思い出すのは寝ていた所為だろうか。
「……はい」
柴です、と出るのは躊躇われた。お前に名乗るような名はないわという思いもあったが相手の出方も見たかった。躊躇いなく名前を呼ばれ、こういうやつだったと煙草に手を伸ばす。あーこいつ、男と別れたな。
「何?」
最近どうしてると聞かれてもお前のことなんか忘れて楽しく明るく過ごしとったわと濁流のように押し寄せる記憶を押し除けおしのけ、「なんの用事?」と煙で濁った声を出した。かくかくしかじか。人生の縮図。
「勝手にせえやそんなん」
「おらんて何やねんおるやろなんぼでも」
「金ないだけやろ」
「知らんやん」
「お前やったこと忘れたんか」
バレてないとでも……いくらでも出てくる文句をどれ一つ言えず口から出たのは「ふーん、わかった」。えー嘘やろ、また同じ過ちを繰り返すのでしょうか。自分が信じ難かったが日時を伝える女の声で予約完了。あーその日は仕事が。予定が……なかった。
ありがとうもごめんもなく挨拶は「久しぶりー」。へらへらすな。そう言うとこやぞお前と歯噛みするが口から出たのは「元気そやな」。文句の一つも言いたかった。浮気しとんの一人ちゃうかったやろワレとか、ほんでどの男のガキやねんとか、今何しとんねんちゃんと働いとんかとか飯食うとんかまだコーラだけで生きとんのかetc etc……。調子はどないと言われた女は黙った。お前でも深刻な顔ができるんやなと感心感心。付き添い、サイン、はーそうです犯人は俺ですわそれが何かという顔をしてなんでか堂々と座ってみたはいいものの当然居心地は悪く、病院出てそのまま帰っても良かったのに車に乗って「はー俺はもう何人も殺しとんねん、今更ガキの一人や二人」と死刑囚みたいな事を考えながらなんでか待ってしまっていた。
出てきた女になんで涙目やねんお前と言う言葉を飲み込んで「送ってったるわ」と車を出した。無言の車内に耐えかねて「窓開ける?」など気を使い。別れ際にまたねと手を振られいやもう会うわけないやろと、流石に無言で手を振り、その手で煙草を掴んで火を付けた。
空腹に気づいたが車を停めるのも躊躇われ、開けた窓から手を出した。何キロの風がおっぱいだったかなと手で風を受けながらスピードを出していたらサイレンに追われ、金ならいくらでもある顔をして解決し。思ったより安かったなとまだ重い財布を見て思う。最近生まれたあの子の事を思い出し、余るくらいの金を渡して生めばええやんと言ったらどんな顔をしただろうかと考えて、どうせ言えもしないのにと女の泣き顔を思い出した。