なんだかんだと聞かれたら あ、と思った。顔にも出たのだろう。何これ、と女の声に棘が生えた。そのまま「ミスった〜」という顔を作って見せ、「勝手にみんなや」と数枚の写真を女の手から奪った。火に油を注いでもいいと思ったからだ。誰? と当然続く。誰でもええやろと言って写真を封筒に戻す。風呂上がりの髪から水滴がぽたぽた落ちて、蝋引きの封筒に落ちて弾いた。防水でよかった〜と内心安堵。立て付けの悪い引き出しを揺らしながら閉めて、ドンッとでかい音が響いて深刻度が増してしまった。沈黙。タバコ失礼します。明日の見出しは柴登吾隠し子発覚かもしれん〜と他人事みたいに想像した。この世のどこにもそのネタに喜ぶ奴がいなくて、全てが無駄だった。
その後の女は殊更激しかった。ええ歳やもんなと今更同情みたいなものを覚えて安心と安全の中出し風外出しです。これバレへんように出来るけどみんなはどうですか。できますか。できなくてもいいです。チヒロくんの拙い手紙を思い出した。こんにちは。しばさんはおげん気ですか。ぼくはきのうお父さんと……チヒロくんは可愛いね、それに比べてこの女はチヒロくんを産めもせんのに。そして俺はチヒロくんを出せもせんのである。無数のチヒロくんの成り損ないの精子を包んだティッシュを捨てて、女のぬるぬるした腹を撫でた。掌を軽く押し込むと、弛緩しきった肉に容易く沈んでいく。いきなりモグラ叩きみたいにどついたったらどうなるか。どうなるもこうなるも出てきても内臓くらいで何も楽しい事はないし、次チヒロくんに会う時ちょっと気まずい気がするのでやめておいた。さっきの事もチンポ一発で満足げに眠る女の顔に腹が立つ。今まで女の寝顔見てなんか思った事はあっただろうか。否。それでもこいつの事を憎からず思っていた俺はどこへ。まあ人の気持ちは日々刻々と変化するものなのだ。一寸先は闇やし、貧すれば鈍するし、泣きっ面に蜂やし、焼肉定食やし、愛燦燦、トランク一つだけで浪漫飛行……なんかどれも関係ない。
立ち上がって豆電球の中、さっきむしり取った写真を数枚、また封筒から出した。チヒロくんの出生〜現在に至る貴重な記録・六枚や。伝説の妖刀の六であり六平の六や。たまたまや。撮った写真を現像する時に被ったやつを何となく取っておいたら、意外と見返す事もせず机の引き出しに入れっぱなしで俺なんかそんなもんだった。さっき封筒見て思い出したのが奇跡。
久々に見る。なんなら初めてくらいの感覚で見る。一年分が一枚しかない凝縮された単品ショットの成長するチヒロくんはこの腐った世界にただ一つ輝く清涼剤のようだった。今の俺、目に光が宿ってるのではないでしょうか。俺の子です。職質の時によく言うけど。あれ六平は一生できひんねんな。この女は似ても似つかぬ顔立ちの子供の写真を数枚持ってる俺のことをどう思ったのだろう。
寝息が止まったので振り向いたら女がこちらを見ていた。俺と同じ光のない目。また黙って写真を封筒に仕舞う。紙の音がやけに響いて、振り返ったら女が消えてたらいいのにと無駄に時間をかけた。その時手についた精液だか愛液だか汗だか汁だかわからないものがチヒロくんの顔に付いて、あー捨てよかな、と思った。