……にゃー(鳴き声)のつづき モニカは弟子に言われた通り、大人しく横になっていた。薬を飲んだからなのか旅の疲れもあったのか、意識が途切れるのは早かった。
次に目が覚めた時には毛疹部分はまだムズムズするが、発熱時特有の気怠さは収まっている。
「ん、しょっと」
上半身を起き上がらせて時計を見ると、アイザックが部屋を出て行ってからまだ一時間も経過していないくらいだった。随分と時間が経過した気になっていたが余程深く寝入っていたのだろう。
「モニカ、起きて大丈夫なのか?」
「ネロ……うん、薬が効いたみたい。もう大丈夫だと思う」
それでも今日一日はゆっくり寝ていた方がいいだろう。旅も折り返しを迎え、リディル王国に戻る道中であり、野宿をしなくてはいけない日だって多いのだ。元々体力の少ない身ではあるのだからここで無理をしてはアイザックに更に迷惑をかける事になる。
再度横になろうかと思っていると、扉がノックされる音が聞こえた。アイザックが戻ってきたのだろうか? 「アイク? 入ってきて大丈夫ですよ」
モニカが扉越しに声をかけると一拍間を置き「失礼します」と、声が聞こえたが、声の主はアイザックではなく、彼の契約精霊のウィルディアヌのものだった。扉が開かれて、姿を見せたのはウィルディアヌと腕の中にはアイザックがいた。
「ウィ、ウィルディアヌさん? え、その耳……? えっあ、それよりも、ア……アイク アイクどうしたんですか?」
モニカが慌てふためくのも無理はない。アイザックはウィルディアヌに横抱きにされ、ぐったりしているのだから。
モニカは両手をわなわなと震わせ、ウィルディアヌとアイザックを交互に見る。
しかしネロは前足を顎のあたりにあて興味深そうに、にやりと笑いながらみているのは何故なのか。
ウィルディアヌの頭部に猫耳が生えている事にも驚きなのだがそれよりも気にしなければいけないことがある。
「アイクのお顔、真っ赤! もしかして」
アイザックの顔は赤く染まっており、頭部にはモニカと同じく猫の耳に似た毛疹が現れている。
「ええ、マスターも猫はしかに罹患されてました」
「えっ……! えぇ」
ということは、室内でフードを被っていたのは毛疹を隠す為だったのだろう。思えば頬もうっすらと赤みが差していたように思える。それなのにそれを隠してモニカの看病をしていたのだ。その事に申し訳なさと、気付けなかったことにモニカは落ち込みそうになるがウィルディアヌの言葉に直ぐに意識が浮上する。
「わたくしは、マスターの看病をしたく思います。〈沈黙の魔女〉様には申し訳ないのですが……」
「は、はい。わたしは熱も下がりましたし、大丈夫です。アイクの事をお願いします」
モニカがコクコクと何度も頷くと「それでは」と頭を下げてウィルディアヌは部屋を出て、扉はひとりでに閉まる。水の魔術を使いやったのだが扉を開けた時も同じ方法を使ったのだろう。
「モニカ! 見たかあれ!」
「はい、アイクのお顔真っ赤で辛そうでした……」
「ちげーよ。こないだ小説で読んだぞ! あのトカゲがやってたの『お姫様抱っこ』っていうんだろ? アイツ物凄くキリッてしてなかったか⁉」
落ち込むモニカとは真逆にネロの目はキラキラと輝き、嬉々として語る。モニカにはウィルディアヌの表情の差は分からないが、そう言われると確かにどことなく違って見えたのだが、それはそれとして……。
「……ネロ、それアイクに言っちゃ駄目だからね」
布団の中にもぐりながらモニカはネロに注意をし、目を閉じる。
弟子の事は気にかかるがウィルディアヌがいるのだから彼に任せておけば安心だろう。
熱があり、息苦しそうにしている姿を見るのは心苦しいと思うと同時にモニカはふと思った。
——これはまたとない機会なのでは? と。
今では随分とマシになったとはいえサザンドールにいる時は家の中で倒れているのを弟子に発見されて救助された回数は数しれず、寝込んで看病をしてもらった事も多い。整理整頓や食事なども甘えっぱなしな部分もあった。それは今でも——この旅の最中も変わらない。
ならば今回はその恩返しが少しでもできる、したいという気持ちがむずむずと湧き出る。
そうと決まれば行動は早く、目を開き、起き上がる。モニカはベッドから降りた。夜着を脱ぎ、普段着の動きやすい恰好へと着替えた。