溺空は現在、璃月に滞在している。
任務があったことが大体の理由だが、璃月の空気が懐かしく思え、無性に行きたくなったのも理由の一つだ。
空は最近、夜の散歩にはまっていた。璃月の夜は特に綺麗だ。遠くに璃月港が見えるのも良いし、なにより標高の高い山が多いため、そこに登れば星がよく見える。しかし、パイモンは一緒には来ない。夜の散歩について告げていないわけでは無いのだが、寒い、眠いと言い、共に散歩をするのを断られてしまうのだ。
そんなわけで空は今日も一人で夜の散歩を楽しんでいた。
今日は青墟浦にて、空は気ままに散歩をしていた。
しかし、突然雷雨が降りだした。空は早く帰ろうとマップを広げる間も無く雷が直撃してしまった。
(こんなことある…?)
雷に打たれたものの、倒れはしなかった。空はふらふらしながらもたれられる場所を探していた。
(うっ…感電して痛い…とりあえず体の具合をみないと…どこか…いい感じの岩でも…)
そうして岩を探していたが、視界が安定しないなか見つけるのは困難だった。そして、先程まであった心地よい眠気は雷の直撃によって損なわれ気分は最悪だった。
(くそっ…ああ、いけないいけない。血がのぼると冷静な判断が出来なくなる。)
空はこれまでの数えきれない程の経験のおかげか、恐ろしいくらいに冷静だった。これが普通の冒険者なら、錯乱し気絶しているところだろう。
しかし空も無傷というわけではない。
「げほっ、」
(なんか…くらくらする…)
空は視界の悪いまま、もたれられる場所をさがしている。
「ここ、だいじょうぶ、、かな」
空は岩のような物を見つけ、それにもたれようとした。
…しかし、そこに岩はなかった。
「ぅわあっ!?」
そこには何もなかった。恐らく、水に反射した光が、岩がある、そう見せたのだろう。
(やばい、かも)
空はそのまま、池に落ちてしまった。
「がはっ」
空は必死に手を振り、水面に顔を出そうとする。
しかし、気管にはごぼごぼと水が入ってくる。
「ぇほっ…ごぼ、ぐっ…」
(くるしい…)
空は、いよいよ最後の力を振り絞り、恋人の名前を呼んだ。
空が璃月に来たのには、まだ理由があった。
それは、付き合い始めた魈の元への訪問。
「危険が訪れた際、我を頼るといい。……それから、お前なら…いつでも我を呼んでも良い。」
(魈はそう言った。多分、魈が俺に言ってくれてるのは…恋人として俺の元に来てくれるっていうこと…出来る限り、俺を優先してくれるってこと…)
その予想は当たっていた。空は魈に微笑みかけると、ありがとうと言いハグをした。
「しょ、う!!しょう!!!たすけて!!しょうっ!」
空の意識は、そこで途切れた。腕から力が抜け、口内に水がざばざばと入り、瞼は閉じられ沈んでいく。
魈……
目を開ける。
名を呼ばれた。
付き合い始めた、恋人の声で。かすかに水気を帯びた声…
「っ!!!」
空が危ない!!!
空の恋人、魈は、今持っている力の全てを使い、空の元へ駆けた。
空の元へ駆けてゆき、最初に見たのは力なく沈んでいく愛しい人。
「空っ!!!!」
魈はすぐさま空の元へ跳ぶ。今にも沈みそうな右腕を、魈は掴んだ。そして、力一杯引き上げる。空を横抱きにし、魈は陸地へと上がった。
「空!!!」
空を助けるのに精一杯で、きちんと姿を見ることが出来ていなかったので、魈は空の姿に驚愕した。全身傷だらけで、火傷の痕のようなものもある。単に池に落ちた訳ではないのだろう、と推測する。
魈は雨の降る方を見上げる。雷を伴い、先程からずっと降り続けている。
「恐らく雷が…」
そう言い視線を空に戻す。
そして呼吸を確認した。
「…空?」
(息を…していない…?)
魈は、はっ、と我にかえる。呼吸をしていない、けれど、まだ死んでいないはず。死んでいない、死んでいない、死んでいない、死んでいない、死んでいない、死んでいない、死んでいない……
魈は空のぴくりとも動かない体を起こし、背を叩く。痛くないように、でも、体の中の水が出るように加減をして。
空の口から水が滴り落ちる。それを確認した魈は、空の口唇と自身の口唇を重ね、空の鼻をつまみ息を送る。
ふいに、空の体がピクリと震える。魈は空から口を離し、また背中を叩く。
「がっ、げほっ、げほっ」
ぱしゃり、と水が吐き出される音。
空のまぶたがうっすらと開いた。涙を溢している。
「空、我の声が聞こえるか。」
魈は空の背をさする。
なるべく穏やかな声で。恋人が安心できるような声で。
「しょ、う…」
空の瞳が魈を捉えた。魈はうなずき、空をそっと横抱きにする。
「怪我が酷い…それに、先程までお前は死にかけていた。動くな。運ぶ。」
魈はそれだけ言うと、空の体に負担がかからないように駆け出す。
空が自分の胸に体重を預けるのを感じ、庇護欲が掻き立てられる。
「我を呼んでくれて、ありがとう。」
「来てくれて、ありがとう…」
同時だった。思わず目を見開き、空をそっと見る。弱々しくあるが、寝息をたてていた。
「…ありがとう」
魈はもう一度口にすると、その場を風のように一瞬で去った。