「なぁ、俺らって付き合ってるのか?」
ニコチンで透き通った脳内に突き刺さる唐突でストレートすぎる言葉。思わず噎せた。気管に煙が入って咳が止まらない。
「……はあ??」
付き合ってるって言ったよな。だれが?俺たちが?
「……なんなんだよ急に」
「有馬は俺の事好きなのか」
「はぁ!!???」
なんでこいつは脈絡を無視した話し方すんだ。さっきの付き合ってるって話も解決してねェのに。
「順番に言えよ……何?じゃ谷ケ崎は俺のこと好きな訳?」
からかい半分に聞く。まぁどうせ本気なわけは
「好き」
まさかの肯定&即答。質問返しで困らせようとしたのに。ふと疑問が浮かんだ。
「……じゃあいつらの事は?」
「あいつら?」
「時空院と燐童」
「好き……」
拍子抜けした。二本目の煙草に火をつける。
「曖昧すぎるだろ。つまり俺に対する好きは恋愛感情とか付き合ってほしい奴への好きじゃねぇって事。はい説明終わり。この話も終わり」
ふーっと煙を吐き出す。1本無駄にしちまった。苛立ちをぶつけるように灰皿にタバコを押し付ける。
「お前って本気で人を好きになったことある?」
谷ケ崎が口ごもる。聞くまでもねぇが、まぁ無いんだろうな。人の事は言えないけど。
「人を好きになった事ねェ奴の好きって言葉信用できると思うか?しかもセックスした後に。結局お前は俺とセックスするのが好きなだけなんだよ。変に履き違えちまってんの」
谷ケ崎の目に静かな怒りが灯ったのが分かる。それでも口は止まらない。
「ま、俺としても谷ケ崎は今までセックスしてきた野郎に比べたら見た目も悪かねぇしちんぽもでかいしそこそこ満足できるから付き合ってやってるだけだから。お互いが体良くオナッてるだけ。よく言ってセフレくらいだろ」
何かが空を切る音がしたと同時に谷ケ崎の手が首に伸びてきた。やっぱりこのパターンか。顔を上げる。谷ケ崎の薄緑の目が俺を見下ろしていた。
「……それがお前の本心か」
一瞬身構えたが拍子抜けした。どんな罵詈雑言が来るかと思ったが、タダでさえ小さくて低い声をさらに絞り出したような声は囁き声にしか聞こえない。
「……だったら?」
1人になった部屋に揺蕩う煙をじっと見つめる。
谷ケ崎を怒らせたかった訳じゃない。
さっきの言葉が自分の本心とは思っていない。
ただ怖かった。
自分の取り柄なんて多少優れた見た目ぐらい。中身なんて空っぽに近い自分を好きになる奴なんて顔か身体目当ての奴しかいなかった。好きだ愛してると言われても数回体を重ねたら適当に理由をつけられ捨てられる。その繰り返し。まぁ人に誇れる中身なんて持ってなかったからそれでも別に良かったけど。どこかに穴が空いてるような感覚が常にあった。
谷ケ崎とそういう関係になったのもただの退屈しのぎのはずだった。好きとかそういう感情は無く、体格も見た目もそこそこな割にウブな年下の坊ちゃんをからかってみただけだ。
でも谷ケ崎は今までの奴らとは違った。セックスの時以外もちゃんと優しい。いやあいつのセックスは優しくはなかったし何度も死にそうになったけど、気絶したり足腰立たなくなった俺を置いて居なくなるって事は1度もなかった。ふと目を開けたら目の前で俺の顔をじっと見ていたり、髪を撫でていた時もあった。そういった経験が無かったから、むず痒さはあったがそれが嫌だった訳でもない。惹かれていったのは認める。
ただ、分からなかった。こんな関係になったのも俺が誘ったからだったし、元々谷ケ崎は俺に対してチームメンバー程度の認識しかしてなかっただろう。たまたま身体の相性が良かっただけで何回も身体を重ねてきたが、結局谷ケ崎は女の延長、代わりとして自分をみてるんじゃないか、と思い始めたのはいつからだっただろう。セックスした後に好きだ、なんて言われてそう思わない方がおかしい。
自分だけ本気になって熱っぽくなるなんて自分らしくない。そんな純愛ができる人間じゃないのに。
谷ケ崎をこれ以上好きになるのが、惹かれていくのが怖かった。
「青臭……」
谷ケ崎の奴は分かりやすいから時空院あたりは察してきそうだ。詮索されんのもめんどくさいし2、3日どっかブラつくか。
腰を浮かせてシャワー室に向かおうとした矢先、机の上の携帯が鳴り始めた。液晶画面には「バカ」の表記。ドンピシャかよ。
「あ、有馬クン?いぶきと喧嘩しました?」
朝方だってのに鼓膜を突き破るみたいな声量に加えてどストレートすぎる質問。
「……お前もうちょいオブラートに包めないわけ?」
「だってあんないぶきの表情初めて見ましたので」
「怒ってんの?」
「逆です。泣いてましたよ」
まさかの返答に思考が止まる。泣いてる?あいつが?
「……なんで」
「それが分からないんです~。泣いてるというか目が赤いんですが、それにしてもおかしいじゃないですか〜。そんでもってさっきまで有馬クンと居たって言うから有馬クンが原因としか考えられないでしょ?本人は言わないし。喧嘩ですか?なら仲直りなさい。いぶきに変わりますから」
「は!?あいついるの!?ちょっ!!待てっ」
確信した。理由がわからないと言いつつ時空院の野郎は大方察している。無駄に頭がキレる奴だって事をすっかり忘れてた。察した上で無理やり和解させようとしてんのか。力技すぎるだろ。
「おい!時空院!!」
「……谷ケ崎だけど」
手が震える。静かで冷たい地の底から響いてくるような抑揚の無い声。さっきまで聞いていた声なのに電話越しだとさらに深く重たく聞こえる。
「……用がないなら切る」
「なぁ……さっき聞けなかったんだけどさ」
「その話はもう終わったんだろ」
「……あの場では終わり。今は電話だからノーカン。」
「っふ……なんだそれ」
微かに漏れる笑い声。少し安心した。いつもの谷ケ崎の声だった。その勢いのまま口を開く。今まで怖くて聞けなかった、あの質問を。
「お前って俺のどこが好きなの」
しばしの沈黙。今考えてるんだろうか。セックスや顔以外で褒められることなんて無い自分に谷ケ崎は一体なぜ惹かれたのか、ずっと気になっていた。けど怖くて聞くことが出来なかった。聞いたが最後、この関係が解消されてしまいそうで。
「……最初は文句ばっか言う奴だなって思ってた。腕っ節そんなに強くないくせにすぐ挑発するし、そのまま返り討ちにされるし、なのにまた向かって」
「…おい谷ケ崎」
「でも一緒に過ごすうちに、お前は思っているような奴じゃないなって気づいた。依頼後で疲れてる奴らの代わりに料理とか率先してやってくれるし、銃だけに頼らない戦闘法を丞武に相談しながら考えてたり、自分勝手な奴だと思っていた自分が恥ずかしくなるくらい、お前はストイックだし仲間思いな奴だなって気づいた。あと…あんまり見れねぇけど有馬の笑う顔が好きだ。有馬の笑顔見てると嬉しくなる。つまり…一緒にいて安心すんだ。」
「……」
「あんな事した後に好きとか言われて有馬が怒るのも無理ないと思う。その節は悪かった。でも」
「ストップ、分かった。もういい」
顔が火を噴くほど熱くなっている。ストイック?俺が??違う。自分はただ才能に恵まれていないだけだ。燐童のような高い頭脳も谷ケ崎や時空院のような恵まれた体躯や体力が無い俺は、のうのうとしていたらチームのお荷物になる。料理を率先しているのも銃に頼らない戦闘を考えていたのも、お前らに置いて行かれないためだ。そう反論したいのに顔の熱が脳まで廻ったのか上手く言葉が出てこない。
「…有馬?」
画面の向こうで不安そうにしている谷ケ崎の姿が浮かぶ。ずっと黙っているんだからそりゃそうなるが、先の言葉が浮かばない。いや違う。
嬉しかった。谷ケ崎が自分の中身をちゃんと見てくれていた事に。
「…顔とか体じゃないんだ…」
「…有馬とヤるのは気持ちいい…けど、それだけで好きにならないだろ。普通」
普通…ね…。じゃあ俺の表面だけ見て好きだ、付き合ってくれと言ってきた奴らは普通じゃなかったんだな。思わず笑みがこぼれた。
「谷ケ崎ぃ…さっきの返事聞かせてやろうか」
「…だからその話は…」
「ちゃんとした返事したか?はいorいいえで」
「…それはまだ」
「ここで返事してやっても良いけどさ、イい返事だから直接聞きたいかなって」
ヒュっと息を飲む音。喜怒哀楽が本当に分かりやすい、犬みたいな奴。
「…すぐ行くから待ってろ」
返事も聞かずに通話が切れた。いきなりアジトを飛び出した谷ケ崎を見て怪訝な顔をする燐童とほくそ笑む時空院が目に浮かんだ。あいつの足の速さならここまで来るのにそんなに時間は掛からないだろう。
谷ケ崎が着くまでに練習しておこうか。
付き合って欲しいなんて本気で誰かに言ったこと無いからな。