ふらつく足元でようやくたどり着いたアジト。そのままトイレへ駆け込んだ。帰っている途中から体の様子がおかしかった。久しぶりに強い酒を飲んだからだろうと思っていたが、目眩や頭痛に加え強い吐き気も増していったあたりから今日の依頼で接触した女が、何かを期待して薬物を酒に入れたんだと気づいた時には既に薬は身体中に廻っていた。
「っ…うぇ…」
便器を抱え込むように胃の中の物を吐き出そうとしたがヨダレが垂れるだけで思うように吐けない。何かが喉に詰まっているような不快感も合わせて身体の中にどんどん汚物が溜まっていくような感覚がする。涙が滲み視界がぼんやりしてくる。
あぁ、ヤバいかもこれ。
「…有馬?」
突如頭の上から降ってきた声に驚きゆっくり視線を上へ向ける。
谷ケ崎だった。寝てたのだろうか。トイレに行こうと起きたら俺がこんなんになってんだからそりゃびっくりするよな。説明できるような状態じゃないけど。
「谷ケ……」
谷ケ崎はしゃがみ込むと有馬の背中を摩り始めた。大きな無骨な手が有馬の薄い背中をゆっくりと撫でる。まるで猫でも撫でるように。
「何……」
「いいからじっとしとけ。我慢すんな」
人前で吐けるかと内心思いつつも体に溜まった汚物は既に喉元まで来ていた。
「んッ…ぐぇッ………!!」
ビチャビチャと音を立て便器に吐瀉物が広がる。跳ね返った飛沫に顔を顰めつつも一度勢いがつくと胃がひっくり返ったように吐瀉物を吐き出し続けた。
「はー……っん……!?ばっか……谷ケ……」
先程まで背中を撫でていた手が不意に口の中に入ってくる。無理やり口を開き、長い指はその奥の喉を刺激するように撫で始めた。
「んッ、、!!んァっ…………!!」
「気持ちわりぃと思うけど辛抱しろ。吐き切っちまった方が楽だろ」
目の奥がチカチカしだし、白目が裏返るような感覚と共に谷ケ崎の手のひらにぶちまけるように嘔吐をした。谷ケ崎は驚く素振りもなく空いた手で再度有馬の背中をゆっくり撫でる。
「ばか谷ケ崎……」
「スッキリしただろ。ちょっと待ってろ。水持ってくる」
谷ケ崎は洗面台で手を洗うとキッチンへ消えていく。有馬は汚れた口元を拭う気力さえなくただ便器にもたれかかるしかなかった。
「水。とりあえずうがいしろ」
谷ケ崎がコップの水を渡してくる。有馬の口元が汚れている事に気づくと躊躇いもなく指で拭った。
「!!ばっっか!汚ぇからやめろっつの!!」
「気づいてんなら自分で拭えよ」
「そういう問題じゃねぇよ。普通に嫌じゃねぇのかよ。人のゲロ手についてんだぞ。つか目の前で人が吐いてるだけで気持ちわりぃだろ」
「……?」
何を言ってるのかと言いたいようなキョトン顔。しばらく有馬を見つめた後に谷ケ崎はゆっくり口を開いた。
「有馬が辛い方が俺は嫌だ」
「……」
目の前のコップをひったくり、荒くうがいをするとそのままの勢いで空のコップを渡す。
「うっせぇ!そういう恥ずいこと真正面で言ってくんな!とりあえず助かったわ!もう寝ろ!」
ドタドタと足音を響かせながらシャワー室へ消えていく有馬と最後まで有馬が怒っている意味がわからなかった谷ケ崎。
次の日、朝食のベーコンエッグに谷ケ崎だけ卵が二つ載っていた事は不器用な有馬なりのお礼だったが谷ケ崎が気づいた様子は無かった。