バトルに向かう準備を終え、ロビーに入った俺はいつも通り真っ先に荼毘を探していた。既にロビーには5チーム程集まっており、その中には荼毘の姿も見られるが彼らではない。
なんてったって俺の荼毘は数いる荼毘の中でも一番凛々しくて、一番綺麗で、何より一番かわいいからね。どこに出しても誇らしい自慢の相棒であり恋人…いや、そんな言葉じゃ生ぬるい唯一無二の運命の人さ！
まぁ…荼毘がどう思っているのかは、聞いた事はないんだけどね。少なくとも俺の方はそう思っている。

ロビーを見回して程なく、壁際に最愛の彼の姿を見つけた。笑顔で駆け寄ろうとした俺の足はしかし、彼の前に立つ俺ではない別のMr.コンプレスを見た瞬間その笑顔と一緒にその場に凍りついた。
俺のコスチュームの中では唯一仮面を付けていないバトラー衣装のそいつは、壁を背に立つ荼毘の顔の横に手を着いた所謂壁ドンの体制で何か話している。仮面に覆われていないその顔が荼毘の耳元に近付くのを見て、漸く我に返った俺が走り出す前に、掌に蒼炎を灯した荼毘が奴を振り払っていた。
そうして動揺で縺れそうになる足で俺が傍に辿り着いたのは、既に奴が肩を竦めて立ち去った後だった。

「ミスター、いい加減にしろ。いつまで抱え込んでるつもりだよ」
そろそろ始まるぞ、と腕の中の荼毘に窘められて渋々、後ろから守るように抱きしめていた腕を緩めた。
本当は離したくない。このまま、ずっと俺の腕の中にいて欲しい。他の男に…ましてや俺以外のMr.コンプレスに、近づけたくない触らせたくないこの子は俺の荼毘なんだ！大切な、俺だけの……
「……やっぱり心配だから、このまましまっちゃおうかなぁ」
思わず心の声が漏れてしまった。腕の中の荼毘の目が、見開かれる。
呆れられるだろうか。もしくは、お断りだと鼻で笑われるかも。
だけども気怠げな眼差しをほんの少し綻ばせた荼毘の口から出てきたのは、俺の予想とは全く違う言葉だった。
「俺には オマエだけだよ」
言われた言葉の意味をすぐには飲み込めずに硬直している俺の腕の中で、振り向いた荼毘に仮面を奪われた。そのまま引き寄せられて、耳元に唇を寄せられる。その様子を周りから隠すように手にした仮面を翳しながら。
「それに、しまわれてたらこんな事もできねェだろ？」
囁く低音と共にほんの一瞬、目出し帽の布地越しに柔らかな感触が頬に触れた。ニヤリと口の端を上げて笑った彼が俺の手に仮面を押し付けて踵を返し歩き出しても、俺は石像のようにその場で立ち尽くしていた。
頬に残る温もりと一緒に、先程言われた言葉がじわじわと脳に染み込んでくる。

オマエだけ…オマエだけって、それ…どういう意味？
ここには俺以外にもMr.コンプレスは何人も存在している。その中には俺よりずっと腕の立つ奴や、気配りや援護の上手い奴がいくらでもいる。それでもおまえは、そんな数多のMr.コンプレスの中から俺を…俺だけを、求めてくれるの？
俺だけを愛してくれる、ってこと
「…………結婚しよ」
挙式には何ゴールドくらい必要なんだろう。このバトルを始めて長いし、貯金ならそれなりの額があるけれど足りるかな…あぁ、新居も探さなきゃ！そうなるとやっぱり今の額じゃ足りないよなぁ式も盛大にとはいかなくても一生に一度なんだから最高の思い出にしてやりたいドレス…は、着てくれないだろうけど白無垢なら或いはでもお揃いのタキシードも捨て難い何にせよまずは貯金だな式も新居も二人にとって最高のものにできるように先立つ物が無きゃ始まらないそうと決まれば今日のバトルも張り切って報酬稼がないとなうん、目標が有るってのはいい事だな俄然やる気が出てきた！

ロビーにバトルの始まりを告げるプレゼントマイクの声が響く。二人の幸せな未来に思いを馳せていた俺はそれを現実にするべく、最高の相棒にして最愛の恋人の背中を追って駆け出した。